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第十二章 自身の勘は信じろ(ただし真波 御影は除く)
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燈弥達が泊まる階の1つ下でMr.ウマシカこと、田噛 茂はフラフラと通路を歩いていた。
迷ったわけでもなく、追いかけっこをしている訳でもない。通路を歩きながら、時折立ち止まり窓を見遣る。そんなことを何回も何回も繰り返していた。
「んー......ここら辺ッスかねぇ。いやでも.....わかり易すぎないっすか?裏をかいて違う部屋だったり?」
窓を覗きながらブツブツ呟く。窓からはちょうど燈弥達の部屋が確認できた。
「ここ?それとももう1階下???うーん」
確証が得ないのか、その場でしゃがみ込みウンウンと唸る。しかしそれも数秒経つと、茂はカラッとした笑みを浮かべ立ち上がる。
「オイラ考えるの嫌いっす!行動あるのみ!!ってことで、お邪魔するッスよォ~。おーい開けて~」
窓から1番近い部屋に向け、声をかける。だが当然返事は返ってこない。
「無視ッスか?それは酷いっすよ~」
茂は無視されたと騒ぎ立てるが、そもそも名乗りもせず開けろと言う不審者に一体誰がドアを開けるのか。もしくは、部屋主はまさか自分たちに言っていると気づいていないのかもしれない。
.....あえて無視しているという場合も考えられる。
まぁ兎に角、茂の目の前のドアが開くことはない。
「ふーん、そんな態度とるんすねぇ」
笑いを含んだ言葉と共に茂の右手に銃が顕現する。カラフルで、中身が透けて見えるそれは....まるで水鉄砲のよう。
水が入っているのか、揺らせばタプタプと液体が揺れ動く。
「発射!!」
茂はドアハンドル付近に狙いを定めると、躊躇なく引き金を引く。すると銃口から勢いよく液体が噴射された。
噴射された液体はドアハンドルの取り付け部分を濡らし、更にはドアまで飛び散っていた。
茂はそれを確認すると数歩下がり、背後にある窓を開ける。
ひんやりとした風が通路に吹いた。
─────ジュワ、ジュワ.....
「おー溶けてる溶けてる~」
気色こもる声が静かな通路に落ちる。茂の噴射した液体はドアハンドルを溶かし、ドアも同様に溶かし始めていた。
その有様に茂のニマッとした瞳が歪む。
「お邪魔するッスよー!」
待ちきれないとでも言うように、ドアを蹴飛ばす。液体により鍵が機能しなくなったドアは簡単に開いた。
「あれ?」
部屋の中に足を踏み入れた茂は室内に誰もいないことに首を傾げた。部屋は自身が泊まる大部屋と似たような内装。違うのはやはり広さだが....今はどうでもいい事だと頭の隅に追いやる。
「困ったッス。ここで燈弥君の好感度をアップさせる予定だったんすけど.....うーん......」
「せっかく雅臣と重ちゃんが居ないんだから、オイラがこのチャンスをものにしないと.....」
「.....ホントに居ないんすか?隠れてるってことはない??」
一人でブツブツと話していた茂は突如、ズボンに手を突っ込み丸い物体を取り出す。そしてそれを銃口に取り付けると壁に向かって銃を構えた。
「考えるのめんどいッス!だから全部溶かしてから考えるッスよー」
一瞬の逡巡もなく引き金が引かれる。
────プシュ、びゅるるー
銃口からシャワーのように液体が噴射された。茂が銃口につけたのは液体を広範囲にかけれるようにするための補助機だったようだ。
「ぜーんぶ溶けろ~!キシシシシww」
「待て待て待て待て!!!」
「待つにゃーーーーーーっ!!」
「わっ、居た」
茂が噴射した壁のすぐ側から2人の青年が飛び出てきた。何も無いところか突然現れたように見え、茂は少し驚くが、それがどちらかの異能であると直ぐ理解した。
「もー、なんで隠れてるんスかぁ?危うく全部溶かすところだったッスよ~」
「誰も居ないと知ったら、普通出ていくだろう!?どうして溶かすという狂行に走るんだ!?」
ハンチング帽が溶けていないか、念入りに確認しながら猫又 巳太郎は叫ぶ。しかし茂はなぜ自分が怒られているのか理解出来ないようにこう言った。
「ちゃんと誰も居ないか調べるのは当たり前ッスよ?だって実はその部屋にいました~っていうのが1番ムカつくじゃないッスかぁ」
「だから調べ方が......!!」
「巳ーにゃん、暖簾に腕押しだにゃ~。ここはさっさと話を進めるのが吉」
「.....ふぅ、そうだな。それで?我輩達に何の用だ」
茂の狂行に心乱されていた巳太郎は海音の言葉で調子を取り戻す。胸を張り強気な態度で茂に相対するが、海音から見たそれはまるで虚勢のようだった。
