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憧れの人
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しかし付き合って初めての発情期を前に違和感を感じたのは気のせいではなかったようだ。普段は口づけも欲を伴った触れ合いも恥ずかしがりながらも応じてくれていた柚希なのに、発情期前になると途端に連絡もよこさなくなり、無理に会いに行ったときもどこか余所余所しい。
決定的だったのは発情期直前に訪れた柚希の部屋で怠そうにしていた彼を抱き寄せた時、その身体が小刻みに震え始めたことだった。自分でも抑えられぬその変化に掌を見つめながら柚希は茫然として、その後痛々しい顔をして無理に笑った。
「大丈夫だから。大丈夫……。怖くないよ?」
それは誰に向けて呟いた言葉なのか……。
初めての発情期はシェルターホテルに向かうため、颯爽と車で迎えに来た和哉とその母親に柚希を託して終わってしまった。
どうしてもその時のことが忘れられずにバスケ部の後輩でもある柚希の弟、和哉にそれとなく理由を聞いてみたのだ。
『……兄さんが話をしてないのなら僕から言うべきじゃないかもしれないけど。僕らの父親は兄さんとは血のつながりがない。父はαだから、無意識のうちに2人は引きあってΩ判定を受ける前の兄さんの発情期に咬傷事故を起こしそうになったんだ。だから多分発情期に対して恐怖心が拭えないんじゃないかと思うんだ』
柚希が話したがらない柚希の秘密を和哉から聞いてしまったことに罪悪感が生まれたが、複雑な家庭ながらもとても家族仲が良かったはずの柚希が実家から大して距離の離れていない安アパートで独り暮らしをしているわけがようやくわかった。今のアパートはΩが一人暮らしをするにはあまりにもセキュリティーが緩い物件だから、早く晶の住む賃貸マンションに越してきて欲しかったがまだ誘いに乗ってくるには至らず。
だが番になったらすぐに結婚しようと晶は心に決めていたから、柚希の希望に叶う、ともに住む新居を一緒に探そうと、そんな風にプロポーズも考え始めていた。
(柚希……。また俺は待てばいいのか? お前の変化を待って待って、お前に焦がれ続けていればいいいのか?)
立ち尽くしていた足が晶が自分で命じる前にぴくりと動き、意を決して再び身体を叱咤し、晶は柚希と和哉を追いかけた。
(それでもお前の傍にいたい。柚希。傍にいさせて欲しい。お前が震えるのならば収まるまでいくらでも待つ。この腕が怖ろしいなら縛り上げてもいい。だけどどうしても傍に……)
恋焦がれ追いかけた恋人の姿は、閉まっていくエレベーターの重厚な扉に阻まれ、消えていった。
閉じ際に和哉のこれまで一度たりとも見たことのない、燃えるような眼差しを認めた時、自分は何か大きな過ちを冒してしまったのではないかと晶は愕然とした。
それはどう見ても、仇敵か……。もしくは恋敵を打ち滅ぼそうと向ける昏い情念の宿る瞳に見えた。
(和哉……。お前まさか……)
非常に仲の良い距離感の近い兄弟だとは思っていたが、やはり和哉の柚希に対する態度と執着は度を超えていると背筋に冷たいいやな汗が流れるのを感じる。
しかし生来真っすぐな性格の晶はすぐさま、兄を大切に思う弟の気持ちを疑うのは良くないことと自分の悋気を恥じた。
(こんなはずじゃなかった……、柚希。ただお前の気持ちを大切にしたかっただけなのに)
しかし昇っていくエレベーターの止まった階の高さを確認した晶の顔は瞬時に憤怒にまみれ、フロントへ向かって踵を返した。
決定的だったのは発情期直前に訪れた柚希の部屋で怠そうにしていた彼を抱き寄せた時、その身体が小刻みに震え始めたことだった。自分でも抑えられぬその変化に掌を見つめながら柚希は茫然として、その後痛々しい顔をして無理に笑った。
「大丈夫だから。大丈夫……。怖くないよ?」
それは誰に向けて呟いた言葉なのか……。
初めての発情期はシェルターホテルに向かうため、颯爽と車で迎えに来た和哉とその母親に柚希を託して終わってしまった。
どうしてもその時のことが忘れられずにバスケ部の後輩でもある柚希の弟、和哉にそれとなく理由を聞いてみたのだ。
『……兄さんが話をしてないのなら僕から言うべきじゃないかもしれないけど。僕らの父親は兄さんとは血のつながりがない。父はαだから、無意識のうちに2人は引きあってΩ判定を受ける前の兄さんの発情期に咬傷事故を起こしそうになったんだ。だから多分発情期に対して恐怖心が拭えないんじゃないかと思うんだ』
柚希が話したがらない柚希の秘密を和哉から聞いてしまったことに罪悪感が生まれたが、複雑な家庭ながらもとても家族仲が良かったはずの柚希が実家から大して距離の離れていない安アパートで独り暮らしをしているわけがようやくわかった。今のアパートはΩが一人暮らしをするにはあまりにもセキュリティーが緩い物件だから、早く晶の住む賃貸マンションに越してきて欲しかったがまだ誘いに乗ってくるには至らず。
だが番になったらすぐに結婚しようと晶は心に決めていたから、柚希の希望に叶う、ともに住む新居を一緒に探そうと、そんな風にプロポーズも考え始めていた。
(柚希……。また俺は待てばいいのか? お前の変化を待って待って、お前に焦がれ続けていればいいいのか?)
立ち尽くしていた足が晶が自分で命じる前にぴくりと動き、意を決して再び身体を叱咤し、晶は柚希と和哉を追いかけた。
(それでもお前の傍にいたい。柚希。傍にいさせて欲しい。お前が震えるのならば収まるまでいくらでも待つ。この腕が怖ろしいなら縛り上げてもいい。だけどどうしても傍に……)
恋焦がれ追いかけた恋人の姿は、閉まっていくエレベーターの重厚な扉に阻まれ、消えていった。
閉じ際に和哉のこれまで一度たりとも見たことのない、燃えるような眼差しを認めた時、自分は何か大きな過ちを冒してしまったのではないかと晶は愕然とした。
それはどう見ても、仇敵か……。もしくは恋敵を打ち滅ぼそうと向ける昏い情念の宿る瞳に見えた。
(和哉……。お前まさか……)
非常に仲の良い距離感の近い兄弟だとは思っていたが、やはり和哉の柚希に対する態度と執着は度を超えていると背筋に冷たいいやな汗が流れるのを感じる。
しかし生来真っすぐな性格の晶はすぐさま、兄を大切に思う弟の気持ちを疑うのは良くないことと自分の悋気を恥じた。
(こんなはずじゃなかった……、柚希。ただお前の気持ちを大切にしたかっただけなのに)
しかし昇っていくエレベーターの止まった階の高さを確認した晶の顔は瞬時に憤怒にまみれ、フロントへ向かって踵を返した。
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