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第十三章 命尽きるまで貴方を想ふ①
《no side》
しおりを挟む────コン、コン、コン
「......どうぞ」
保健医である神谷は数秒の逡巡ののち、入室を許可する。
訪問者は1人の青年。
肩に落ちるサラサラの髪。
スっと通った鼻筋、桜色の薄い唇、そして憂いを含む瞳。ややほっそりとした体躯も相まって、儚い印象を与える容貌だ。
常連と言えるほどここに通っている訳では無いが、ここに来る誰よりもこの場所を必要とするべき青年である。
「今日はどうしたの?」
神谷は優しい笑みを浮かべ問いかける。
青年はキュッと口を結び、今にも泣きそうだった。
「......喧嘩したので、今日はここに泊まらせてください」
「何度も言うけど保健室で夜を過ごすのはやめなさい。1人でなんてもってのほかだ。.....ああもう、そんな顔で私を見ないでくれ。君の身を案じて言ってるんだよ?」
「お願いします」
「......君には帰るべき寮がある」
「こんな気持ちで帰れない、です」
「そう、それは仕方ないね。さぁこっち座って。話を聞かせて貰うよ」
俯く青年に神谷は優しく誘いながらその実、内心はやれやれと苦い気持ちが広がっていた。こうやって青年が保健室に泊まりにくるのは今回が初めてではない。しかも泊まりに来る理由はいつも同じだ。
一般生徒ならむべもなく追い返すが、目の前の青年は例外。彼の抱える事情は神谷とて軽く扱えなかった。
「お茶でいい?」
「はい、ありがとうございます」
温かいお茶を用意し一息つく。向かいあって座る青年の顔は訪ねてきた時よりいくらか和らいでいた。
「それで、今回はどんな喧嘩をしたのかな?」
落ち着いた様子を確認してから切り出す。すると青年は手に持つカップに視線を落としながらおずおずと口を開いた。
「彼が、どうしても友達に会ってくれなくて....接点を作ろうとしても、頑なに首を振る。そんな態度にイラついて.....」
「それで喧嘩を?」
「......はい。つい言ってしまったんです。『そんな弱気な君なんて大嫌いだ』と」
神谷は笑顔を貼り付けたままお茶を口に運ぶ。青年が語る喧嘩はどれも小学生がやるような内容ばかり。
つくづく喧嘩に向いていない。なんせ『大嫌い』と言った本人が傷ついている始末だ。
(以前はなんだっか.....あぁ、そうだ。前は『顔も見たくない』と言ってここに来てたね。でも、それでも明日にはケロリと仲直りしている)
何度も何度も同じやり取りをさせられている自分はノイローゼに陥ってもおかしくないものだ。だが、仕方ない。
これも仕事のうちなのだから。
「それは辛かったね。愛する人に大嫌いと、心にもない言葉を言うのは。――友達に彼氏を紹介したい気持ちも充分理解できる。......でも、彼の事情を少しでも考えたことはあるかい?どうして君の友人に会いたくないのか」
「それは.......人見知りだから」
「彼は人見知りなのかい?」
「はい」
「............おかしいな。私が会ったことのある彼は礼儀正しく、人見知りしない社交的な性格の子だったはずだけど」
「いいえ、彼は人見知りです。人と会う時はいっつも私の背に隠れていますから」
「へぇ、そうだったの」
落ち着かないのか、青年は目をキョロキョロと保健室内を彷徨う。
「......あれ、この部屋、ストーブ置いてありませんでしたっけ」
「どうしてそう思うのかな?」
「だって、以前ここで.....彼と......薪ストーブについて話したから......」
「ふむ、それは初耳だね。続けて」
「彼、すごいロマンチストで.....湖の近くに小屋を建てて、朝は釣りに行って、昼は森林浴しながらご飯食べて、寒い夜には薪を焚べながら昔のことを君と語り合いたいなぁ....って話してて。本気だったのか、家の近くの電気屋さんに突撃して薪ストーブは有るのかと聞き回って、ました。他にも小屋は自分で作るんだ!と息巻いて大工さんに弟子入りしたり.....もちろん追い返されましたが.....」
「随分振り回されましたね....」といいながら頬を染めていたため、嫌ではなかったのだろう。いや、むしろ幸せそうですらある。
だから神谷はもう一度聞く
「話を聞いてると、彼が人見知りだと思えないなぁ。そんなアグレッシブな人が人見知りだなんて嘘でしょ」
「人見知り?.......彼は人見知りじゃないですよ」
「君はつい先程彼をそう評していたけど」
「.......いえ、言ってないですよ?先生の聞き間違いじゃないですか?」
「そう.......。悪いけどもう一度今日の喧嘩内容を教えてくれるかい?」
「ぇ、喧嘩.....喧嘩?」
青年の瞳がさらに深く闇に沈んでいく。ブツブツと『喧嘩』と何度も呟き、そして思い出したように顔を上げた。
「私は彼の態度にイラついて、頬をひっぱたいて何も言わず逃げてきたんです」
「そっか........ふぅ、さっさとシャワー浴びてきなさい。その間は待っててあげるから」
「ありがとうございます!」
簡易シャワー室へと消えていった青年を見送ると、神谷は疲れたように椅子にもたれ天井を仰ぐ。
やはり考えるのは青年のこと。彼の言っていることは最初に聞いたものと全く違う。だが別段驚くことでは無い。それはもう慣れたものだ。
「.......今回もダメか」
やはり自分には救えない。じわじわと広がる諦観を振り払うように首を振る。
指摘するのは簡単だ。矛盾をひとつひとつ挙げていけばいい。
だが理解させるとなると一気に難しくなる。
なにせ彼には『――』が足りないのだから。
青年の足りない『――』を神谷は教えることが出来る。でも、しない。
「私は教師だ。それも観式の。.......踏み越えてはいけない一線は弁えている」
生徒と教師という立場が邪魔をする。
もし、それを教えることが出来る存在が居るのならば......それはきっと彼を愛する人間だけである。
よって、今の神谷に言えることはただ一つ。
「ねぇ......君はいつまで夢を見ているの?」
《side end》
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