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命尽きるまで貴方を想ふ②
《no side》
しおりを挟む見上げると恐ろしい程整った顔が湊都を見下ろし、そして不意に視線が逸れる。
知らない顔である。いや、スマホの画面越しで見たことがあるから知らないということはないが、面識はない。こんな整った顔の友人は湊都に居ない。
でも、消去法でこの人物が誰か湊都は分かってしまう。
「......と、うや?」
返事は無い。
ただ『燈弥』は代わりに両手に持つ双剣を研ぐように擦り合わせ始めた。赤い火花が何度も飛び散り、湊都の視界を些か愉快なものにするが、それは数回ほどで止む。
そこへクツクツ笑いながら竜一が問う。
「さて、今何回飛ばした?」
「......」
答えはない。それでも竜一は嬉しそうに笑い、恐れもなく一歩前に踏み出した。
「怖ぇな。次の瞬間には足が1本になってるかもしれねぇ」
「......」
見せつけるように再度足を踏み出す。
「でも、そうはならない」
「.....」
軍靴が打ち鳴らす。軍靴特有の鈍重さで、しかし軽快な音を。
「だって『燈弥』は優しいからなぁ?」
「.......」
竜一は燈弥の1メートル手前で足を止める。それでもあの不可視の攻撃が襲ってこないことから、竜一は笑みを深め、愛おしそうに氷に覆われた左腕を撫でた。
「いつまで経っても優しい。なんせ腕一本で許してくれるんだからな。本当なら首くらい取れたはずなのに......あぁ、やっと、やっとだ。やっと ''俺 '' を見てくれた。なぁ燈弥、一緒に───」
話していた竜一は口を噤み、その場から飛び退く。次の瞬間、竜一が立っていた床に無数の斬痕が刻まれた。
竜一は追撃に備えたが、燈弥が一歩も動かないのを見て気分を悪くする。それは、竜一の知る燈弥なら避けた自分に詰め寄り連撃を食らわしてくると思っていたからだ。
自身は誰よりも燈弥のことを理解している。その自負がある竜一は燈弥の行動が予想から外れたことに頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。
だが、その衝動は燈弥の自身を見つめる目によって彼方へ飛んでゆく。
衝撃波が燈弥の髪を靡かせ、隠れていた瞳が露になる。心を見透かすような澄んだ黒い瞳は今や見る影もなく深く沈み、滅多に見せない焔を揺らめかせていた。一心に竜一を求めるようなその揺らめきは竜一に歓喜を与える。
竜一を見ようとしない燈弥が、
見て見ぬふりする燈弥が、
「俺を '' 見 ''てるッ!!!」
喜びのまま斬りかかる。もっと、もっと自分を見て欲しくて、求めて欲しくて......だから苛烈に太刀を打ち込む。
それがたとえ植え付けられた感情だとしても、今はそれでいい。
「コレクターの野郎余計なことしやがってと思ってたが、案外いいサプライズじゃねぇか。....このまま一緒にワルツでも踊るってのはどうだ」
「ほざけ。誰がお前の手を取るか。減らず口が叩けないようもう片方の腕も.....あぁ、忘れるところだった」
振るわれた太刀の衝撃を後方に流しながらそのまま軽やかに下がった燈弥はうっすらと笑みを作る。そして双剣を打ち鳴らし、落ちている竜一の左腕に目を向けた。
「ところでさ、なんで皆僕のこと燈弥って呼ぶの?」
切り離された左腕が打ち上がる。空中に浮いた腕は物理法則に従ってまた床に落ちる.....はずが弾かれるように右へ打ち出された。次は左、また上、右へと。
腕は燈弥の『切り裂く刃』の異能によって切り刻まれる。血を、肉片を撒き散らし床を汚して細切れになってゆく。
「ミンチになればいくら保健医でも治せないよね?.....さて次はどこを切り落とされたい?僕の番を殺した君に慈悲はあげないし、楽に死なせもしない」
「あの野郎、鳥羽 文貴の記憶を入れやがったな?」
悪態をつく竜一だが、やはりその顔は嬉しそうだ。それもそのはず、無視されるよりも避けられるよりも断然マシだからである。たとえ向けられる感情が憎しみでも殺意でも燈弥の感情が一心にこちらへ向いているならこれ以上ない喜びだ。
「.....でもまぁやっぱり燈弥がいい」
記憶を取り戻して貰うにはどうすればいいか数秒考えるが、燈弥が斬りかかって来たため思考をすぐさま戦闘に切り替える。燈弥との戦いはいかに思考を読むかにかかっているため、ほか事を考える余裕は無い。
右に誘導するような攻め方。
つまり次に来る攻撃は─────
「右だな」
どこから持ってきたのかポップコーン片手に観戦する雅臣はそう言った。
「え、なんで.....あ、ホントに右からあの見えない攻撃来たっぽいな。神崎が防いでら。ってことは雅臣もう燈弥ちゃんの異能分かったんだ?」
ポリポリとポップコーンを咀嚼しながら重臣が問い返せば、雅臣はニッと歯をむき出しに獰猛に笑う。それは今にも食いつかんばかりの肉食獣のようで、隣に座る颯希は「うぇ」と嫌そうな声を上げた。
