仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

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可愛い弟

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 こんな感傷的な気分になるのはたぶん発情期前のなせる業なのだろう。自分の中に感じやすい少女の心が隠れていたかのような、このざわっとする感情に慣れることはないだろうと思う。
 Ωになる前は悩みと言ったら思い切り身体を動かせば振り払い忘れられたような他愛のないものばかりだったけれど、今はじっとりと身体に絡みつくようなそれに苛まれてばかりだ。

「荷物ってこれだけ? バスケ部の遠征の荷物より少なくない? それにこのバッグ……。今度僕がお洒落なやつ買ってあげるよ」
「うるせぇ。それしかもってないもん、俺」

 そんな風に和哉に揶揄されたバッグはまさしく昔部活の遠征に使っていたものだ。
 色気もへったくれもない擦れた汚れだらけの白いエナメルのスポーツバッグ。そこに数日分の下着と着替えを詰めておいた。 これとは別に財布や鍵など貴重品を通勤用のボディーバッグに入れて、座卓の上に用意しておいた。

 和哉はベッドサイドでまた光った柚希のスマホを取り上げると、着信履歴をちらりとみてから形よい眉を一瞬しかめた。

「和哉?」
「何でもない。そろそろいこうか」
 
 柚希のスマホを和哉はボディーバッグに手早くしまい、荷物すべてを攫うように肩にかけた。ついでに兄の身体をごろんと軽々仰向けにして背中と膝の裏に遠慮なくぐいぐい大きな掌を差しこんでくる。

「へ、あ?」

 和哉が来たことで多少気が抜けてくたりと脱力したまま瞑目していた柚希は、きゅうな浮遊感に驚いて目を見開く。
 弟の色素の薄い大きな瞳が間近に見えて、父親似の男っぽくも非常に整った美貌が大写しに目の前にあった。

(やべぇ。一瞬見惚れた。和哉はとにかくイケメンだな……)

「なあに?」

 柔らかな語尾で、しかしすっかり低くなった声でこともなげに囁かれるから、柚希は気恥ずかしくなって目を反らす。元々汗ばんでいた身体がもっと暑く火照ってくる。

「何でもない……、けど。抱っこはやりすぎだろ」
「抱っこだって。可愛い」
「からかうなって!」

 和哉は小さい頃はどちらかといえば甘やかな美貌の母親似だったが、時の流れは切ないほどに速いものだ。
 昔は柚希に甘えて『おんぶして』なんて言いながら伸し掛かってきた華奢な美少年が、今では荷物を抱えたまま成人している兄をひょいっと軽々と抱き上げている。非常に逞しい美青年に成長したわけだ。

 兄を追いかけるようにバスケ部に入部した後、晶から継いだエースナンバーを背負った和哉の活躍は目覚ましかった。OBとしてしょっちゅう応援しに試合を見に行っていた柚希は、兄としても先輩としても彼が誇らしく、その後有名大学に進学し就職も決まりと和哉の成長にまつわることは大抵喜ばしいことばかりだ。
 しかし弟に軽く追い越されて置いてけぼりにされているような、長兄として僅かながら複雑な思いも抱く存在になりえていた。

「生意気な体つきしやがって」 

 切ない内心を隠してそう茶化すと、力の入らぬ拳でへにゃりと逞しい胸を突く。和哉は明るい茶色の目をすっと猫のように細めて兄の顔を覗きこんできた。

「だってさ。兄さん、父さんや晶先輩みたいに背が高くてがっしりしてる人の方が好きでしょ?」

 そういって和哉は悪戯っぽく微笑んだ。
 
「え、まあ……。そりゃ、男ならだれでも憧れるだろ。ああいう体格」
 
 
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