仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

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可愛い弟

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「……そろそろ次の発情期かなって思ってたら、やっぱりな、ってかんじ。心配しただろ」

 弟は顔を合わせた早々、呆れ気味に唇を尖らせた。それでも濃く長い睫毛に彩られた瞳は笑みを湛え、爽やかで美しい。

「ごめん」

 柚希は上掛けを口元まで引き寄せくぐもった声で謝ると、和哉はパイプベッドに近寄ってきて掛け布団をゆっくりと捲り上げた。

「いいって。来るの遅くなってごめんね。顔真っ赤。汗かいてるね。苦しかった?」
「いや……。大丈夫」
「兄さんの大丈夫は当てにならないってこと、よく分かってるから」
 
 安アパートに不似合いな貴公子然とした美形の弟は、そう言って長身を屈ませる。顔が半分隠れるほど長く、乱れた柚希の前髪をかき上げ、懐っこい仔犬のような目元で甘く微笑んだ。

「来てくれてありがとう」
「当たり前だろ。俺の大事な兄さんなんだから」

 弟の屈託なく輝く笑顔を見るだけで、ほっとして身体から嫌な力みが抜ける様だ。
 多忙な弟にわざわざ発情期を知らせたわけではない。柚希が昨日の午後体調不良で早退したことを、同僚の女性たちがこっそり和哉にリークしたようなのだ。夕方にはタイミングを計ったように和哉の方から連絡が来た。
 
 たまに店に顔を出す爽やかなイケメン大学生。職場の女性陣は和哉のファンを自認していて、柚希の知らぬところで彼女らとやり取りをしている。

『一ノ瀬さんの顔もよく見ると端整でかっこいいけど、若干地味めだから、断然、和哉君の方が王子様感強いよね! お肌つるつる~ 目の輝き方が違う! キラキラ感がすごい!!』
『和哉くんが商品を紹介したらきっとドーナツの売り上げにもつながる!』
 などと皆で寄ってたかって誉めそやし、度々店のSNSに新作ドーナツを紹介ていで、和哉を写真入りで登場させているのだ。

 柚希だって何の悩みもなかった高校時代は今よりずっと輝いていたはずだ。若さ眩い現役大学生とバークヤードで粉まみれになっている自分を比べられても困る。とはいえ自慢の弟を皆がドーナツの王子様などと呼んで可愛がってくれているのは単純に嬉しかった。

 気立てのいい和哉はそれが兄の勤める店のためになるならと、ほいほいSNSへの顔出しをOKしたが、兄弟で一緒に出てとお願いされるたび、柚希はそういうの俺は恥ずかしいから絶対無理だと固辞し続けた。
 だが和哉の顔面の威力による宣伝効果のおかげか、お店のフォロワーも一気にぐわっと増えたと、オーナーや同僚たちからとても感謝されている。だから柚希も和哉が店の皆と仲良くすることに口出しできないでいるのだ。
 

「カズ、学校忙しいのにありがとな」

 身体が怠くても兄としてみっともないところは見せたくないと起き上がろうとするが、まるで身体に力が入らない。柚希はぽふんっとまたうつぶせに乱れた布団の上につっぷした。

「ほら、急に動かないで」

 和哉が柚希の寝乱れて黒髪がぐしゃぐしゃになった後頭部を、よしよしといった感じで指を差し入れて撫ぜ上げてきた。
 怠く熱っぽい身体を労る優しい手つきとその温みに不覚にも涙が出そうだ。

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