仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
35 / 296
憧れの人

しおりを挟む
 しかし付き合って初めての発情期を前に違和感を感じたのは気のせいではなかったようだ。普段は口づけも欲を伴った触れ合いも恥ずかしがりながらも応じてくれていた柚希なのに、発情期前になると途端に連絡もよこさなくなり、無理に会いに行ったときもどこか余所余所しい。
 決定的だったのは発情期直前に訪れた柚希の部屋で怠そうにしていた彼を抱き寄せた時、その身体が小刻みに震え始めたことだった。自分でも抑えられぬその変化に掌を見つめながら柚希は茫然として、その後痛々しい顔をして無理に笑った。

「大丈夫だから。大丈夫……。怖くないよ?」

 それは誰に向けて呟いた言葉なのか……。
 初めての発情期はシェルターホテルに向かうため、颯爽と車で迎えに来た和哉とその母親に柚希を託して終わってしまった。
 どうしてもその時のことが忘れられずにバスケ部の後輩でもある柚希の弟、和哉にそれとなく理由を聞いてみたのだ。

『……兄さんが話をしてないのなら僕から言うべきじゃないかもしれないけど。僕らの父親は兄さんとは血のつながりがない。父はαだから、無意識のうちに2人は引きあってΩ判定を受ける前の兄さんの発情期に咬傷事故を起こしそうになったんだ。だから多分発情期に対して恐怖心が拭えないんじゃないかと思うんだ』

 柚希が話したがらない柚希の秘密を和哉から聞いてしまったことに罪悪感が生まれたが、複雑な家庭ながらもとても家族仲が良かったはずの柚希が実家から大して距離の離れていない安アパートで独り暮らしをしているわけがようやくわかった。今のアパートはΩが一人暮らしをするにはあまりにもセキュリティーが緩い物件だから、早く晶の住む賃貸マンションに越してきて欲しかったがまだ誘いに乗ってくるには至らず。
 だが番になったらすぐに結婚しようと晶は心に決めていたから、柚希の希望に叶う、ともに住む新居を一緒に探そうと、そんな風にプロポーズも考え始めていた。

(柚希……。また俺は待てばいいのか? お前の変化を待って待って、お前に焦がれ続けていればいいいのか?)

 立ち尽くしていた足が晶が自分で命じる前にぴくりと動き、意を決して再び身体を叱咤し、晶は柚希と和哉を追いかけた。

(それでもお前の傍にいたい。柚希。傍にいさせて欲しい。お前が震えるのならば収まるまでいくらでも待つ。この腕が怖ろしいなら縛り上げてもいい。だけどどうしても傍に……)

 恋焦がれ追いかけた恋人の姿は、閉まっていくエレベーターの重厚な扉に阻まれ、消えていった。
 閉じ際に和哉のこれまで一度たりとも見たことのない、燃えるような眼差しを認めた時、自分は何か大きな過ちを冒してしまったのではないかと晶は愕然とした。
 それはどう見ても、仇敵か……。もしくは恋敵を打ち滅ぼそうと向ける昏い情念の宿る瞳に見えた。

(和哉……。お前まさか……)

 非常に仲の良い距離感の近い兄弟だとは思っていたが、やはり和哉の柚希に対する態度と執着は度を超えていると背筋に冷たいいやな汗が流れるのを感じる。
 しかし生来真っすぐな性格の晶はすぐさま、兄を大切に思う弟の気持ちを疑うのは良くないことと自分の悋気を恥じた。

(こんなはずじゃなかった……、柚希。ただお前の気持ちを大切にしたかっただけなのに)

 しかし昇っていくエレベーターの止まった階の高さを確認した晶の顔は瞬時に憤怒にまみれ、フロントへ向かって踵を返した。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...