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逃避
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柚希はバスケ部出身で背丈もそれほど低い方ではない。αだった父の若い頃と、息子の欲目を差し引いても今でもイケてる美人の母。二人の若い頃を足して二で割ったような顔は、割と目鼻立ちは華やかで整ってはいる。だからといってふわふわと甘い女の子みたいな感じでもない。
連れ子のいる親同士の再婚で和哉という弟が出来てからは、長兄としての意識が強くなった。一緒に暮らした頃、小さくて華奢だった弟を守ってやるんだといつでも意気込んで生きてきた。一人の男として精神的に自立し、地に足をつけて生きてきたつもりだ。
それが専門学校の二年生の時に突如君はΩです、よって子どもも産めますと医師から告げられたのだ。それから世界が180℃変化し、その少し前から付き合っていた娘とも別れることになった。
オメガ判定を受けて希望だった製菓業界に就職するという願いは叶ったが、自分を見る目の変わった友人たちも含めて、失ったものも沢山ある。
今まではただ番と死に別れたΩである母の同情的に見ていた。時期が来ると発情フェロモンに支配され我を失う姿に心の底から哀しく憐れだと思っていた。
しかしまさか自分までもがその狂おしいフェロモンに支配される当事者になるなどとは思っていなかったのだ。苦しむ母の姿が脳裏に焼き付いていた。それを自分が再演することになるかもしれないと思ったら、悪夢といってよかった。
『少しずつ俺に慣れていって、いつかは柚希の全てが欲しい。でも今は待つよ』
情動から口付けを交わしても結局はそんな風にいって止め、柚希のまだどこか冷めたままの身体を熱い掌で優しく撫ぜ、宥めてくれる。そんな優しい晶が大好きだった。
晶が今までと変わらぬ態度で寄り添ってくれると、自分はまだ何もかも今とは違っていた、自由で闊達だった頃に戻れるような気がするのだ。
それは多感な時期に長い時間をチームメイトとして共に過ごした思い出があるからだろう。晶のことは可愛い大好きな後輩だという、その域を出ていないのかもしれない。
晶はこの世で宙ぶらりんな存在になり果てた柚希を、引っ張り上げて傍に置いてくれた恩人だ。そんな彼が望むなら全てを捧げてもいいと思う日もある。
しかし結局は柚希はいつまでたってもどっちつかずの気持ちと心を抱えたまま、そしてまた今回も直前までぐずぐずと踏ん切りがつかずにいる。
今回もまた、柚希は番になることからまた逃げようとしている。
(これから生活していくうえで、俺も番を作った方が都合がいいし、それなら気心が知れた奴がいいのかもって初めは思った。人間的に愛せる奴なら、そのうち恋愛的な意味で好きになれるかもって、付き合うのOKしたのに)
柚希を見るたび晶のきりっとした眦が緩み、暖かな笑顔をくれる。愛情深い仕草で柚希にことあるごとに触れ、それでも無理強いはせず身体と心の準備が整うのを待つと信じてくれていた愛おしい恋人。
そんな彼を裏切り、二度もチャンスを見送らせたという後ろめたさと、申し訳なさで昨晩から柚希はまんじりともせずずっと眠れずにいた。
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