仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
20 / 296
可愛い弟

6

しおりを挟む
 拗ねたような翳りの或る顔つきは、柚希がΩ判定が下された直後、和哉から距離を置かれた時の雰囲気によく似ている。その時の寂しさを思い出して胸がぎゅうっと苦しくなった。

「変なこときいた。ごめん」

 柚希はあの頃自分のことで精一杯で、弟の心のケアまで至れなかったと後悔している。
 柚希が家を出ていくと決めた時、和哉は血相を変えて止めに来たが、その後は大学に入るまで甘えただった弟にどこか一線を引かれたような余所余所しさが残ったままだった。和哉が成人してからやっと今のような関係を取り戻せたといっていいだろう。

 またあの頃の孤独感を思い出して距離を測りかね柚希は気だるげな身体に意識も飲まれるように表情を曇らせると和哉から視線を反らす。そしてよく茂って公園から張り出している金木犀を眺めるふりをした。

(彼女のこととか、わざわざ兄貴には聞かれたくないか。俺に教える気がないのはちょっと寂しいな。お前にそういう顔されるのが一番哀しい)

 和哉ももう成人しているし、これほどのイケメン、女性も、もしかしたら男性も放っておくはずないと分かっているが、小さな頃はずっと柚希のべったりだった弟と再び昔みたいに仲良くなれたのにと、兄離れには一抹の寂しさが伴うものだ。
 機嫌が直らぬ顔のまま車を発進させた和哉に流石に気まずくなって柚希は話題を変えてみた。

「このひざ掛けの柄さ……。家族でキャンプ行くとき持ってってた、赤いチェックの水筒と柄が似てるな。俺、あの柄好きだったな」

 するとちらりと盗み見た和哉の横顔の頬がふっと緩んだので柚希もほっとした。

「彼女なんていないよ。……兄さんがこの色好きだと思って選んだんだ」

    そう言ってミラー越しに目を細め、和哉は人懐っこい甘い笑顔で応じてきた。

「……なんだ。彼女いないのか」
「ほっとした?」
「……」
(そりゃ、和哉ぐらい格好がいい弟に彼女ぐらいいつでもできるだろうって思ってるけど……。んなこと口に出したらいい年してブラコン極まれりって感じ。流石に引かれる。俺でも引くわ)
 柚希が曖昧に微笑んで答えないでいると、和哉は再び棒付きキャンディーをコンビニの袋から取り出して多少手荒な手つきで包み紙を剥いて、人工的なストロベリーの香りの漂うそれを口に放り込んでから小ぶりのビニール袋を手渡してきた。

「兄さん、何か少し食べたら? 本発情入ったら食事とるの、忘れることもあるんだろ?」

 もう昼を過ぎていたが確かに昨晩から何も口にしていなかった。
 意識したら単純な柚希の腹が途端にくーっとなり、腹に手を当てると空腹と渇きを感じる。

「コンビニのだけど、コーヒーとホイップたっぷりのやつ、買っといた」

 がさがさと袋をあさると、缶コーヒーの他にシュークリーム、ロールケーキにプリンと並んでチョコレートがかかったドッグパンのような形状のパンに生クリームがこれでもかと絞られた柚希の好物が出てきた。
 甘いものが沢山なのは今日これからホテルでも食べられるようにと思ったのだろうか。甘いものは仕事に製菓を選ぶほどに大好きだ。仕事の休みの日には近郊のスィーツ店を自転車で回って食べ歩くのを趣味としている。

 バスケ部時代甘味好きを散々チームメイトに揶揄われたが、女子のバスケチームが隣のコートを使っていたので見栄を張っていただけで、実はみんな蔭ではこそこそ甘いものを食べていたのを知っている。
 逆に甘いものを美味しそうに頬張る柚希の顔が可愛いと女の子たちからちやほやとされて、差し入れが増えたことで、部内男子も皆挙って甘いもの大好きアピールをはじめた。
 皆平和でみなあっけらかんと明るくて可愛らしい時代だった。思い出すと今は少し切ない。

「好きなものばっかだ。ありがと」
「当然。僕が兄さんの好きなもの、知らないわけないでしょ?」

 そんな風に言った横顔はもうご機嫌が直ったようで頬骨が少し上がって美しい笑顔を見せている。
 そののちまた口の中からがりがりばりばりと飴に噛みつく空恐ろしい音がしてきた。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...