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月の下で貴方とワルツを②

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「ひゅっ、っぁ、ふっ、っ!ひ...!~~っは」

「永利君!!深呼吸だ!!息を大きく吸うんだ!」


フラつく。視界がブレる。
息を大きく吸い込もうにも気道を塞がれたように吸い込めない。

気づけば視界一面真っ白に染まっていた。


(ここはどこだ俺は何をしている?床?床に倒れているのか?)


固くひんやりとした感触が手のひらにある。
永利は倒れていた。白い床が目に映っている。この部屋の白さは気分が悪くなるほど目に痛いものだが、今はその単色の味気なさが助かる。あまりにも大きな情報を取り込んだ永利にとって、この白さは余計な情報を永利に与えないでくれる。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


息が、吸える。
少し心に余裕が出来た。

しかし、だからといって状況は変わらない。
永利は気づいてしまったのだから。


もし
もし、この資料が嘘だと言うなら今日殺した3人は無実の人だったのかもしれない。今まで目の前で殺されていたのは無実の人だったかもしれない。

つまり、永利が見てきた、やってきたことはただの殺人なのだ。


悪を裁く正義のヒーロー?
永利に正義はなかった。どちらかと言えば一方的に殺した永利は悪でさえある。


(俺は何をしているんだ???)


事切れた死体達を呆然と見やる。額から血を流した彼らはもう生き返ることは無い。

永利はどうすればいいのか分からなかった。

誰かに助けを求めようと、この部屋唯一の出入口へ向かう。その足取りは覚束ず、何度も転びそうになった。それでもなんとかたどり着く。


​────ガチャ


しかしドアは開かない。


(ドアが開かない、開かない開かない開かない開かない開かない......なんで???判断を間違えたかから?)


無実の人を殺したから?
それとも、
まだ裁くべき悪人が居るから?


......あぁ、そうだ。
まだ裁くべき悪人が居るからだ。


「嘘を...ついたなテメェ」


だって、永将は嘘をつかない。資料が間違ってるはずがない!あぁそうだ、だからコイツの話は何もかも嘘なんだ!!

永利は震える手で銃口を海山に向けた。


「俺が無実の人を殺した?嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!いつだって永将は正しい!だから間違ってない、嘘じゃない!!」


はやく、はやくはやくはやく!!
ここから出て永将に話を聞かなければ。永利は間違っていないんだと、海山は嘘つきだと....証明してもらわなければ。

だから一刻もはやくここから出る。そのためにも悪人を....


「待ちなさい!!!これ以上自分に嘘をついてはいけない!!私には分かる。君は優しい子だ。無理して永将さんのようになるべきでは無い!!君は彼にはなれない!なるべきでは無い!『自分』を見失わないでくれ.....!」

「黙れ!黙れっ、黙れーーー!!!俺はもう緋賀なんだっ!緋賀の男だ....!永将の跡を継ぐんだ!今更​────」

「.....あぁそうだね。今更後に引けないだろう!なぜなら今!君がその引き金を引かなければ過去に裁かれた人達は無実なのだと認めることになる」

「っ、」

「わかる、わかるよ。君は引き金を引くという選択しかない。人生経験の少ない君に罪の全てを受け入れる度量はまだ備わっていないから仕方の無いことだ。悪いのは君じゃない」


哀れみの目で見つめられる。こちらを見つめる海山の瞳は涙ぐんですらいた。

そこで『あぁ』と、気づく。

『海山 泰造は殺してない』

資料に書かれた罪状は決して嘘ではないのかもしれない。でも、全てが真実でもないような気がした。自身が殺されるかもしれないというのに「悪いのは君じゃない」と言う悪人は居ない。

それでも​永利は────


「.....いいだろう、この命君にくれよう。だが約束してくれ。この部屋を出たら必ず永将さんと本音で話し合うんだ。流されず、ちゃんと自分の意思を伝えるんだ。――心配しなくても君ならきっと、素晴らしい緋賀の当主になれる。だからどうか、ちゃんと真実と向き合ってくれ」



​────パンッ







静かな部屋。荒い息が一つ耳に届く。
永利は死体に背を向けドアへと向かった。これで、これでやっと永将に会えると、安堵すらした。


​─────ガチャ、ガチャガチャガチャガチャ!


しかしドアは開かなかった。


「おい!!開けろ!!悪人は全員裁いた!!」


ドアの横で待機しているであろう執行人に声をかける。されどドアは沈黙を続けた。


「なんでっ!開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろーーっ!!!!」


硬いドアを何度も叩く。でも返事はいつまでたっても返って来ない。
生者より死者の数が多い部屋。そんな部屋にポツリ永利は独り佇む。


「おぉ俺は間違ってない。間違ってない....なのになんで開かない、開かないんだよぉ.....」


悪人は全員裁いたのに。
全員、
全員??


「.....違う。まだ、俺がいる」


自身が残っている。だから開かない?
震える手で銃口をコメカミに当てる。自身が死ねばドアは開くのではないだろうか?


「俺が悪....俺が死ねば悪人は全員裁かれたことになる」


つまりそれは、永将の、自身の罪を認めるということ。間違っていたと認めることになる。

永利はぼんやりと海山の死体を眺める。




(もう、疲れた。考えるのが辛い)




そして永利は引き金を引いた。




​─────カチッ



弾は出なかった。



「~ぐぅっ、うぁあああ.....ひっぅ、ながまさっ、ながまさぁ.....」


弾なんて出るはずがない。なぜなら、永利は死ぬ気概など持ち合わせていないのだから。

泣き崩れドアに縋る永利。
もう永利の心はボロボロだ。

目指した父はただの人殺しかもしれなくて、もしそうだとしたら自分はその片棒を担いだ犯罪者。

正義を謳い悪人を裁いていたはずが、いつの間にか自身が悪へと堕ちているなんて直視できず。

そして唯一永利の過ちを指摘し、止めようとした男を....自身が悪だと認めたくない一心で撃ち殺した。

それでもドアは開かず、自暴自棄に陥るも永利に死ぬ気概はなく。惨めにも、みっともなく縋りついている。

永将の仮面は剥がれ落ち、ただ幼子のように泣くことしかできない。



「うわ''ぁぁぁぁぁああ''ぁ''.....っな、ながまさぁ!ながまさぁぁぁああ!」


わんわんと泣き喚く。


​────プツリ


しかし突然、糸が切れたかのように地面に座り込んだ。


「......」



永利の赤い瞳は何も写していなかった。














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