仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

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運命の出会い

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母の生前は家の中は整えられ何時でも綺麗なものが溢れていた。
 色鮮やかな花々が花瓶にさりげなく生けられ、季節の行事に合わせたオーナメントが棚の上に飾られている。窓辺のサンキャッチャーは日を受けて虹を床に落とす。
 風を張らんで大きく揺れるカーテンの下、日向ぼっこしながら床でごろごろするのが幼い和哉は大好きだった。
 でも今はそんな思い出のオーナメントも母が亡くなった夏の飾りのままおきざりになって、花は最後に生けられていたスターチスの枯れ葉がこびりついたものを綺麗にもされず床に放置されたままだ。
 だから和哉はその時、久しぶりにとても美しいものを見たような気持になって思わず見惚れた。

「怪我無い? 大丈夫?」

 成長を見込んでかなり大きな制服を買ったのだろう。袖先からは第二関節ががやっと見える程度の手を差し伸べてくれた。
 おずおずと手を伸ばすと、泥と血で汚れている自分の手が目に入り、気が引けて引っ込めようとしたが、彼の方が一歩足を踏み出して、ぱしっと和哉の手を取ってくれた。
 その掌が温かくてとても柔らかくて、それは母と手を繋いだ温もりをも呼び起こし、深くにも涙の雫が滴る様に零れてしまった。

「痛かった? ごめん、立てるか?」

 痛みのあまり泣いたと思われるのもしゃくで、和哉は目元が赤くなるほどごしっと涙をぬぐうとすくっと立ちあがった。

「……立てる」
「この子、俺の知り合いだからもう手を出すなよ?……泥だらけだな。母さんに怒られちゃうかもな? 」

 そう言いながら成り行きを伺っていた怪我をさせた張本人を咎めるように美しい瞳を見張ると、少し赤くなった彼がおどおどと顔を袖で擦って狼狽えた。

「俺んちさ、隣のあそこだからさ、手当てして家まで送ってくよ。次会った時は喧嘩しないで優しくしてやれよ?」
「わかったよ」

 柚希の言葉にみな素直に頷いたので、日が暮れてきた公園なのにそこだけ小さな星が落ちてきたような、耀かんばかりの笑顔で皆に手を振った。

「じゃ、俺帰るね!」

 柚希の人を惹きつける柔らかなオーラや、人望のなせる業なのか。
 皆もすっかり大人しく穏やかになって、和哉にまで手を振って『お大事に』とか言ってきたから調子がくるってしまう。

「手当てしてあげるからおいで?」

 泥だらけの中血が滲んで滴っている傷に触らない様に、手頸の辺りを優しく握りなおして、柚希はもう一度優しく和哉に声をかけた。

(こいつ、ただのお節介な奴? お人好しかよ……)

 それが柚希との、運命的な出会いだった。

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