狂った世界に中指を立てて笑う

キセイ

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第十三章 命尽きるまで貴方を想ふ①

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カツ、カツ、カツ


静かな廊下に軍靴の踏み鳴らす音が小さく響く。だが耳を澄ませば外から喧騒が聞こえ、『日常』を近くに感じることが出来た。


「頭おかしいんじゃないですか、会長」


僕の隣に並んだ哀嶋君は疲労滲む声音で呟く。こぼれ落ちた呟きはとても小さく、それは僕に応えを求めているものなのか判断できず黙る。


「あぁもう....訳が分からない。どうして会長は骨喰さんを殺そうとしたんです?どうして一条さんと食事に行くことで収まった?というか会長の豹変にいまだ追いつけてないんですが....!!」


小さな声はだんだんと声量を増し、最後は僕の行く手を阻むように前に回り込み、立ち塞がってきた。


「私をなにに巻き込んだのです?」


ははは、まるで僕が巻き込んだ側だと言っているようだ。え?その通りだって.....?

勘弁して欲しい。僕だって巻き込まれた側なのに。クロウちゃんがヘマをしなければああなることは無かった。


「今の会長の言動は無茶苦茶です。脈絡がない。でもあの言動は全て貴方に関係あるのでは無いですか?」

「さぁ、どうでしょう。僕も彼の突拍子もない行動に悩まされているんです。どうしてあんな事をしたのか僕が聞きたいくらいですね」


立ち塞がる哀嶋君を避けて、歩を進める。でも珍しく彼は諦めなかった。小走りで距離を詰め、僕の隣を無理やり歩いた。


「じゃあなぜあのとき聞かなかったんです?」

「......」

「貴方の『ご飯食べに行こう』という言葉で会長が手を止めたのは訳が分からないので置いときますが、問題はその次です。貴方は『喧嘩はほどほどに』と言った。アレが喧嘩に見えたのだなんて嘘でしょう?」

「......会長が骨喰君に斬りかかったということはそういうことなのでは?」

「貴方のさん付けしたかしてないかの流れでそれは無理がありますよ。もう一度言いますが、貴方に関する問答の後でそれは無理がありますよ」


そんな強調しなくても......


「.....はぁ、以前から思ってたんですど」

「まだ僕をボコボコにする気ですか。もうお腹いっぱいなんですが」


暗にこれ以上聞きたくないと伝えたのだが、伝わらなかったらしい。彼は僕の肩に手を置き引っ張った。引っ張られたことで自然と身体が哀嶋君の方に向く。

当然足も止まった。


「貴方のその ''逃げ癖'' どうにかなりません?」


軽口をたたこうとしたが思わぬ言葉に閉口する。


「突き放したり近づいたり、委員長への態度はわざとなのかと思っていましたがその様子じゃ本心からなんですね。.....なんて性悪なんでしょう。そしてなんて愚かなんでしょう。委員長にした事を会長にもするなんて」

「僕と会長には何も​────」

「どんな御託を並べても構いません。貴方と会長の間に何があろうと構いません。私が言いたいのは逃げるということは問題を放置すること。そしては当人同士で解決できないことが多いということです。........精々他者を巻き込まないよう努力するんですね。嗚呼、私を巻き込むのはこれっきりにしてください。ロクな説明もなしに巻き込まれるなんて真っ平御免です」


吐き捨てるように言うだけ言って彼は風紀室ではなく、元来た方向にへと歩みを変えた。
僕はその背中に何か言うわけでもなく口を結び、ただジッと見えなくなるまで眺め続けた。









気を取り直して風紀室へ向かうその道すがら、ちょうど階段で周囲に花を散らすウキウキ状態の文ちゃんと出会った。菫色の瞳は濁っていながらも、どこか煌めいている。さながらドブ川に反射する陽の光のよう.....めっちゃ失礼なこと言ってるな僕。
いかんいかん、哀嶋君の毒舌が移ってる。文ちゃんになんてこと考えてるんだ。


「文ちゃん僕を殴ってください」

「おつか――えぇ!?急にどうしたの燈弥君!熱でもある?顔色も良くないし、無理はダメだよ。辛いのならちゃんと言って?助けになるから」

「ドブは僕の心の方でした」

「よくわかんないけど気にしてないからいいよ」


うぅ(泣)、文ちゃん.....酷いこと思ってごめん。


「本当に大丈夫?いつもよりテンション高いけど....」

「僕は大丈夫です。テンションが高いのは疲れてるからなので」

「全然大丈夫じゃないよそれ」

「ところで文ちゃん。渡せましたか?」



放課後の勉強会に文ちゃんの姿がなかったのは恋人とラブラブするためである。朝からずっとソワソワしていたらしく(ケーキ君談)、授業中も落ち着かなくて何度も先生に注意されてたという(ケーキ君談)。

そんな文ちゃんは僕の質問に頬を真っ赤に染めて初々しく首を縦に振った。おぉ、どうやらちゃんと渡せたらしい。


「すっごく喜んでくれた。うぁ、なんか恥ずかしいな。友達にこういうの報告するの」

「あはは。惚気ご馳走様です。......それでこの後は番の部屋でお過ごしですか」

「ううん。湊都君達に合流するよ。.....実は孝仁からスペシャルノートを貰ってね」

「スペシャルノート?」

「ふっふっふ.....あの孝仁が作った先生別対策本。これがあればいくつかのテスト問題はヤマが張れる」


あの孝仁って言われても僕知らないしなぁ。でもヤマ張っても意味ないと言っていた文ちゃんにここまで言わせるってことは相当だ。.......孝仁って文ちゃんの番だよね?番フィルターとかかかって美化してない?大丈夫?


