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月の下で貴方とワルツを②
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しおりを挟む永利は気づけば暗い空間にポツリ立っていた。
辺りは闇に包まれているが、前方に白い線のようなものが見る。
なんとなしに白い何かに近づいて行く。
────ピチャピチャ
歩く度に水の跳ねるような音と、冷たい感触が足の裏に伝う。足の平を確認してみるが黒い水のようなものがポタポタ落ちた。害はないと判断した永利は足を進める。
段々と白い何かに近づく。そこで永利は気づく。この白い何かは『道』なのだと。伸びるように先の見えない白き道。
永利は白き道に乗っかった。
この道を進むとどこに辿り着くのだろうか?
ここは寒い。早く暖かい所に行きたい。永利はぼーっとした頭でそう思った。
─────ピチャピチャ
ふと足を止める。
なぜ、まだ濡れた感触がするのだろうか?不思議に思いながら足元に目をやる。
じわじわと赤が滲んでいた。足を縁どるかのように赤い液体が白い道に......。足を上げる。すると白い道にくっきり赤い小さな足跡が残った。
歩いてきた道を振り返ると、赤い足跡がくっきり続いている。
赤、赤、赤.....赤い足跡
額から垂れ流れる赤
口から吐き出される赤
サビ臭い赤
苦い赤
目に染みる赤
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ.....ぐぅ!」
心臓を抑える。胸が痛い。息が上手く吸えない。
その時、引っ張られるような感覚がした。
一瞬身体が宙に浮く。白い道から離れ、暗い道の上にコケる.....そう思った。
─────ザプン.....!!
身体を打ち付けたのは決して道などという硬い感触ではなく、包み込むような柔らかさ。
驚きに息を吐く。ゴポリ。何故か気泡が口から吐き出された。慌てて口を塞ぐ。
水?
冷たい。
「っ、がぼ!?」
手に何か当たった。何が当たったのか確認するよりも、永利は水中から出ることを選ぶ。口から手を外し水を掻く。
恐ろしい。視界は一面真っ黒で、掻いても掻いても水面にたどり着けない。
怖い。怖い。
「!?!?がっ」
誰かに足を掴まれた。
沈む。沈んでいく。
苦しさに閉じていた目を足元に向けると、さっきまで闇一色だった色彩は赤にへと変わり、自身の足を掴む誰かをハッキリこの目で捉えた。
死人だ。
見覚えはない。だが、怨恨に染まった顔はきっと永利が見て見ぬふりした誰かだ。
気づけば多くの死人に囲まれていた。
怨恨、憤怒、諦観、悲哀....
誰もが永利を見ている。
血に沈む。苦しい。苦しい。
誰か─────!!
「うわぁぁぁぁああああああ!!」
「う''ぼぁ!?!?」
後頭部に何か当たったような感触に顔を上げる。
「真奈斗....?」
「~~っ!お前ぇ.....顎砕けるかと思ったじゃねぇか!!いってぇ.....」
真奈斗に抱き締められ転がっている状況に目を白黒させる。永利はいつ自分が屋敷に帰ってきたのか覚えていなかった。
「なんで?なんで俺はここに....」
「帰ってくるのが遅いから迎えに行ったんだよ、俺が。そしたらお前、仕事場で寝てやがるしよぉ」
「寝てた?俺が?」
寝ていたのだろうか?
.....そうかもしれない。だって、恐ろしい夢を見た気がするから。
でも、永利は彼岸の間の出来事を忘れた訳では無い。昨夜のことを思い出しすぐに顔を暗くした永利。そんな永利に真奈斗は声をかけず、ただ頭を撫でた。
労わるような、慈しむような、優しい手つき。
胸がギュッとした。永利の瞳から大きな涙がポロポロ溢れた。でも永利は嗚咽を堪え、涙を隠すように真奈斗の胸元に顔を埋めた。
「......永利.....ちょっと休憩しよう。仕事も緋賀も全部忘れて俺と2人でどっか遊びに行こう。これからどうするか一緒に考えていこう」
「う''んっ」
「全部、全部俺に任せろ。もうお前を泣かせない。....何があってもずっとそばに居る」
苦しいほどの抱擁。頭上からは決意したような力強い言葉が降ってくる。
安心した永利は再びウトウト船を漕ぐ。
「眠たいとこ悪いが起きる時間だ。もう昼だぞ」
真奈斗に叩き起こされた。
「風呂入ってメシだ。んで、最後の仕事があるらしいからソレをやってこの家出る。いいな?」
「うん....」
永将に会うのが怖いなと思いながら、永利は風呂場へ向かった。
「よぉ、おはよーさん。よく眠れたか?」
「お、おはよう」
永将の顔が直視できない。下を向きながら席に着いた。
カチャ、カチャ.....しばらくは静かな部屋に食器の音だけが鳴る。
「.....それで?永利にやらせたい案件ってなんだよ」
口元をナプキンで拭いながら真奈斗は口を開いた。
「それは後でな。永利~、なんで昨日は帰ってこなかったんだ?お前専属の運転手は危うく車で一夜を過ごすことになりそうだったんだぞ」
