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可愛い弟
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拗ねたような翳りの或る顔つきは、柚希がΩ判定が下された直後、和哉から距離を置かれた時の雰囲気によく似ている。その時の寂しさを思い出して胸がぎゅうっと苦しくなった。
「変なこときいた。ごめん」
柚希はあの頃自分のことで精一杯で、弟の心のケアまで至れなかったと後悔している。
柚希が家を出ていくと決めた時、和哉は血相を変えて止めに来たが、その後は大学に入るまで甘えただった弟にどこか一線を引かれたような余所余所しさが残ったままだった。和哉が成人してからやっと今のような関係を取り戻せたといっていいだろう。
またあの頃の孤独感を思い出して距離を測りかね柚希は気だるげな身体に意識も飲まれるように表情を曇らせると和哉から視線を反らす。そしてよく茂って公園から張り出している金木犀を眺めるふりをした。
(彼女のこととか、わざわざ兄貴には聞かれたくないか。俺に教える気がないのはちょっと寂しいな。お前にそういう顔されるのが一番哀しい)
和哉ももう成人しているし、これほどのイケメン、女性も、もしかしたら男性も放っておくはずないと分かっているが、小さな頃はずっと柚希のべったりだった弟と再び昔みたいに仲良くなれたのにと、兄離れには一抹の寂しさが伴うものだ。
機嫌が直らぬ顔のまま車を発進させた和哉に流石に気まずくなって柚希は話題を変えてみた。
「このひざ掛けの柄さ……。家族でキャンプ行くとき持ってってた、赤いチェックの水筒と柄が似てるな。俺、あの柄好きだったな」
するとちらりと盗み見た和哉の横顔の頬がふっと緩んだので柚希もほっとした。
「彼女なんていないよ。……兄さんがこの色好きだと思って選んだんだ」
そう言ってミラー越しに目を細め、和哉は人懐っこい甘い笑顔で応じてきた。
「……なんだ。彼女いないのか」
「ほっとした?」
「……」
(そりゃ、和哉ぐらい格好がいい弟に彼女ぐらいいつでもできるだろうって思ってるけど……。んなこと口に出したらいい年してブラコン極まれりって感じ。流石に引かれる。俺でも引くわ)
柚希が曖昧に微笑んで答えないでいると、和哉は再び棒付きキャンディーをコンビニの袋から取り出して多少手荒な手つきで包み紙を剥いて、人工的なストロベリーの香りの漂うそれを口に放り込んでから小ぶりのビニール袋を手渡してきた。
「兄さん、何か少し食べたら? 本発情入ったら食事とるの、忘れることもあるんだろ?」
もう昼を過ぎていたが確かに昨晩から何も口にしていなかった。
意識したら単純な柚希の腹が途端にくーっとなり、腹に手を当てると空腹と渇きを感じる。
「コンビニのだけど、コーヒーとホイップたっぷりのやつ、買っといた」
がさがさと袋をあさると、缶コーヒーの他にシュークリーム、ロールケーキにプリンと並んでチョコレートがかかったドッグパンのような形状のパンに生クリームがこれでもかと絞られた柚希の好物が出てきた。
甘いものが沢山なのは今日これからホテルでも食べられるようにと思ったのだろうか。甘いものは仕事に製菓を選ぶほどに大好きだ。仕事の休みの日には近郊のスィーツ店を自転車で回って食べ歩くのを趣味としている。
バスケ部時代甘味好きを散々チームメイトに揶揄われたが、女子のバスケチームが隣のコートを使っていたので見栄を張っていただけで、実はみんな蔭ではこそこそ甘いものを食べていたのを知っている。
逆に甘いものを美味しそうに頬張る柚希の顔が可愛いと女の子たちからちやほやとされて、差し入れが増えたことで、部内男子も皆挙って甘いもの大好きアピールをはじめた。
皆平和でみなあっけらかんと明るくて可愛らしい時代だった。思い出すと今は少し切ない。
「好きなものばっかだ。ありがと」
「当然。僕が兄さんの好きなもの、知らないわけないでしょ?」
