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月の下で貴方とワルツを②
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しおりを挟む真奈斗は動画を処分すると、ふらり自室を抜け出す。向かう先は永将の執務室。
今の時間は深夜を既に回っている。屋敷に灯る明かりは落とされ、全てが静寂に包まれていた。
いつものように....
好奇心で執務室に忍び込むいつものように普通を振る舞う。急がず、焦らず、こっそりと。
決して悟られてはいけない。
今の真奈斗はいつもの好奇心で動いておらず、永将への疑念で動いているということを。
(ああクソ!こういう時使用人の姿が見えないのは辛いな.....)
普段なら気にならない使用人に意識が向く。彼らは永将の手足。永将は呆れたように「『また』入ったのか」と言うが、真奈斗が普段から執務室に出入りしていることは使用人から聞いていることだろう。
そのため自身の行動が普段と違うことを使用人に悟られるのはマズイ。少しでも様子が違うと永将に伝われば....家を出ることが危うくなるかもしれない。
そんな不安を抱きながらも、真奈斗はいつものように執務室に忍び込んだ。
部屋に入ると一息つく。さすがの使用人も永将のプライベートは覗かないだろう。
月明かりに照らされた部屋奥にある大きなデスク。スマホの明かりをつけて光源を増やし、早速目当てのものを探す。
真奈斗が探しているのは緋賀の闇。
海山の話はまるで信じられないようなものだが、アレを嘘と決めつけ捨て置くほど真奈斗は盲目ではなかった。あの語りよう、気迫、緊張感、切実さ....画面越しに伝わるものが確かにあった。
「.....俺は見たものしか信じねぇ」
確証が欲しい。信じるかどうかはやはり、それしかないのだ。家を出ていくと言ったが、それは永将への不満のせいであって、不信から来るものではない。しかし、海山の話が本当なら不満ではなく不信で家を出ることになるが.....
そんな未来は来ないで欲しいと願いながらも、真奈斗はデスクの上を慎重に探す。
デスク上には少なくない書類が重なっていた。
その中にひとつ、丁寧に蝋封までされたA5サイズの茶封筒がポンと乱雑に置かれているのが目に付く。整理されたデスク上の投げ置かれたような封筒に真奈斗の手は自然と伸びる。
『契約更新』
題にはそう書かれていた。
「契約?......子供....譲渡....黙認.....処、理.....」
・子供の誘拐を黙認すること
・その対価として金銭を払うこと
・使用した子供を処理すること
・これらの行いの隠蔽に手を貸すこと。
要約すればそう書いてあった。
嫌な汗が流れる。暴れる心臓をそのままに真奈斗は紙をめくった。
「これは.....カルテか?」
《処分リスト》
・萩野 鳴琉
無能力者
・赤羽 徹
異能者
・槙島 サダネ
無能力者
・富田 瑛太
無能力者
名前、歳、住所、身長、体重....これでもかというほど個人情報が書かれている。特記欄には『瞳の配置が素晴らしい』だの『薄い唇が好ましい』だの『指の形が美しい』だの、真奈斗には到底理解できないことばかりが記されていた。
「ヒラヤマ孤児院....。つまり、ヒラヤマ孤児院が子供の誘拐をしていて、永将は金を受け取りそれを黙認している。そして孤児院が ''使用'' した子供を永将が処分及び隠蔽していると?」
カルテを持つ手がワナワナと震える。真奈斗は思わず衝動的にカルテを破り捨ててしまいそうになった。
「.....永将は黒だ。海山 泰造、俺はお前を信じよう」
本当はこの茶封筒の中身だけで海山の話を信じるのは浅はかなのかもしれない。だが、真奈斗には時間がなかった。永将への信頼に疑念の影が落ちた今、永将にそれを感ずかれるのも時間の問題だと思ったからだ。
そうなれば永利が危ない。いや、海山の話を信じればもう既に手遅れの可能性がある。
「永利はまだ帰ってきてない.....クソっ!」
証拠となる永将と''比良山''のサインがなされた契約書とカルテ。それらを写真に収めると、真奈斗は何事もなく執務室を出た。
自然と早くなる足取り。真奈斗が次に向かったのは永将の寝室だった。
「おい!!!」
「......どうした?こんな真夜中に」
永将はいつもの装いに落ち着いた態度で真奈斗に返事をした。どうやら読書中だったようだ。
「永利を迎えに行く。車を出せ」
「明日でいいだろ」
「深夜回っても帰ってこないなんて可笑しいんだよ!!!ガキにどんな仕事をさせてるんだ!?」
「何だ急に.....前まではそんなことで怒らなかったじゃねぇか。何かあったのか?」