「テメェがあの彼岸の間に鍵をかけて永利を閉じ込めたからだろ!?何言ってんだ!!」
「はぁ?鍵はかけて当たり前だろ。相手は凶悪な犯罪者だ。もし悪人達に執行人が制圧されて逃げられたらどうする。異能を封じ込めているとはいえ、無力な野郎じゃないんだ。警戒はするべきだろ」
「じゃあどうやって出るんだよあそこから」
「蹴破るか異能でぶっ壊す」
「.....効率悪いな」
「俺や永利の場合の話な。普通の執行人なら3人体制だからそこまでしねぇ。まぁもし俺がやられるようなら鍵なんて意味ないがな」
思い返せば確かに永将はいつもドアを蹴破っていたような気がする。行儀が悪いなと思っていたソレはちゃんと理由があったのだ。
永利は『じゃあ気づかなかった俺が悪い』と反省し落ち込む。
その様子に気づいた真奈斗は舌打ちをした。
「口で言わないこいつが悪い。永利気にすんな。....さてこの話は終わりだ。さっさと仕事の話しろよ」
「わっはっは!まるで早く出て行きたいと言わんばかりの焦りようだな」
「当たり前だろ」
「俺はそこまで嫌われるようなことしたかねぇ」
「自覚はなくていい。もう俺と永利の生活に口出しせず、ただ金を入れてくれるだけでいい」
「お前、結構むちゃくちゃな事言ってんのわかってるか?」
「うっさい屑」
かつてないほど険悪な態度をとる真奈斗に永利はオロオロ目を泳がす。
そんな時、ドアを叩くノック音が響いた。
「.....来たか。入れ」
永将の言葉で入室したのは見慣れぬ壮年の男。執事服を纏った彼は優雅に一礼をし、永将の側へよった。
「――です」
「そうか....残念だ」
耳元で何かを囁いた執事服の男はそのまま永将の背後に侍る。何かあったのだろうかと首を傾げる永利に、話を中断され苛立つ真奈斗。
一身に視線を集める永将はため息をつくと、その口から爆弾を落とした。
「真奈斗....お前を内乱罪で裁かなければならない」
「はぁ!?急になんだよ!?内乱罪!?!?」
「式摩、制圧」
「御意」
式摩と呼ばれた執事がテーブルに乗り上げ真奈斗に飛びかかった。式摩の動きは速かった。食器が音を立て床に落ちるのと、真奈斗が椅子ごと倒れるのはほぼ同時だった。
「真奈斗!?っ、永将どうして!!?」
「式摩」
「こちらです」
真奈斗のポケットからスマホを取りだした式摩は無理やりロックを解除させると永将に手渡した。
「あ~ぁ~.....こんなものを写真で撮って....自分は国を裏切りますって言ってるようなもんだろ。真奈斗、俺は言ったよな?執務室に入るなって。いくらお前でも裁かにゃならん機密事項があるって....あれほど言ったのになァ?」
「何が裏切りだ!テメェの方が国を裏切ってんじゃねぇか!この殺人鬼!!」
「俺のお陰で平和が保たれてんだ。それを壊そうとするお前の方が裏切り者だろ。...それに殺人鬼?ふっ、大いに結構。俺は自分を正義の味方だと言った覚えは1度もねぇからな」
「このっ....!!」
「まっ、待て永将!」
いきなりの展開に置いてけぼりを食らい呆然としていた永利は、このままでは真奈斗が危ないという予感を肌で感じとり待ったをかける。
「な、内乱罪にはならないだろ....?真奈斗はまだ行動を起こしてない....はずだ。何を撮ったのか知らないが、それだけで永将が裁くのは違う.......と思う」
目を泳がしながら反論。
だが永利の言い分に永将は鼻で笑った。
「確かにそうだな。内乱罪とは国の統治機関を破壊し、国の転覆を目的とした暴動を起こすことだ。確かに真奈斗の行為はそこまで過激ではない。しかし、これはそれに値する罪だと俺は判断する」
これと言いスマホを永利に投げ渡す。画面に写っていたのは契約書。永将と『比良山』の印が押されたものだ。内容を詳しく読もうとして、しかしすぐにスマホを取り上げられる。
「これが外に出れば緋賀はこの地位を追われ一生豚箱の中だな」
「そんな大事なもんを目のつく場所に置いとく馬鹿がどこに────まさか、」
執務室のデスクの上。整理された書類。その中で乱雑に、目につくように置かれた明らかに重要そうな書類。
「テメェェェェ!!!嵌めやがったな!?」
「俺の忠告を無視して執務室に通い続けた結果がこれだ。その猪突猛進さが裏目に出たな、イノシシ君よ」
「っ、どこまで仕組んでんだよ....!!」
「さて、永利」
名前を呼ばれ、再度話に置いてかれ気味だった永利は肩をびくつかせる。
「ここに来い」
うつ伏せで式摩に制圧された真奈斗の前を指さされた。永利は今から何が起こるのか、今までの経験からうっすら理解し始める。そのため拒絶の意を示すように椅子から離れなかった。
「ったく、しょうがねぇな」
「嫌だ!!俺はっ、絶対に嫌だ!!」
「何をするつもりだ永将!!」
引きずり下ろされるように腕を引っ張られ、抵抗虚しく無理矢理真奈斗の眼前へ連れてこられた。
「さぁ、永利。最後の仕事だ。裁け」
そして残酷な命令が下される。
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