374 / 378
命尽きるまで貴方を想ふ②
1
しおりを挟む─────ザザッ
思考にノイズが走る。
そのせいで攻撃が続かない。どうしても手が、足が止まってしまう。
─────ザザッ
砂嵐。その白黒の画面に一瞬映る誰かが僕を見ているのだ。.....彼は誰?顔がよく見えない。
ああ、今はこんなことに気を取られている場合じゃないのに、目の前に憎い相手がいるのに。自分の刃が鈍っていると自覚するほど気もそぞろだ。
─────ザザッ
僕が憎いのはこの■■だよ
─────ザザッ
「ッ」
「やっぱ不完全っぽいな」
太刀が眼前でピタリと止まる。神崎はその気になれば僕を殺すことができるのに、それを何故かしない。
神崎、神崎.....
気持ち悪い。口に馴染まないこの呼び方。心底憎く、殺してやりたい相手なのに、何度も怨嗟を吐き出した相手なのに.....僕は彼を神崎と呼ぶのを躊躇っている。
なにかがおかしい
でも何が?
「俺はコレクターじゃねぇから記憶の戻し方なんて分からない。.....なら今は一緒に帰ることだけを考えるか」
頭が痛くて、違和感に吐きそうだ。
『顔色悪いよ?保健室行こうか??』
『本人がそう言うならこれ以上言わないけど....辛い時はちゃんと辛いと言うんだよ』
孝仁....僕の孝仁。
......
......
殺さなくちゃ.....。神崎を。
「リッパー.....」
神崎に僕の刃が届かない。なら、届くように強く、強く、もっと強く、切り刻む力を
────キィィイ''ィイ
僕に応えるかのように両手の中の双剣が悲鳴をあげる。軋みながらも刃は伸び、羽のように軽く変化。
流れてきた血涙を払い、僕は床を蹴った。
思考が僕を邪魔するというなら、
僕は憎しみに身を委ねよう。
一瞬で神崎の目の前に移動しそのまま懐に潜り込む。片腕の神崎にはさぞ対応しづらいだろう連撃を叩き込むと同時に、刃を打ち鳴らし斬撃を飛ばす。配置は神崎の背後。
ほら、ズパッと切り裂かれろ。
「ぐっ、ふ、っはは」
モロに背中に命中。だけど神崎は笑う。その幸せそうな笑みに背筋が粟立ち、咄嗟に双剣を神崎の腹に突き刺す。
「はっはっは!げふっ、げほっ、げほっ....!あ''ーいてぇ。でもこれが、愛のムチか」
「何言って......は?」
突き刺した双剣が抜けない!?っ、氷で神崎の腹に固定されて.....ヤバい!退かないと――
「久しぶりに燈弥から俺の胸に飛び込んできたのに、もうおさらばは寂しいだろ」
「離せっ!!!」
背中に手を回され、神崎の顔がすぐそこまで近くなる。.....こうなったら双剣の柄の部分を蹴りあげるか殴りつけるかして、傷にダメージを与えるしかっ。いくら氷で固定したとしても振動は響くはず!
すぐさま実行。両手で神崎の胸を押し隙間を空けて、足を――
「流石にそれは死ぬ」
「うそ!?」
神崎の左腕は僕が切り飛ばし、唯一無事の右手は太刀を持ったまま僕の背中に回されている。
なら僕の膝蹴りを止めたこの手は、なに?
透き通った腕だ。温かみのない、むしろ冷気を漂わしているこの腕は、手は.....。
「俺の新しい左腕。カッコイイだろ」
触れられた膝から氷が侵食するように広がる。咄嗟に神崎を突き飛ばし、逃げようとするが数歩下がったところで足は完全に床に固定され動かなくなった。
それでも侵食は止まらない。
「お前は俺に『神崎』という生を押し付け出て行った。でも、今ではそれが仕方ないことだと納得している。俺はお前と一緒に居たかったのに、力で示すことが出来なかったからな。力が足りなかった。ただ、それだけのこと」
ズルリと双剣が腹から抜かれ、床に捨てられる。普通なら大出血の致命傷。だが神崎は一呼吸もしないうちに腹を氷で覆い血をまた止める。....この調子なら背中の傷も止血されているだろう。
血を止めたからといって痛みはあるはずなのに、奴はずっと口元に笑みを浮かべ焦げ落ちそうなほど熱烈な目で僕を見つめてくる。
なぜそんな目で僕を見るのだろう?記憶の中の神崎はいつだって僕を無感情で、それでいて冷ややかな目で見ていたのに。
─────ザザッ
もう、俺達しかいない
─────ザザッ
─────ザザッ
.....俺達?
っ、わ、分からない分からない分からない!!!
神崎の言っていることも、記憶に垣間見える『誰か』も!!なんだ!?なんなんだ!?
いったい、僕に何を────
「だから今度こそ俺は俺の我を突き通す。.....一緒に家に帰ろう弥斗」
「僕はっ、ぼ、くは.........」
下半身が氷で覆われた。そしてそれはジワジワと腰を上り、更に上半身にへと広がっていく。
危機的状況。なのに僕は自分が咄嗟に「弥斗じゃなくて燈弥だ」と言いかけた事に驚き、脱出どころではなくなった。
燈弥??
