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命尽きるまで貴方を想ふ②

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​─────ザザッ


思考にノイズが走る。
そのせいで攻撃が続かない。どうしても手が、足が止まってしまう。


​─────ザザッ


砂嵐。その白黒の画面に一瞬映る誰かが僕を見ているのだ。.....彼は誰?顔がよく見えない。
ああ、今はこんなことに気を取られている場合じゃないのに、目の前に憎い相手がいるのに。自分の刃が鈍っていると自覚するほど気もそぞろだ。


​─────ザザッ

僕が憎いのはこの■■だよ

​​─────ザザッ



「ッ」

「やっぱ不完全っぽいな」


太刀が眼前でピタリと止まる。神崎はその気になれば僕を殺すことができるのに、それを何故かしない。

神崎、神崎.....

気持ち悪い。口に馴染まないこの呼び方。心底憎く、殺してやりたい相手なのに、何度も怨嗟を吐き出した相手なのに.....僕は彼を神崎と呼ぶのを躊躇っている。


なにかがおかしい
でも何が?


「俺はコレクターじゃねぇから記憶の戻し方なんて分からない。.....なら今は一緒に帰ることだけを考えるか」


頭が痛くて、違和感に吐きそうだ。

『顔色悪いよ?保健室行こうか??』
『本人がそう言うならこれ以上言わないけど....辛い時はちゃんと辛いと言うんだよ』


孝仁....僕の孝仁。

......

......

殺さなくちゃ.....。神崎を。



「リッパー.....」


神崎に僕の刃が届かない。なら、届くように強く、強く、もっと強く、切り刻む力を


​────キィィイ''ィイ


僕に応えるかのように両手の中の双剣が悲鳴をあげる。軋みながらも刃は伸び、羽のように軽く変化。
流れてきた血涙を払い、僕は床を蹴った。


思考が僕を邪魔するというなら、

僕は憎しみに身を委ねよう。



一瞬で神崎の目の前に移動しそのまま懐に潜り込む。片腕の神崎にはさぞ対応しづらいだろう連撃を叩き込むと同時に、刃を打ち鳴らし斬撃を飛ばす。配置は神崎の背後。

ほら、ズパッと切り裂かれろ。



「ぐっ、ふ、っはは」



モロに背中に命中。だけど神崎は笑う。その幸せそうな笑みに背筋が粟立ち、咄嗟に双剣を神崎の腹に突き刺す。


「はっはっは!げふっ、げほっ、げほっ....!あ''ーいてぇ。でもこれが、愛のムチか」

「何言って......は?」


突き刺した双剣が抜けない!?っ、氷で神崎の腹に固定されて.....ヤバい!退かないと――


「久しぶりに燈弥から俺の胸に飛び込んできたのに、もうおさらばは寂しいだろ」

「離せっ!!!」


背中に手を回され、神崎の顔がすぐそこまで近くなる。.....こうなったら双剣の柄の部分を蹴りあげるか殴りつけるかして、傷にダメージを与えるしかっ。いくら氷で固定したとしても振動は響くはず!

すぐさま実行。両手で神崎の胸を押し隙間を空けて、足を――


「流石にそれは死ぬ」

「うそ!?」


神崎の左腕は僕が切り飛ばし、唯一無事の右手は太刀を持ったまま僕の背中に回されている。
なら僕の膝蹴りを止めたこの手は、なに?

透き通った腕だ。温かみのない、むしろ冷気を漂わしているこの腕は、手は.....。




「俺の新しい左腕氷腕。カッコイイだろ」




触れられた膝から氷が侵食するように広がる。咄嗟に神崎を突き飛ばし、逃げようとするが数歩下がったところで足は完全に床に固定され動かなくなった。

それでも侵食は止まらない。



「お前は俺に『神崎』という生を押し付け出て行った。でも、今ではそれが仕方ないことだと納得している。俺はお前と一緒に居たかったのに、力で示すことが出来なかったからな。力が足りなかった。ただ、それだけのこと」


ズルリと双剣が腹から抜かれ、床に捨てられる。普通なら大出血の致命傷。だが神崎は一呼吸もしないうちに腹を氷で覆い血をまた止める。....この調子なら背中の傷も止血されているだろう。

血を止めたからといって痛みはあるはずなのに、奴はずっと口元に笑みを浮かべ焦げ落ちそうなほど熱烈な目で僕を見つめてくる。
なぜそんな目で僕を見るのだろう?記憶の中の神崎はいつだって僕を無感情で、それでいて冷ややかな目で見ていたのに。


​─────ザザッ

もう、俺達しかいない

​​─────ザザッ

​​─────ザザッ


.....俺達?
っ、わ、分からない分からない分からない!!!

神崎の言っていることも、記憶に垣間見える『誰か』も!!なんだ!?なんなんだ!?

いったい、僕に何を​────



「だから今度こそ俺は俺の我を突き通す。.....一緒に家に帰ろう

「僕はっ、ぼ、くは.........」


下半身が氷で覆われた。そしてそれはジワジワと腰を上り、更に上半身にへと広がっていく。

危機的状況。なのに僕は自分が咄嗟に「弥斗じゃなくて燈弥だ」と言いかけた事に驚き、脱出どころではなくなった。

燈弥??
なぜ僕が燈弥君なんだ?
僕は文貴で.....
なら燈弥君はっ?
弥斗って誰?