「その対策本を僕達が借りて先輩は問題ないのですか?先輩も必要でしょう」

「心配いらないよ。孝仁はそんなもの無くても高得点取れるから」

「......そうですか」


ならスペシャルノート作る必要ないのでは??


「燈弥君はまだ風紀のお仕事あるよね?じゃあ頑張って」

「あっ、待ってください文ちゃん」

「ん?」

「そのノート僕が届けますよ。君はもう少し先輩と一緒に過ごしたらどうです?」


思い返してみれば、文ちゃんは僕達と一緒にいる時間の方が多い気がする。別にそれが悪いとかは全然思ってなくて、むしろ嬉しいんだけど.....僕は僕達が文ちゃんの時間を拘束してるんじゃないかと危惧しているのだ。

だって彼はとてつもなく優しい。

本当はもっと番と一緒に居たいのでは無いだろうか?
スキー旅行で聞いた恋愛話の熱量は未だ覚えている。番に対して過度とも思えるほど心を注ぐ姿はなんというか.....陳腐な言葉になるが『愛』を感じた。

その愛が僕達のせいで壊れたら?


「......番との時間を優先してもいいんですよ。それでハブるような器の狭い人間じゃないですし僕達」


そう言うと文ちゃんは濁った瞳を細め、綺麗に笑った。.....女神も裸足で逃げ出す笑みだぞ?


「ありがとう燈弥君。じゃあお言葉に甘えてお願いしていいかな?ついでに将翔君に今日は帰らないこと伝えて欲しいんだけど、頼んでいい?」

「もちろんです。素敵な時間をどうぞ過ごしてください」

「うん......ぁ、あのさ!」


スペシャルノートを受け取り止めていた足を進めようとしたが、今度は文ちゃんに引き止められる。
振り向けば目線をあっちこっちに漂わせ、口をモゴモゴするの珍しい彼の姿があった。


「えーっと、やっぱりなんでも.......いや、うぅ。とっ、燈弥君はさ!絶対に犯してはいけない罪を犯した人の事をどう思う.....?」

「......それは難しい質問ですね」


この質問の仕方はどう考えても文ちゃんがその『犯してはいけないこと』をやってるパターンだよね.....。他人になら軽蔑するの一言で済ませるが、相手が文ちゃんとなると言葉を選ぶ必要があるぞ僕。


「そうですね.....その犯してはいけない事が僕の中で許せるものかどうかで決めます。その人にそうせざるを得ない背景があったのかもしれないですし」


たとえば、拉致監禁された子供が犯人を殺してしまったとか。殺人は犯してはいけないことだが、その状況下においては軽蔑どころか良くやったと褒め称えるべきだろう。
......僕の場合は軽蔑されるだろうけど。

苦い記憶に思わず文ちゃんから顔を逸らす。


「​────ねぇ燈弥君。孝仁に会ってくれない?」


苦い記憶を頭の片隅に追いやって一息ついてから文ちゃんに目を合わせる。
さっきのモジモジした態度から一変し、彼は真剣な眼差しを向けてきた。


「それは全然いいですけど.....えっ、文ちゃんの番は懲罰棟にでもぶち込まれているんです?言い方が面会のソレなんですが」

「ふ、ふふっ!言い方がちょっと悪かったね。....孝仁もテストに専念したいだろうから時間はまたこっちが決めてもいい?」

「えぇもちろんです」

「ありがとう!ぁ、引き止めてごめんね!お仕事頑張って!じゃあ」


文ちゃんと別れて、今度こそ風紀へと足を進める。

だけど一歩、二歩と歩いてふと思い出す。


ここは本校舎3階。


「......どうして文ちゃんは階段を降りてきた?」


彼は階段を降りて来ていた。
この上は理事長室や会議室など一般生徒には用がない部屋ばかりだ。それに文ちゃんの番である『孝仁』先輩は1個上のはず。居るとしたら本校舎じゃなくて西校舎では?


『すっごく喜んでくれた。うぁ、なんか恥ずかしいな。友達にこういうの報告するの』

『ううん。湊都君達に合流するよ。.....実は孝仁からスペシャルノートを貰ってね』

『ありがとう燈弥君。じゃあお言葉に甘えてお願いしていいかな?ついでに将翔君に今日は帰らないこと伝えて欲しいんだけど、頼んでいい?』

『​────ねぇ燈弥君。孝仁に会ってくれない?』



彼の言葉を思い返す。なんてことない言葉の数々。

ただ、階段を降りてきたという事実一つで
それらがとてつもなく不気味に思えるのは僕の考えすぎだろうか?




「.......あぁ、怖いなぁ」





自分の考えすぎだと思いたい。










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