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可愛い弟

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「ああ、あれか。ワンちゃんごっこ」

『僕ワンちゃんだから、柚にいは飼い主なの。僕のことをいつも一番に可愛いがってくれて、いい子いい子ってしてよ』

 幼い和哉はそんな風に当時は美少女と呼んでも差しさわりがない程可愛らしい顔で命令しながら、柚希の掌に小さな手を絡めて頭の上に載せさせて撫ぜるのを強請ってきた。
 そんな仕草が愛おしくて堪らなくて頭をぐりぐりとしていたら徐々に要求がエスカレートしてきて、元気に跳び付いたり、おぶさったり、噛みついたり、顔やら頸やらを舐めてきたり。

 兄弟ってこんなものなのかな? と当時中一の柚希も互いの距離感を掴めずにいたが、今まできっと寂しくてたまらなかったのだろうと、和哉可愛さにされるがままになっていた。

 兄弟がいないため悪ふざけも兄弟げんかも手探りだった二人がたまに行き過ぎてしまって、こんなふうになってしまっていたと父と母は解釈し、流石に痕が残るほど噛みつくのはやりすぎだと和哉が怒られていたし、柚希も甘やかしすぎてはいけないとついでに怒られた。

「和哉、あのさ……」

 話の矛先を変えようと思ったのか、ハンドルを握る和哉が急に真顔になった。
「母さん心配してたよ。ちゃんとご飯食べてるのか、あの子ちゃんと生活してるのかって。この一か月あんまり連絡しなかっただろ?」

 自分の方から先に尋ねるべき話題を先回りされ、柚希はきまり悪げに視線を自分の指先に落とすと落ち着かない様子でもぞもぞと動かした。

「忙しかったんだよ。色々と。別に、俺が家事全般母さん仕込まれてることみんな知ってるだろ? ま、給料は高くはないけどさ、仕事は楽しいし、贅沢しなけりゃ生きられるし……。母さんたちこそ元気?」
「生活ってさ、家事とかそういうことだけじゃないってわかってるだろ? ……二人とも元気だよ。たまには顔を見せて欲しいって。母さんも、父さんも寂しがってる」
「……今度は絶対に帰るから」
「今度っていつ?」

 和哉の意外と強い口調に影響されたのか、柚希はまた揺り動かされるようにもどってきた気だるさから掠れた声を上げた。

「俺に番ができたら、かな……」
「番持ちになったら? 無理して今すぐ番なんて作らなくてもいいじゃない?   もう、……帰ってきなよ」
「……こんなはずじゃなかったんだ。ちゃんとお前が誇れるような兄ちゃんのままでいたかったんだ。Ωじゃなかったらもっとみんなと一緒に暮らせたのにって。いつも思ってる。それに番が出来れば気兼ねなく家に帰れるだろ?」

 柚希はそこは鏡越しに和哉を見据えながらきっぱりと言い切ったが、和哉は苦虫を嚙み潰したよう顔になった。

「それで番を作ろうと思ったの?  ……そんなことだろうと思った」

 呆れたというよりも忌々し気な声に傷つきながら柚希は両手で顔を覆ってくぐもった声を上げる。

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