どうして弥斗という名前にこうも胸がザワつくんだ?



​─────ザザッ

今日からお前は一条 燈弥だ

​─────ザザッ

​─────ザザッ

弥斗は死んだ

​─────ザザッ

でも、だからといって過去は消えない

​─────ザザッ




あぁあ''あ''あ''あ''あ''あ''っ

頭の中がぐちゃぐちゃだ。気持ち悪い。
僕はいったい、誰なの?


砂嵐に映っているのは、だれ??



​─────ザザッ

赤い眼光。

​─────ザザッ

釣り上がる口元

​─────ザザッ

心胆震わす低い声

​─────ザザッ

尊厳を破壊され

​─────ザザッ

自由を奪われ

​─────ザザッ

全てを蹂躙された

​─────ザザッ

忘れるな

​─────ザザッ

忘れるな

​─────ザザッ

忘れるな

​─────ザザッ

彼が

​─────ザザッ

彼こそが

​─────ザザッ

​─────ザザッ






カチカチカチ....

頭の中で響く声が消え、代わりに耳に届いた音。
​それが自身の口から聞こえる音だと気づいたのは数秒経ってからだった。


歯の根が合わない。


心臓をキュッと握られたようなこの感情
無力感、孤独

怖い
怖い
怖い!


!!



あ、
.....あぁ、そうだ。彼だ。
彼が、




「.........い''、ぃいま、の.....ぼくを、つくった」







容姿を隠し、虚勢を張って、自由に固執し、他者からの束縛に怯えながら生きる一条 燈弥今の僕があるのはあの人の、せいだ。

.....全てを、全てを思い出した。



「うぁっ、つ」

「思い出したのか?」


勝手に溢れる涙に眉を顰める。
未だに胸に残る悲哀と燻る殺意に....まだ記憶が混濁しているみたいだ。

感情を落ち着かせようにも異様な暑さが思考を邪魔して、氷で固められているというのに身体が暑くて熱くて仕方ない。特に頭が茹で上がっているように熱い。
ドロドロのマグマに浸かっているみたいで、このままだと意識が溶けてしまいそうだ。


「弥斗、大丈夫かぁ?なんか色んなところから血が垂れ流れてるぞ」

「​───やぁ、チビちゃん。実は今にも眠りそうなんだ。率直に言うけど、君へのお説教は後でちゃんとするから、今はこの拘束解いて僕を逃がしてくれないかな?」


考えるべきことは沢山あるのに、熱を冷まさないと何も考えられそうにない状況だ。....兎君や文ちゃんは無事だろうか?氷は首まで上ってきて、もう周りも見渡せない。

とても心配だが、まぁ彼らなら大丈夫だろう。
.....う''、急に頭がいたくなった。


「別にそれをしてもいいけど、いいのか?」

「な、にが?」


頭痛に耐えながらチビちゃんの疑問を問い返す。すると彼は口を尖らせ拗ねるようにこう言った。


「だってダメだろ弥斗、俺から目を離しちゃ。お前がそばに居て俺を見てないと、俺は好き勝手やっちまうぞ?それがいい事なのか、悪いことなのか俺には興味が無い。だから次は誰の首が転がってるか....」


首....??


「次は誰を腹いせに殺そうか。ああ、そういえばすぐそこに風紀の雑魚が居たな」

「ま、待って、待ってチビちゃん」




首....首....

そう、だ。文ちゃんはもう.....。


あ、え、うそ


そんな









「ぼくのせい......?」






「違う」と言って欲しかった。僕は。

なのに、チビちゃんの瞳はゆっくり弧を描き.....




「うん、弥斗のせい」





目眩がした。





「ぅあ」

「俺をほっとくから。俺を見ないから」



微笑みながら肯定され、頭を殴られたような衝撃を受ける。
僕のせい。僕のせいで文ちゃんは殺された?っいや、殺したのはチビちゃんだ。僕じゃない。
.....でもチビちゃんにその行動を選ばせたのは僕?


「構ってくれないなら物に当たり散らす。そうすれば弥斗は叱りに来てくれる。ははっ、俺はよく弥斗のことを知ってるんだ」


文ちゃん、文ちゃん文ちゃん文ちゃん、孝仁を殺しあまつさえ文ちゃんまで殺すのか神崎――っ違う!鳥羽先輩は僕に関係ない!!憎むべきは殺した神崎....ぁ、人のせいにするな!チビちゃんにそうさせたのは僕だ....でも、でも、でもっ!


​────ブチン


頭の中で何かが切れる音がした。
頭がショートしたのか、何も考えられず自分の意思に反して瞼がだんだん落ちてゆく。



「おやすみ弥斗。安心しろよ。ちゃんとおはようのキスで目覚めさせてやるから」



最後に見たのは子供のように無邪気に笑うチビちゃんだった。














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