そんな風に言った横顔はもうご機嫌が直ったようで頬骨が少し上がって美しい笑顔を見せている。
そののちまた口の中からがりがりばりばりと飴に噛みつく空恐ろしい音がしてきた。
「変なこときいた。ごめん」
柚希はあの頃自分のことで精一杯で、弟の心のケアまで至れなかったと後悔している。
柚希が家を出ていくと決めた時、和哉は血相を変えて止めに来たが、その後は大学に入るまで甘えただった弟にどこか一線を引かれたような余所余所しさが残ったままだった。和哉が成人してからやっと今のような関係を取り戻せたといっていいだろう。
またあの頃の孤独感を思い出して距離を測りかね柚希は気だるげな身体に意識も飲まれるように表情を曇らせると和哉から視線を反らす。そしてよく茂って公園から張り出している金木犀を眺めるふりをした。
(彼女のこととか、わざわざ兄貴には聞かれたくないか。俺に教える気がないのはちょっと寂しいな。お前にそういう顔されるのが一番哀しい)
和哉ももう成人しているし、これほどのイケメン、女性も、もしかしたら男性も放っておくはずないと分かっているが、小さな頃はずっと柚希のべったりだった弟と再び昔みたいに仲良くなれたのにと、兄離れには一抹の寂しさが伴うものだ。
機嫌が直らぬ顔のまま車を発進させた和哉に流石に気まずくなって柚希は話題を変えてみた。
「このひざ掛けの柄さ……。家族でキャンプ行くとき持ってってた、赤いチェックの水筒と柄が似てるな。俺、あの柄好きだったな」
するとちらりと盗み見た和哉の横顔の頬がふっと緩んだので柚希もほっとした。
「彼女なんていないよ。……兄さんがこの色好きだと思って選んだんだ」
そう言ってミラー越しに目を細め、和哉は人懐っこい甘い笑顔で応じてきた。
「……なんだ。彼女いないのか」
「ほっとした?」
「……」
(そりゃ、和哉ぐらい格好がいい弟に彼女ぐらいいつでもできるだろうって思ってるけど……。んなこと口に出したらいい年してブラコン極まれりって感じ。流石に引かれる。俺でも引くわ)
柚希が曖昧に微笑んで答えないでいると、和哉は再び棒付きキャンディーをコンビニの袋から取り出して多少手荒な手つきで包み紙を剥いて、人工的なストロベリーの香りの漂うそれを口に放り込んでから小ぶりのビニール袋を手渡してきた。
「兄さん、何か少し食べたら? 本発情入ったら食事とるの、忘れることもあるんだろ?」
もう昼を過ぎていたが確かに昨晩から何も口にしていなかった。
意識したら単純な柚希の腹が途端にくーっとなり、腹に手を当てると空腹と渇きを感じる。
「コンビニのだけど、コーヒーとホイップたっぷりのやつ、買っといた」
がさがさと袋をあさると、缶コーヒーの他にシュークリーム、ロールケーキにプリンと並んでチョコレートがかかったドッグパンのような形状のパンに生クリームがこれでもかと絞られた柚希の好物が出てきた。
甘いものが沢山なのは今日これからホテルでも食べられるようにと思ったのだろうか。甘いものは仕事に製菓を選ぶほどに大好きだ。仕事の休みの日には近郊のスィーツ店を自転車で回って食べ歩くのを趣味としている。
バスケ部時代甘味好きを散々チームメイトに揶揄われたが、女子のバスケチームが隣のコートを使っていたので見栄を張っていただけで、実はみんな蔭ではこそこそ甘いものを食べていたのを知っている。
逆に甘いものを美味しそうに頬張る柚希の顔が可愛いと女の子たちからちやほやとされて、差し入れが増えたことで、部内男子も皆挙って甘いもの大好きアピールをはじめた。
皆平和でみなあっけらかんと明るくて可愛らしい時代だった。思い出すと今は少し切ない。
「好きなものばっかだ。ありがと」
「当然。僕が兄さんの好きなもの、知らないわけないでしょ?」
そんな風に言った横顔はもうご機嫌が直ったようで頬骨が少し上がって美しい笑顔を見せている。
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