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月の下で貴方とワルツを②

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(グロです)







「永利」


聞こえた声にハッとする。
焦ったように時計を見ると20:00をさしていた。随分長い間昔の記憶に浸っていたようだ。まだ頭がボンヤリしている。

本当はもうベッドに入る時間なのだが、やるべき事があるため眠るのは許されない。

しょぼしょぼした目を擦りながら自室から出る。すると案の定、永将が待っていた。


「はっ、眠いってか。だろうな、なんせお前はまだガキだ。.....今日は早く終わらせんぞ」





本日2度目のサイコロ(永将の職場)へ。
着替えて糸杉の間に足を踏み入れる。この部屋に入るのは何回目だろうか?他の部屋と同様、全てが白い空間。だが他の部屋と違って、部屋中央の床に排水口があり、その付近は赤みがかった汚れが所々こびり付いていた。

真っ白な床に一体の遺体。そしてその傍らにはひと1人が入りそうな大釜が設置されている。


「さて、何時間かかるやら....」


永将の面白がるような呟きに返事を返さず、肉断包丁を片手にトコトコ遺体の側へ歩む。今の永利は汚れてもいいように作業着を纏い、防臭マスクで顔を覆っていた。
今から行う作業は生身でやるのは少々キツい。


永利は美城印の肉断包丁を起動させる。


​───ギャリリリリッ

刃の回転音。包丁とは名ばかり。さながらチェーンソーのようだ。
扱い方はもう知っている。回転する刃を肉に当てるだけ。
血飛沫が飛んだ。
刃が骨に当たった感触が伝わった。


断つ


​───ギャリリリリッ

​───ギャリリリリッ

​───ギャリリリリッ


断つ断つ断つ断つ
肉も、骨も、臓腑も。全て全て断ち、大釜に放り投げていく。


「っう''ぇ''....ッ!!」


吐き気に嘔吐いた。短時間なら耐えれるようになってきたが、この作業は未だ慣れない。

死体すら忌避感があるのに、その肉を断てと言われた時は目を疑ったものだ。それでも永将のようにと心を奮わせ、包丁片手に奮闘したが....

結果は肉を切る感触に嘔吐し、そのまま気絶。
その日は部屋に放置された。

永将は全てを終わらせるまで決して永利を糸杉の間から出さなかった。

最初は本当に地獄だった。防臭マスクなんてものは用意されておらず、常に錆臭さと言葉にできない異臭を嗅ぎ続けなければならなかった。嘔吐の原因は8割これである。



防臭マスクをしている今もなお、吐き気を催すのは臭いのせいだ。防臭マスクをしているため、本来臭うはずはない。だが、永利の鼻はあの臭いを嗅ぎとる。初日に嗅いだ血腥い異臭。鼻にこびりついてとれない.....いわゆる幻臭だ。


「今日は下拵したごしらえが速かったな。これなら日を跨いだ頃に帰れそうだ」


永将の言葉に返す余裕はない。
全てを大釜に入れた永利は美城家特製の処理液を大釜に注いでいく。この処理液は全てとはいかないが大体を溶かしてくれる優れもの....らしい。永利はよく知らない。

溶かしている間に汚れた床を掃除していく。
そんな時、ふと思った。


「.....どうして、俺はこんな事をしているんだ?」


なぜ死体処理をしている?
なぜ火葬ではなく、隠蔽するように処理している?

今更な疑問。
永将は永利の疑問にクツクツ笑い、答えた。


「そりゃソイツが、火葬出来ないほどの悪人だからだよ。国家転覆....国民に知れ渡れば混乱は免れない程の事をやらかした。だからこっそり処理するんだ。罪も存在も全て無かったことにする」


なるほどと納得しながら止めていた手を再開する。


(悪い奴なら仕方ない。......いつだって永将の言うことは正しいのだから)


永利にとって永将は絶対の存在である。
テロ事件で失態を犯したその後も永将に何かと連れ回され、色んな現場を経験した。そこでやはり思うのは、永将のやり方が一番犠牲者を出さない最善手だということ。

100を救うために1を切り捨て、貴賎も関係なく裁き・救う。


(だんだん永将のやり方が分かってきた)


容赦はしない。慈悲もかけない。だから犯罪者達は緋賀の姿を見ただけで投降する。圧倒的恐怖が抑止力になっているのだ。

なら永利もそう振る舞えばいい。そうしたらきっと立派な緋賀の当主になれる。


「ふぅ.....永将終わった」

「ん、早かったな。....これならもう次へ行けるな」

「次?」


処理の大部分を終わらせたことを報告すると『次』という単語が永将の口から出てきた。不思議そうにしていると頭をグチャグチャに撫でられ、頭上から愉快そうな笑い声が落ちてくる。


「さぁ男を見せる時だ。明日はテメェ1人で裁決しろ」

「!?」

「死体を捌けるようになったんだ....生きた人間もそう変わりゃしねぇよ。息をしてるかしていないかの違いだ」


つまり、そう。
永将は明日人を殺せと永利に言っている。

咄嗟に『無理だ』と言いそうになった。でも、無理だなんて言葉は永将なら言わない。


「​......わ、かった。やる」

「よく言った。....わっはっは!なんて顔してやがる!別に必ず殺せと言ってるわけじゃねぇよ。殺すべき人間だと思ったら迷うなと言ってるんだ」


必ず殺せと言われてる訳ではないことにホッとする。だが直ぐに内心首を振った。
なぜなら​───

(永将なら安心しない。永将なら喜んで引き金を引く)


永利の中にある永将の虚像は、着実と永利を侵食していた。












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