なぜ僕が燈弥君なんだ?
僕は文貴で.....
なら燈弥君はっ?
弥斗って誰?
どうして弥斗という名前にこうも胸がザワつくんだ?
─────ザザッ
今日からお前は一条 燈弥だ
─────ザザッ
─────ザザッ
弥斗は死んだ
─────ザザッ
でも、だからといって過去は消えない
─────ザザッ
あぁあ''あ''あ''あ''あ''あ''っ
頭の中がぐちゃぐちゃだ。気持ち悪い。
僕はいったい、誰なの?
砂嵐に映っているのは、だれ??
─────ザザッ
赤い眼光。
─────ザザッ
釣り上がる口元
─────ザザッ
心胆震わす低い声
─────ザザッ
尊厳を破壊され
─────ザザッ
自由を奪われ
─────ザザッ
全てを蹂躙された
─────ザザッ
忘れるな
─────ザザッ
忘れるな
─────ザザッ
忘れるな
─────ザザッ
彼が
─────ザザッ
彼こそが
─────ザザッ
─────ザザッ
カチカチカチ....
頭の中で響く声が消え、代わりに耳に届いた音。
それが自身の口から聞こえる音だと気づいたのは数秒経ってからだった。
歯の根が合わない。
心臓をキュッと握られたようなこの感情
無力感、孤独
怖い
怖い
怖い!
彼が怖い!!
あ、
.....あぁ、そうだ。彼だ。
彼が、
「.........い''、ぃいま、の.....ぼくを、つくった」
容姿を隠し、虚勢を張って、自由に固執し、他者からの束縛に怯えながら生きる一条 燈弥があるのはあの人の、せいだ。
.....全てを、全てを思い出した。
「うぁっ、つ」
「思い出したのか?」
勝手に溢れる涙に眉を顰める。
未だに胸に残る悲哀と燻る殺意に....まだ記憶が混濁しているみたいだ。
感情を落ち着かせようにも異様な暑さが思考を邪魔して、氷で固められているというのに身体が暑くて熱くて仕方ない。特に頭が茹で上がっているように熱い。
ドロドロのマグマに浸かっているみたいで、このままだと意識が溶けてしまいそうだ。
「弥斗、大丈夫かぁ?なんか色んなところから血が垂れ流れてるぞ」
「───やぁ、チビちゃん。実は今にも眠りそうなんだ。率直に言うけど、君へのお説教は後でちゃんとするから、今はこの拘束解いて僕を逃がしてくれないかな?」
考えるべきことは沢山あるのに、熱を冷まさないと何も考えられそうにない状況だ。....兎君や文ちゃんは無事だろうか?氷は首まで上ってきて、もう周りも見渡せない。
とても心配だが、まぁ彼らなら大丈夫だろう。
.....う''、急に頭がいたくなった。
「別にそれをしてもいいけど、いいのか?」
「な、にが?」
頭痛に耐えながらチビちゃんの疑問を問い返す。すると彼は口を尖らせ拗ねるようにこう言った。
「だってダメだろ弥斗、俺から目を離しちゃ。お前がそばに居て俺を見てないと、俺は好き勝手やっちまうぞ?それがいい事なのか、悪いことなのか俺には興味が無い。だから次は誰の首が転がってるか....」
首....??
「次は誰を腹いせに殺そうか。ああ、そういえばすぐそこに風紀の雑魚が居たな」
「ま、待って、待ってチビちゃん」
首....首....
そう、だ。文ちゃんはもう.....。
あ、え、うそ
そんな
「ぼくのせい......?」
「違う」と言って欲しかった。僕は。
なのに、チビちゃんの瞳はゆっくり弧を描き.....
「うん、弥斗のせい」
目眩がした。
「ぅあ」
「俺をほっとくから。俺を見ないから」
微笑みながら肯定され、頭を殴られたような衝撃を受ける。
僕のせい。僕のせいで文ちゃんは殺された?っいや、殺したのはチビちゃんだ。僕じゃない。
.....でもチビちゃんにその行動を選ばせたのは僕?
「構ってくれないなら物に当たり散らす。そうすれば弥斗は叱りに来てくれる。ははっ、俺はよく弥斗のことを知ってるんだ」
文ちゃん、文ちゃん文ちゃん文ちゃん、孝仁を殺しあまつさえ文ちゃんまで殺すのか神崎――っ違う!鳥羽先輩は僕に関係ない!!憎むべきは殺した神崎....ぁ、人のせいにするな!チビちゃんにそうさせたのは僕だ....でも、でも、でもっ!
────ブチン
頭の中で何かが切れる音がした。
頭がショートしたのか、何も考えられず自分の意思に反して瞼がだんだん落ちてゆく。
「おやすみ弥斗。安心しろよ。ちゃんとおはようのキスで目覚めさせてやるから」
最後に見たのは子供のように無邪気に笑うチビちゃんだった。
118
お気に入りに追加
410
あなたにおすすめの小説
変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!?
※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。
しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。
ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜
蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。
魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。
それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。
当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。
八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む!
地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕!
Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる