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金木犀

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   そのまま兄の腹の辺りにぐりぐりと生まれつき明るい髪色の頭を擦り付けてくる。こんな仕草は小さなころとまるで変わらない。

 弟は頑張らなくてもそこそこ何でもできる。幼い頃から器用で人の想いにも聡いから、番だった母を亡くしたばかりの父親が仕事で打ち込むことで気を紛らわしていると深く理解して、父親の前ではいつも明るく振舞っていたらしい。
 まだ和哉が小学生だった出会ったばかりの頃、公園で共に遊んでとっぷりと日が暮れた時、腹が減ったと困り果てた顔をされた。
   見たところお金に困っていそうもないし、勿論食べ物だって自分で買い行くことだってできただろう。
 当時、本当はハウスキーピングの会社の人が作ってくれた食事が部屋に用意されていたらしいが、そんな嘘をついていた。

(寂しいってただ言えなかったんだ。お腹がすいて困っているって、そんな嘘までつかないと、人に甘えられない子なんだ)

 柚希も桃乃も途中でそう見抜いていたけれど、その子が飢えているのは嘘ではない、きっとお腹ではなくて心の方だったのだと理解をして家に迎え入れていた。

(あのときみたいだな……。和哉。お前本当は何を言いたい?)

 シャツ越しに伝わる弟の熱い背中をさすってやると、訥々としゃべり始めた。

「兄さん……。だれかと番になるの怖い?」
「怖くないはずないだろ?   考えてもみろよ。俺、3年前まで自分のことβだって思って生きてたんだぜ? Ω判定されてさ、生まれ変わったと思って生きなさいなんて医者には慰められたけど、そんないいもんじゃない。ある日突然、俺の今までの人生、全てがぶっ壊されたんだ」
「そうだよね……。兄さんは・・・・、自分がβだって思ってたんだもんね」
「……だから迷ってんだよ。だから逃げてんだよ。でもいい。もう、腹くくる。まだ晶近くにいると思うから引き返してもらって……。このヒートで晶に番にしてもらう。ほらさ、番になったらあいつに対する意識もまた変わるかもしれないだろ?」

 生来ポジティブでくよくよと悩みを継続させられない柚希がついにそんなことを言い出したから、いかせない! とばかりに和哉がぎゅっと背中に回した腕をきつくかしめ、縋り付くように力を込めてきた。

「カズ? ……痛いよ。離して、スマホ返して」
「……先輩の事がそんなに好きなの? 」

 和哉の肩を握りしめた柚希の手は心の迷いを示すように僅かに震えているのを弟は見逃さなかった。

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