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牙を剥く狼

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 扉越しにいる男はかつて同じポジションを争ったこともあるチームメイト。力強いポイントゲッターで、プレイ中、柚希の関心を一身に集めていた男だ。
    いつの間にか試合の間だけでなく、プライベートでも柚希を間に挟んだ越すには高い壁で、ライバルになっていた。
 
 晶がスマホを抱えたまま、まるで長年の宿敵を見るかのような怖ろしい形相で和哉を睨みつけてきた。

「カズ、お前……、αなんだな?」
「先輩気づくの遅すぎ。どう見たって、僕がβな訳ないでしょ?」

 和哉は日頃は柔和な表情で曖昧に見せていたその美貌と筋肉の落とす陰影の美しい肉体美を見せつけるように晶と対峙した。そして僅かだけ目線が下になる晶を嘲るようにねめつけ、わざと相手を煽るようなことを言ってよこす。

「知ってたさ……。だがお前は柚希の大事な弟だ。そうだろ?」

 そこにはかつて目をかけ可愛がっていた後輩の、あの誰とでもすぐ打ち解ける朗らかで明るい笑顔はなかった。
 一人の男として晶の前に立ちはだかる手ごわい恋敵は、しかしすでに彼の恋人を手中に落として離さず、再び手放す気は毛頭ないようだ。
 しかし晶も長い間思いを募らせていた相手がやっと振り向きかけていたのだから、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。

「柚希は俺の恋人だ」

 和哉はαが出す特有の牽制を促すフェロモンと押し殺しつつも恫喝に近い声を出した晶に全く怯まず、むしろ美しい微笑みすら浮かべて長い人差し指をたてて口元にあて「しぃっ」と言いながら室内に向けて顎をしゃくる。

「兄さんは……。疲きって眠ってるから、静かにしてあげて」

 わざと背後の室内の様子を晒しながら鷹の目のように明るい色の瞳を細め、首に手を当てにこりとでも形容できそうな凄艶な笑顔を見せる。

 晶の目に柚希が血が滲む噛み痕が生々しい項をそのままに、情事を匂わせる白く艶めかしい背中を晒して眠るその姿が目にうつったのだろう。

 俄かに信じられず、黒黒と男らしい眉の間に深い溝を刻んだ晶は、瞬間和哉の頬を渾身の力で殴りつけていた。

 和哉もスポーツで鍛え上げた体幹でやや躱しながらも受けて立つ。
 日頃の物静かな姿とは違い、プレイ中はアグレッシブで当りの強い男の、かなり重たい拳だった。
 しかし和哉も意地でも倒れこむまいとし、よろけてもまたすぐに恋敵の正面に対峙して、切れた口元についた赤い血を拭い去った。

「無理やりに奪ったのか! 柚希を……! お前!!」

 晶が付き合ってからも大切に大切に風にも当てぬように愛でてきた、手中の花を引ったくり奪われ、握りつぶされた。ひどい暴力を受けた心地だ。
 和哉は心外だというように炯炯と琥珀色の瞳を狼のように光らせて、自らの愛する人を背に庇うように長く逞しい両腕を広げた。

「誰が誰を奪ったって? あんただよ。兄さんは……。柚希は、出会った時からずっと僕のだ」
 

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