(巳ーにゃんの容姿は小動物味を感じさせるものだからにゃぁ.....強気に出ても相手は怯むどころか余裕を持ってしまうっていうね.....。だーから君は裏方がいいって言ってるのに.....困った子だにゃぁ)
巳太郎へ残念な子を見るような目を向け、ため息をついた海音は2人のやり取りを静観する。
「用?......あぁ!!そうだった!!オイラはお前達に燈弥君のデータを寄越せって言いに来たんだった!忘れてたっすよぉ~。――てことで寄越せ」
静観しようと壁際に控えていた海音は目の前の生徒が ''古参組'' であることを改めて思い出し、巳太郎の横に並ぶ。阿呆っぽい行動と親しみ易そうな雰囲気で忘れていたが、田噛茂はあの鎖真那の友人を務める人間だ。
常に臨戦態勢にいなければ最悪死ぬ可能性がある狂人であることを決して忘れてはいけない。
「体育祭の燈弥君のあの写真お前らッスよね?」
体育祭時、一条 燈弥を孤立させる狙いで掲示板に貼りだされたスキャンダル写真。写真には燈弥の部屋へ上がる神崎と緋賀、更には鎖真那の有名人物が激写されていた。
あのレベルの人間に気づかれず盗撮できるのは放送委員、もとい情報部しかいない。
つまり、目の前のこの2人である。
「別に燈弥君の代わりに報復に来たとかじゃないっスよ?お前達を潰してこいとか彼絶対に言わないし」
「じゃあなんで?我輩達が一条を嗅ぎ回ろうと貴様には関係ないでは無いか」
「そんなの友達に決まってるからじゃないっすかァ!!友達が困ってるなら助ける。これ常識ッスよね?」
「.....ボクの目から見て燈弥ちゃんは困ってるように見えないにゃ~」
海音の言う通り、燈弥は情報部についてはガン無視を決めている。普段の生活からして困っている素振りもない。その点で言うと茂の言い分は嘘とも取れるが....果たして目の前の男が嘘をつく理由はなんだろうか?
生徒のあらゆる行動を観察している海音は本人ですら知らない情報を持っている。神崎しかり、緋賀しかり、戦闘狂しかり。
言動を読み取り、吟味する。どうしてその行動に至ったのか、それは何の感情が発露したものなのか。
吟味、吟味。過去を漁り、今を漁る。
神崎の秘めた劣情も
緋賀の隠す脆弱さも
戦闘狂が求める強さも
そうして海音は情報を得たのだ。
だがそんな海音でも田噛茂という人間の本質は未だ掴むことができないでいる。
「燈弥君が困ってない.....?キシシシw馬鹿っすねぇ~、燈弥君がそんな悟られるようなことするわけないじゃないっすか!燈弥君の友達でもないお前には到底分からないっすよ」
「友達の君ならわかるってことかにゃぁ?」
「当たり前っすよ!」
本気でそう信じている。海音は茂の言動からそう感じた。
「巳ーにゃん、ここは大人しくデータを渡そう。データくらいどうってことにゃい。ボクが全部覚えてる」
「.....海音がそう言うなら」
巳太郎はポケットからUSBを取り出し茂に手渡す。
「ん~.....これでいいのかなぁ?いいか!いいっすよね!これで燈弥君は安心!!キシシシw雅臣とシゲちゃんに自慢するっすよ~」
意気揚々と部屋から出ていく茂。放送委員の2人は揃ってそれを見送った。
「これで安心だ。我輩は――」
「あっ、そうそう!!」
閉じたドアが再度開き、ひょこりと顔が覗く。ニマッとした笑みはまるで巳太郎達を見下すように歪められている。
「どうしてこの旅行に着いてきたのかどうでもいいッスけど~......次燈弥君の周りをウロチョロしてるの見かけたら、その脳ミソ記憶ごと溶かしちゃうッスよ?」
「バイバイ~」と最後に、今度こそ茂は姿を消した。
残された2人は冷や汗を流し、互いの顔を見やった。
「忠告だにゃぁ.....」
「忠告だな」
「これは一旦、燈弥君探るのやめた方がいいにゃぁ」
「うぅぅぅ、なんのために真波のいる旅行に来たんだ。我輩達が頑張って集めた情報も田噛に持ってかれたし。あっ、今持ってるカメラは無事――じゃない!?!?スマホもどうしてっ」
「初手で溶かされてたニャー。ピンポイントで機材を溶かしてるのはワザとかにゃ?それともタマタマ?.....燈弥君より先に周りにいる人物を調べるのが良さそうだにゃ~。腕がにゃるのだ」
「....今回は我輩も大人しく旅行を楽しむのだ。カメラとスマホがなければなーんにも出来ないからな!!」
「もう旅行は寝たら終わりにゃんだけど」
「うるさいぞ海音!も~やけくそだ!お土産屋さんに行くぞーー」
「にゃ~」
《side end》
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