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命尽きるまで貴方を想ふ②
《no side》
しおりを挟む永利は倒れゆく竜一を見届けることなく、すぐさま燈弥の元へ駆けた。そして弾をぶち込み氷を砕いて救出すると死人のように冷たい燈弥を抱え、脇目も振らず食堂から飛び出した。
寮の自室に行く時間も惜しく、宮寮監に緊急事態を伝え巣ごもり部屋の鍵を半ばひったくる形で受け取り階段を飛び降りる。
巣ごもり部屋、その浴室。
永利は燈弥を抱きしめながらシャワーにあたっていた。冷たかったシャワーは次第に温度を上げ、今では白い湯気を漂わせている。
排水溝に流れゆくお湯は透明ではなく、血混じりの赤。永利は腹に穴を開けたままの状態だった。
痛みは叫びたくなるほどの激痛。いくら緋賀といえど痛いものは痛い。
だが、自身の痛みよりも燈弥が何よりも優先するべきものだと永利は本気で思っていた。
「燈弥、とうや.....たのむ、目を開けてくれ」
血を流しすぎたのか、目眩がした。歯を食いしばり腹の傷を手で圧迫しながら、懸命に永利は祈る。
どれくらい時間が経っただろうか?
30分?40分?或いは5分も経ってないかもしれない。
ただ言えるのは永利にとっては長く、永く、永遠に感じるほどの時間だったということだ。
しかしついにその時が来る。
長い睫毛が震え、水滴を纏いながらゆっくり瞼が上がる。開かれた虚ろな黒い瞳は彷徨うように浴室内を見渡し、そして永利を捉えた。
「ぁ....」
「燈弥」
意識がはっきりしてきたのか、虚ろな瞳に光が宿る。永利は安堵の吐息混じりに名前を呼び、だが次に何を言うべきか言葉に詰まる。燈弥は今日、友人と肉親を失ったのだ。
無事で良かったなんて言ってもいいのだろうか?
永利はかける言葉が見つからないでいた。
しばらく浴室内に沈黙が篭もる。
竜一を手にかけたせいなのか、永利は真正面から燈弥の顔を見れず、目は流れゆく液体を追っていた。
「..........チビちゃんは?」
燈弥の口から溢れた小さな第一声。それは竜一を心配するものだった。途端、未だに燈弥を縛る竜一の存在に怒りと嫉妬が湧き上がり身体が強ばる。
しかし燈弥は永利の態度に「そっか....」と悲しげに返し、ポツポツと感情を吐露しだした。
「僕は、別にチビちゃんを苦しめるつもりはなかったんだ」
「ただ、舞い降りた絶好のチャンスを彼に.....。だって五大家の養子になれる子供がこの世にどれだけいると思うの?庇護者を失った僕に何が出来るというの?あの時は、ただチビちゃんの未来を考えて僕は」
「一時の感情で未来を無駄にするのは馬鹿のすることでしょ?」
「でも、今思うと言葉が足りなかったのかな....たとえチビちゃんが神崎になっても、僕は会いに行くのに....」
「――はは、全部言い訳だね僕。本当は怖かったのに。両親が死んで、片割れは僕に異様に執着して....普通に生きていた僕にとって怖いことだらけだったんだ。神崎も、チビちゃんも」
「だから、逃げた。チビちゃんを置いて。それらしい事をつらつら並べて、いかにもこれが正しい選択だと澄まし顔で」
「考えればチビちゃんが一番辛いのは分かるのに。僕は、『僕』の記憶があるから独りでもやっていける自信があった。でも、チビちゃんは?バース性がαで成熟だとしても、彼はまだ一桁の子供なのに」
「独りぼっちで、五大家の神崎に.....っ」
「罪悪感7割、心配3割で同じ小学校に通っていたけど、そりゃ執着は酷くなるよ。バイバイと言っておきながら中途半端に関わるんだもん」
「馬鹿だなぁ僕は.....何がチビちゃんのためだ。全部、ぜーんぶ自分のためじゃないか」
「哀嶋君がね『逃げるということは問題を放置すること。そして長年放置した問題は当人同士で解決できないことが多い』って言ってたんだ。まさにその通り、その通りになっちゃった....」
「文ちゃん、文ちゃんが巻き込まれて。僕のせいで彼はっ、文ちゃん本当にご────」
その先の言葉を紡ぐことが出来なかった。燈弥は謝罪が自身の心を軽くするためのものに過ぎないと知っていた。だから唇を噛み締めて俯く。
そんな燈弥を前に永利は肩を抱いていた手に力を込め、さらに抱きしめる。慰めの言葉は知らない。永利が今言えるのはこの後に待っている現実だけだった。
「鳥羽 文貴の遺体は火葬の後、家族の元へ送られる。鳥羽 孝仁のようにな」
