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月の下で貴方とワルツを②
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しおりを挟む《side 緋賀 永将》
やっと殺せる、一条 燈弥を。
俺の計算を、計画をめちゃくちゃにする不安要素を消せる。
愚息がああなったのも、
ユーベラスが倒壊し調査を止められたことも、
鎖真那 重臣が丸くなったのも、
比良山 美笹の忠誠を奪ったのも、
全て、全てこいつが原因だ。
特に愚息と比良山を奪われたのは痛かった。
愚息はもうダメだ。今回のパーティでハッキリした、アレは飼い殺して使うほか道がない。
そして比良山。
今はもう一条の犬だ。恩人である俺より優先してやがる。....そう、俺はアレの恩人だったのだ。
消えない火傷跡に絶望していた比良山を治療したのは俺だ。まぁ忠誠心を得るために、わざと火傷跡が残るよう治療させたがな。本当は完治させることも出来たが、比良山の狂気は使えるため敢えてやらなかった。
完治させてその狂気が薄れたんじゃ使い勝手が悪くなるだろ?何より、普通の人間より欲望丸出しの狂人の方が制御しやすいというのもあった。
だがその狂気と忠誠心は一条 燈弥に向けられ、便利な異能は遺憾無く振るわれている。
....いや、いい。悔やむことはない。全てこれで終いにできるからな。コレを殺してまた一から懐柔していけばいい話だ。
さて、どこを撃ち抜いてやろうか。すぐには死なせねぇ。俺に屈辱を与えといて楽に死ねると思うなよ?
「あはっ」
立場は俺が圧倒的有利なはずなのに、コイツは笑いやがった。
「何がおかしい」
激昂しそうになる感情を押さえつけ、冷静を纏い一条に問いかける。
今までのやらかしからコレの性格はだいたい予想が着いている。
悪あがきで大勢を殺す程の究極的自己中
捕食者に食いつかれようと最後まで抵抗する、その不屈さ
常識を尊びながら、いとも簡単にその常識を捨てる異常者
......あ''?
ちょっと待て、そんな人間がむざむざ殺されようとするか?
あぁ、やはり変だ。
冷静になれば、今のこの状況がどれほどおかしなものかよく分かる。
取引をもちかけたくせに俺をおちょくる様といい、いつになっても取引を進めない態度といい....何か狙いがあるのは明らかだろうが!
だが気づいた時には遅かった。
「おかしい?いえ、全くおかしい事などありません....が、不快に思ったのなら謝ります。どうしても喜びを堪えきれなくて....」
っやめろ
「さて、『今この時だけ緋賀の肩書きを捨てた永将さん』」
言うな。
それ以上は言うな!
この俺に────
「僕を殺す前に僕と取引しましょう?」
この俺に『してやられた』という感情を抱かせるな!!!
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「なんだ、この敗北感は」
一条 燈弥が先程まで座っていた席に目を向けながら、永将は呟くように言葉を零した。
「ふははは!君が勝手に自爆したのではないか!」
まるで敗因を知っているかのような口ぶりに永将は譲斎に鋭い目を向ける。
「自爆?俺がか?ふざけんな、俺は普段通り――」
「いやいや、全く普段通りじゃなかったよ。君は燈弥君を意識し過ぎた」
「は?意識、意識??」
ワイングラスを揺らしながら譲斎は困った子を見るように慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「君が言ったのだろう?常識を尊ぶお前がこんな時間に訪ねに来るとは....とね」
「それがなんだ」
「取引を持ちかけに来た彼に対し君は緋賀の現当主として向かい合った。.....ふ、馬鹿かね。あんな家柄のない子供が緋賀に持ちかけれる取引などあるわけが無いだろう。異能者の名家に対し無能力者の家が差し出せるものなどたかが知れている」
「ぐっ、」
「もし仮に緋賀に対し取引をしたいのなら、常識ある彼は常識内の時間で訪ねに来るだろう。非常識な時間に来た時点で、緋賀現当主ではない君自身に取引があるのだと普段の君なら気づけたはずだ。なのに君という奴は....ふ、ふふっ威圧感丸出しで『この俺に取引とはいい度胸じゃねぇか』と!!ふっ、く、ふっはははははははは!!.....いやはや、この歳で君のそんな可愛い所を見れるなんて長生きはするものだな」
永将は言い返す力もなかった。話を聞けば、なるほどと納得するしか無かったからだ。譲斎が言っていた意識し過ぎというのも的を射ている。
燈弥を意識しすぎたせいで気が回らず、取引において相手に有利な立場を与えてしまった。
「緋賀現当主という肩書きを捨てさせられ、敗北感を抱いた君は取引の場で後手に回るしかない。取引及び交渉の場においては精神面がものをいうからね。....それにしても狙って君を陥れたのなら素晴らしい胆力と頭脳だな。君が意識しすぎるのも無理はない」
