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可愛い弟

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「無理しないで。別に今日だけたまたま落としちゃいけない授業があっただけで、いつもは別に対して忙しくないよ。それにもう就職先も決まってるて言っただろう?」

 柚希は何とか横向きになって、赤く潤んだ瞳で僅かに微笑しながら弟を見上げた。

「流石我が家の期待の星だな」

  弱り切って情けない状態の自分がこんなことを呟いたら、少し皮肉に聞こえたかと不安になる。案の定和哉は瞳を細め、困っているような微笑んでいるような曖昧な眼差しを向けてきた。
 優秀な弟は早々に就職先を見つけてきてもう内々定をもらっているらしい。その祝いの席を設けるから家に戻っておいでと両親から誘われたが、もしかしたら発情期が近いかもしれぬと思って柚希はついこないだ保留にしたばかりだ。せっかくの家族の祝い事、手放しで喜びたいのに、こんな時も忌々しいΩ性が邪魔をする。

「荷物用意できてる? 下着と帰りに着る服があれば、後はスマホと財布で用が足りるから。兄さんが好きそうなお菓子とか飲み物買っといた。持つべきものは使いやすいβの弟。そうだろ?」

 見慣れているはずの柚希でも時折しげしげと見つめてしまうほど端整な弟が、一次検査がβだったのだとは今でも信じがたい。

「β……。らしくないけどね? お前がαじゃなかったら、誰がαだって感じ」
「晶先輩みたいな人、じゃないの?」
「まあ。確かに。あいつは俺には勿体ない奴だ」

 口を開けばふざけた調子で軽口を叩く癖に、和哉は今、一言では言い表せないような複雑な表情をしている。

(兄ちゃんがΩになったとかって、やっぱ複雑だよな……。しかもお前の先輩と付き合ってるとか。ごめんな、和哉)

 こんな表情をみると小さな頃、アパートの階段に腰をかけて柚希が中学から帰ってくるのを待っていた幼い和哉を思い出す。
 不安げで寂し気な顔が柚希の姿を見つけるとぱあっと明るく輝いて、まるで仔犬の様にころころと一途に駆け寄ってきてくれた。 胸元に抱きつき擦り寄って黒目がちなくりくりの目で上目遣いに見上げられる様は本当に愛らしくて、この子のことを俺が一生守ってあげようという気にさえなったものだ。
 一人っ子だった柚希はずっと兄弟が欲しかったから、和哉のことが弟のように可愛くて仕方がなかった。二人で辺りが真っ暗になってもずっと互いの家の間にあった公園でボールを突きながらバスケのまねごとをして過ごしていた。

(あの頃は和哉の母さんが亡くなって、父さんが一人で必死で子育てしてた頃だから、髪の毛とかだいぶ適当で伸び放題になっててさ。可愛い顔してたから、はじめ一瞬女の子かと思ったよな。なのに、くそ。こいつまた身体大きくなったな。父さんにどんどん似てくる……)

 今は布団に伏していて下から眺めていると余計にぬっと大きく見える。そして背格好とシルエットが、αであり息子の自分でも惚れ惚れするほど大変な男前の義父の若い頃を想わせる。
 今はあまり会うことができない、母と自分にとっては恩人ともいえる人。
 柚希は少しだけ切なく、そして恋しい気持ちになった。
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