「あれはオレらと同じだよ。不可視の攻撃、風と似た様な異能。ただアイツは風ではなく斬撃だけどな」
「そんな気はしてた。あ~、じゃあ燈弥ちゃんは好きに斬撃を放てるってことかぁ」
「放つどころか置いてんなアレ。罠みたいに斬撃を空間に固定してやがる。で、触れた人間を切り裂く。なんつーめんどい戦い方だ。.....固定用の斬撃は刃を擦り合わせることで作ってるのか?ということは張られた個数も予想出来やすい」
「見てみろよ雅臣。燈弥ちゃん戦いながらその合間に双剣どうし刃を打ち付けてるぜ」
「.....変態だなぁ」
「変態だァ」
「お前らに変態言われる燈弥君が可哀想やわ」
「変態だろ。相手の攻撃を捌いて、且つ誘導しながら罠を張ってんだ。どんだけ頭フル活用してると思ってる。なんも考えずに戦ったが最後即ミンチだ」
「燈弥ちゃんと戦うってことはぁ、組手しながらチェス指すようなものってことだよ」
「.....そりゃ変態やな」
「接近戦じゃ最強だろ。なんせ相手に思考することを強制するんだからな」
「だからといって遠距離は遠距離で斬撃飛んでくるだろうし、楽な相手では無いんだろうなぁ.....燈弥ちゃんの異能マジ面倒臭いww」
「おれっち戦いたくね~」とケラケラ笑う重臣を前に、颯希はハッとしたように手の平を2人に見せる。
「賭けの結果僕の勝ちやろ。しめて20万寄越せや」
「そんなことより!!燈弥ちゃんと神崎って双子だったんだねぇ~。おれっちビックリ」
「それな。顔全然似てねぇし。パッと見血が繋がってるって分かんねぇよな」
「しかも鳥羽と神崎の話聞いてる限り、禁断の恋だとか!!」
「あの様子じゃフラれたっぽいけど。まぁ燈弥なら然もありなんってとこか」
「おい(怒)。話逸らすなや」
「......だって演技かもしれねーじゃん」
「燈弥のことだ、有り得る」
「しゃんとこっち見て言えや。耳のいいお前らのことや、ちゃんと聞いたんちゃう?自分は燈弥じゃないみたいな事を」
「「.......」」
「明日20万耳揃えて持ってこい」
「っち、わーったよ。んで燈弥は鳥羽の記憶抜けば元に戻るんだろうな?」
竜一と燈弥に戦いを眉をひそめ不機嫌そうに見遣りながら、雅臣は確認する。雅臣にとって重要なのは見た目より中身。まさか一生鳥羽の記憶のままではないだろ?と返事は「当たり前や」と返ってくるのを前提で聞いた。
しかし返ってきたのはキョトンとした不思議顔。
「は?なに言うとん。一度溢れた記憶は僕にもどうすること出来へんよ。どうしてかコル・アルタで探そうにも見つからんのや」
「よし、重臣。こいつの腹でフ○ックしてやれ」
「おれっちにも相手を選ぶ権利があると思う。つかコイツじゃ勃たねぇ」
「僕ひっどい言われようやわ。泣いてもええ?いや僕としても重臣に襲われるんは御免やから勃たないことをここは喜ぶべきか??」
「.....お前が興味あんの本当にガワだけなんだな」
「最初からそう言うとるやん。中身はどうでもええから廃人になろうがかまへん。というか人格残ってしもたんは想定外やわ。廃人になってくれれば扱いやすくて僕としては有難かったんやけど....そう上手くいかへんかぁ。美笹君以来初やで、自我保てた人間は。まぁ自我ゆうても他人のやけど」
燈弥としての人格は露ほども興味ない颯希の言動に改めて唸る雅臣。対して重臣は颯希の言葉に「ん?」と首を傾げた。
「ササミが自我保ってんのなんで?溢れた記憶は戻らないんじゃねーの」
「......仮説としては自分のアイデンティティとなる呼び水が残ってたってとこやな。あ、勿論前提として他人の記憶を注がれても壊れん容器の強度が必要やで?」
「呼び水.....つまり記憶は戻るのか!」
「そりゃ奪っとるわけでもないねんからなぁ。自分のアイデンティティとなる記憶を覚えとれば連鎖的に溢れた記憶は戻ってくる。まぁそれも注がれた他人の記憶に負けへんくらいの強力な記憶があればの話や」
まだ望みはあると聞いた雅臣は早急に燈弥の記憶を戻すべく考える。この戦いは竜一と文貴の戦いと比べるまでもないくらい見るに堪えない。理由として、まず燈弥の行動に精彩がないことが挙げられる。きっと自身の持つ記憶に違和感があるのだろう。
そして竜一の動きも鈍い。こっちはこっちで手を抜いている。
こんなもの雅臣が見たいものでは無い。ならさっさと燈弥の記憶を戻して、竜一の邪魔をした方が面白いのではないか?雅臣はそう思った。
では燈弥の記憶を戻すのにあたって、
燈弥を燈弥たらしめる記憶とはなにか。だがそんなもの当の本人しか知りえぬものだろう。なら考えるべきは強力な記憶、燈弥のルーツと関係ありそうなもの。そこで雅臣は燈弥が唯一恐怖に塗れながら呼んだ人物の名前を思い出す。
「......これならイケるか?」
だが、珍しく雅臣の判断は遅かった。
《side end》
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