お前を信じられなくなった。
そんな言葉を飲み込んで真奈斗は頭をフル回転させ、言葉を取り繕う。
「明日任せる案件あるんだろ?それで緋賀の当主になるかどうか決めさせるんだろ?.....仕事場で丸一日拘束されて次の日も続けて仕事。それで子供がまともな判断を下せると思ってんのか?」
「.....一理あるな。わかった、迎えに行こう」
目の前に建つ白い建造物。
正義を象徴するかのように真っ白な建物は陽光がないだけで随分様子が変わる。月明かりと蛍光灯に照らされてはいるが、闇の中に浮かび上がるような有様は酷く不気味だった。
そう思うのは真奈斗の永将への不信のせいなのか....本人は判断できずいた。
「で?永利はどこだ」
「落ち着け。こっちだ」
永将の後を着いていく。
案内されたのは彼岸の間と書かれたドアの前。
────ガチャ
永将は『鍵を開けた』
「おい待て!なんで外から鍵が――っ永利!!」
部屋の中には膝を抱え座り込む永利が居た。下を向いてるせいで表情は見えない。真奈斗はすぐに駆け寄ろうとするが、同時に部屋の有様が目に入り歩みが止まる。
並べられた4つの椅子に座る男達。瞳に光はなく、弛緩した身体。見るからに死んでいた。
そしてその4人の中に、つい先程見た顔が入っていることに気づく。
真奈斗は唇を噛み締め永利を抱き抱えると、足早に彼岸の間を後にした。
車の中で揺られながら真奈斗は腕の中の永利に目を落とす。永将は彼岸の間のあと片付けとやらでそのままあそこに残っている。だからここには運転手と真奈斗、永利の3人しか居ない。
胸が痛む。
永利の虚ろな目は焦点が合っておらず、泣いたのか頬に涙の跡がくっきりついていた。
「永利.....」
真奈斗は永利をギュッと抱きしめ頬を寄せた。彼岸の間で何があったのか凡そ察しはつく。この様子からして海山は動画と同じ内容を話したのだろう。その上であの有様だということは.....
「永利....辛かったな、よく頑張ったな....お前は凄いよ。大丈夫、大丈夫だ。俺も居る。ずっとそばにいる....大丈夫....今後のことは一緒に考えていこう。だから、今は眠れ.....」
トン、トン、トン、トン.....
真奈斗は永利の背を一定のリズムで叩く。あやす様なそれに永利の虚ろな瞳は段々落ちていった。
真奈斗は思う。
永将への愛は確かに今もある。たとえ、永将がどうしようもない悪人で、死ぬべき人間だとしても。割り切るには一緒に過ごしてきた時間が長すぎた。でも、それでも....
「俺はお前と戦うぞ、永将」
今回の出来事は真奈斗が覚悟を決めるのに十分な【裏切り】だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『真奈斗さん、貴方も気をつけてください』
『.....実は永将さんのことで緋賀を調べていた時に、不思議に思う事とおかしな点がそれぞれあったんです』
『緋賀の子息は必ずαで産まれてくる。これはもう神様からそういう加護を受けているんじゃないかと思えるほど、不思議なことです。家系図を遡っても全員αなんですよ』
『そしておかしな点....』
『緋賀の母親となる人物は必ず死んでいるんです』
『これはおかしい。子息が全員αだというのを ''不思議'' で済ましたのは、いくら緋賀であっても産まれてくる赤子のバース性を操作できないからです』
『だが母親が全て死亡しているのはおかしい。生と違って死は操作できる.....だから真奈斗さん、気をつけてください。緋賀には貴方が想像もつかない闇がある』
『本来、緋賀の歪さはマスコミによって広まっていてもおかしくない程大きい。それが世に出ていないということは、同じ五大家の在鷹か、はたまた別のナニカの力が働いているのか.....とにかく気をつけてください』
『あぁ、願わくば私が裁かれる前に、この動画が貴方に届いているといいが.....』
クツクツと、
笑い声が彼岸の間に落ちる。
「あぁ...お前ならそうすると思っていたよ海山」
一人残った永将は嘲笑い、こと切れた海山の前でリプレイを繰り返すスマホ画面を見せつけた。
「動画ってのはいくらでも編集できるからいけねぇなぁ、おい。....まぁ、お前の奮闘に免じて話のすり替えはせず一部分だけ消去しただけに留めたが.....どの道結末は決まっている」
最後に海山の死に顔を一瞥すると永将は覚めた顔で彼岸の間を出た。ドアの傍で侍る執行人。永将の絶対的な手足。
そんな彼らに命令する。
「死体を片しとけ」
そして永将は愛する家族が待つ家にへと足を向けた。
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