「.......うん、知ってる。文ちゃんはね、鳥羽先輩が亡くなって本当に全部が分からなくなったんだ。帰省しても両親は涙ながらに意味のわからない言葉を文ちゃんに投げかけて、怖くて怖くて文ちゃんは逃げるように秘密基地に駆け込む。そして....助けて孝仁、どこにいるの孝仁、いつ帰ってくるの孝仁、って泣きながら孝仁を待つの。文ちゃんにとって帰省は地獄とそう変わらないんだ。なら帰らなければいいのにって思うよね?記憶を見た僕だからわかるんだけど、文ちゃんは両親に罪悪感があったみたい。彼は両親に責められるために帰っていたんだ。....は、はは、記憶は無いはずなのに、なんで罪悪感なんて持ってたの文ちゃん....君は本当に優しい人だ、ね」
眉を寄せ今にも泣きそうな顔で燈弥は語る。文貴視点の記憶のため、不明瞭な部分もあるが客観的に文貴がどう孝仁亡きあとを過ごしたか分かる。寂しく、哀しい記憶だ。彼はこんな記憶を持ちながら、日常を笑っていたのだ。日常を過ごすために自身を壊して、それで湊都や燈弥の前で笑った。
文貴のことを思うと燈弥は胸が張り裂けそうな思いになる。
「ヒナちゃん、文ちゃんの遺骨は僕がご家族に届けていい?ちゃんと、ちゃんと説明したいんだ。全てを.....」
「.......お前がそう望むのならば、お前に任せよう」
「......ありがと」
「神崎は、どうする?」
ヒュっと喉が鳴り、燈弥の瞳から不意に涙がこぼれた。泣かまいと耐えていた涙腺は一瞬で決壊し、次から次へとポロポロ溢れだす。
『神崎はどうする?』
それは、つまり、チビちゃんのことを指しているのだろうかとボンヤリ考えた。竜一が死んだという実感が燈弥にはない。なぜなら死に様を見たわけでもなく、その遺体を見たわけでもないのだ。今にもひょっこり顔を覗かせて弥斗と言いながら駆けてくるのでは無いかと、浴室の扉に目を向けてしまう。
しかし永利がタチの悪い嘘を言う性格では無いことを知っているがため『そう』なのだと実感させられる。
喪失感。まるで魂が欠けたみたいに胸が軋んだ。
涙が止まらない。
普段の永利なら燈弥の異変に気づいただろうが、体勢と状況が悪かった。燈弥は永利の胸に凭れ掛かり、永利の視界からでは表情が見えず。滂沱は不幸なことに打ちつけるシャワーが隠してしまった。
永利は燈弥の様子に気づかず言葉を続ける。
「俺としては鳥羽と同じように火葬して神崎に送ればいいと思うが......それでいいか?」
「......待って。僕、チビちゃんの顔を見たい。焼く前にいや火葬に、ぁ、お通夜やお葬式はない、の?」
「あるが立ち会えない。そういう決まりだ」
「なっ、なら火葬に立ち会わせて....」
俯きながら、か細い声で返す燈弥に永利はしかめっ面を浮かべた。思わず言うべきでは無い言葉を投げつけそうになり、傷口を自身で抉って無理矢理口を閉じる。だがそんな永利の努力も燈弥の次の言葉によって決壊した。
「チビちゃんに、会いたい.....」
「っ神崎は俺が殺したんだ!居ないやつのことを、もうアイツのことを考えるのはやめろ!!!お前はっ俺の事だけを────」
「ねぇ」
「っ!」
「ヒナちゃん、怪我してる......。僕のことはいいから、治療してきなよ」
「........だがっ、ぐ..........ここで待ってろよ」
「うん....待ってる」
永利は逃げるように部屋から飛び出した。燈弥の顔を直視出来ず、あの平坦な「ねぇ」という呼び掛けに心臓が暴れている。痛みすら忘れるほど感覚が遠くなり、冷や汗が止まらない。シャワーによって温まった身体が一瞬で冷めた。
「俺は、何を....言おうとした?」
ぐちゃぐちゃと不快な音を立てる軍靴に紛れ呆然とした呟きが廊下に落ちる。
平時の永利なら絶対に思っても口にしないだろう言葉。
『アイツのことは忘れて、俺だけを見ろ』
息が荒くなる。今まで思っても心の奥底で抑えていた感情。なのに、するりと口から出てきた。
「なんで....」
苦しい。竜一が居なくなって嫉妬から解放されたはずなのに、更に苦しい。
自分の感情に呑み込まれそうだ。
「.....でも、肉親が居ないのなら優先されるべきは俺だろ」
顔を青ざめさせ口を抑える。そして永利は駆けるように保健室へ向かった。
感情を垂れ流すこの口が心底恐ろしい。
だから、燈弥に嫌われる前に.....腹の傷よりこの口を縫ってもらうべく、永利は保健室のドアを蹴破った。
《side end》
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2年後と言わずすぐにでもシュウさん登場してほしい!!早くやばい薬完成させて弥斗に会いに来てほしい🥺
とりあえず竜一が弥斗をお持ち帰りできることを願います笑