「....そうだな、認めよう。アレは俺と対等に取引するに値する男だったと」
「――まったく、どこまで行っても上から目線なのだね。してやられたというのに」
「あんたの助力がなけりゃ俺が有利のままだったさ」
「私だって予想外だったのだよ。まさか私の言葉を武器に戦いを挑むとは.....。斎良の嫁になってくれんかなぁ。彼なら斎良の手網を握り、且つ星菜に更なる繁栄をもたらしてくれそうだが....」
「やめておけ。俺の愚息を見ただろ?アレはそういう才能なんだ。人をダメにする」
「斎良は既にダメになっておるから問題はないのだよ」
「はっ、なら勝手にやってろ」
話の区切りが着いたのか、静かな空気が2人の間に流れる。永将は考えるようにソファに背を預け、譲斎は変わらぬ笑みでワインを口に運んだ。
「どう思う?」
静かな空気を破ったのは永将だった。彼は客用テーブルに置いてある空のワイングラスにワインを注ぎながら譲斎に問いを投げかけた。
「どう思うとは燈弥君の──君が飲むのかね!?」
譲斎は問いに答えようとしたが、永将が自分で注いだワインを煽るように飲み干した姿を見て驚愕に声を上げる。
「てっきり私に寄越すんだとばかり思っていたが、自分で飲むとは....君は飲めないのだろう?」
譲斎が知る永将は合理的で無駄を嫌う男である。そのため嗜好品の一切を嗜まない。その中でも体に害を及ぼすタバコと酒への嫌悪は凄まじいものであり、酒の席で飲むことはあるが、その後必ずトイレに行く徹底ぶりだという。
そんな永将が酒を飲むなんて、問われた質問も吹っ飛ぶというもの。
「今日は酔わなきゃやってらんねぇんだよ。突っかかるな」
「写真を撮ってもいいかね?」
「突っかかるなと言ったろうが。俺のことはいいんだよ。んで、老公から見て一条の提案はどう思う?」
譲斎は爽やかに微笑みながらとんでもない事を口にした美しき青年を思い浮かべる。
「なんとも言えないのだよ。第一私は燈弥君のことをよく知らない。その点で言えば君の方が可能かどうか分かるのではないかね?」
「限りなくゼロに近い.....と思っている」
「まぁそれでも精神面で上をいかれた君は了承するしかなかったのだがね」
「チッ」
胸糞悪い
思い出せば思い出すほどイラつきで頭を掻きむしりたくなる。永将は顔を顰めた。
『取引と言ってもこれはもしもの話です』
『もしも僕が──────出来たら。ヒナちゃんを緋賀から解放してください。そして貴方は今後一切ヒナちゃんの前に姿を現さず、出来うる限りの支援をしてあげて下さい....親として』
『.....あはは、我ながらよく思いついたと思いますよ、こんなこと。でもこれが一番スッキリするんです。永将さん、僕、そしてヒナちゃん。全員に利がある。どうです?』
永将は思いがけない内容に一瞬思考が止まった。それでも直ぐに頭はこの取引を受ける価値ありと判断した。
「クソが.....」
腹が立つ。あんなもの到底取引と呼べるものでは無い。アレは子供の夢語りのようなもの。それほど不確かで、現実味がない。
だから燈弥は永将個人と取引をしたがったのだ。もし永将が現当主として話を聞いていたのなら鼻で笑って切り捨てていただろう。
「そうイラつくな。どちらに転んでも君にデメリットはないだろう?緋賀として了承していたら最悪戦争になるが、個人なら何も起こらない」
「わかってる。俺にとっちゃ一条が失敗しても現状は変わらず、成功すれば愚息が必要なくなるってだけだ」
「それだけじゃないくせに....本当に悪ガキだ」
譲斎の声を聞き流す。永将はワイングラスを揺らし、同様に揺蕩う赤い液体を眺める。
そして何を思ったのか、永将はワイングラスを傾け床にワインを垂らし始めた。広がっていく赤い液体は、真奈斗の最後を永将に思い出させる。
『最後に一つお聞きしてもいいですか?』
『どうしてヒナちゃんを愚息と呼ぶのです?話を聞けば、僕と出会う前からヒナちゃんのことを愚息呼びしていたそうじゃないですか』
くだらない質問。永将は質問者の顔を真正面から捉えた。
その顔は愚息と同じであった。
─────死人に心奪われた愚か者に愚かと言って何が悪い
答えを聞いたアレは一瞬惚けたように固まり、そして苦しそうに顔を歪めた。
「......ふ、ははっ、わははははは!」
「どうしたのかね急に」
「いや、なに....酒が美味いと思っただけだ」
「正気か?」
先程とはうってかわり永将の機嫌は良くなっていた。酒が美味いなど、永将が絶対に言わないセリフを吐くほどの機嫌の上がりよう。譲斎が目を白黒させるのも仕方ない。
正気を疑うような目を向けられながらも、永将は酒をあおり続ける。
「アレの苦しむ姿を肴に酒を飲むなら幾らでも飲めるな.....今度その席を用意させるか?」
燈弥の知らないところで恐ろしい計画が打ちだされた。
《side end》
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