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月の下で貴方とワルツを②

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2日目
1週間
2ヶ月

永利が永将の仕事場に連れていかれて、2ヶ月経った。その2ヶ月で永利の顔付きは随分変わったように思える。

真奈斗は向かいに座り、フォークで野菜を突き刺す息子に悲しげな目を向けた。
本当に永利は変わってしまった。

前まではヒーローごっこを欠かさずやっていたのに、今では見向きもしない。それに、寝れていないのか目の下に酷いクマをこさえ、顔色も悪い。
そんな顔で家を出ていくものだから、いつも真奈斗は問いかけてしまう。「大丈夫か?」と。

そして今日も、


「なぁ、永利....大丈夫か?」

「なにが」


自身の席には肉料理が並べられているのに、向かいには質素な野菜料理しか並べられていない。永利は肉を食べない。食べれなくなっていた。それはここ最近のことである。


「今ここに永将は居ない。本音を言え。....辞めたいんだろ?」

「辞めたくない!!」

「だって、お前.....酷い顔してるぜ?どう考えてもこれ以上無理だろ」

「無理じゃ、ない」


今にも泣きだしそうな永利の「無理じゃない」発言に真奈斗は顔を顰める。


「....永将に何を教わってんだ?なんにも話してくれないよなお前」

「永将が言うなって」

「こっそり教えるだけでいい。話したかどうかなんてアイツには分からねぇよ」

「言わない。約束したから....」

「んはぁ~.....そういうとこ永将にそっくりだよなぁ」

「ふん!俺様は永将のような男になるからな!似て当たり前だ」

「マジやめてくれ。永将みたいな奴が家に2人とかホント勘弁だ。......あとずっと気になってたけど、俺様言うのやめろよ」

「なんで?強そうだろ」

「俺様って悪役が使うイメージあるんだよなぁ。可愛いお前は僕って使うのがいいんじゃね?」

「そうか俺様は悪者っぽいのか....」

「んで、可愛い永利は今日何してきたんですか~??」

「今日は​───はっ!?い、言わねぇ!!」

「ちっ....」


食べ終わると、そそくさと自室に戻った永利。
最後まで真奈斗の視線は痛かったが、たとえ肉親でも仕事内容は漏らせない。


ここ最近で多くの事を経験した。

テロ事件。
いきなり外に連れ出され、高層ビルの一室に放り込まれたと思ったら、次の瞬間テロが発生。訳も分からないまま男達に拘束された。
きっと永将は事前にテロが起こることを予見し、永利を放り込んだのだろう。これを解決しろと。

しかし、今の永利にそこまでの対応力はなかった。


『1人だけ助けてやる』


覆面を被り、片手に銃を持った男はそう言った。

部屋中央に集められた永利を含めた人質達は戸惑う。人質は多いに越したことないはずなのに、それを1人まで減らすなんて。

​─────バラララッ!

銃声と悲鳴。
男は突然乱射した。地に伏し動かなくなった者が数人....それを見た人質達は我先にへと男に縋り、怯え続けるものは真っ先に撃ち殺された。

何もしない永利にもついに銃口が向けられる。


(死ぬ?俺様が死ぬ??なんで、俺様は何もしていない!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ。なんで俺様が.....!)


身体は固まったように動かない。あぁ死ぬ。死ぬ。目の前で死んでいった罪人達のように、額から血を流して死ぬんだ。


「誰か、誰か助け――!」

「0点だ馬鹿野郎」


銃声が6発。
同時に目の前に影がさす。
見上げると、滲む視界のなか見覚えのある装いの男が永利を見下ろしていた。


「泣くな。泣くというのは弱みを見せることだ。緋賀の男が他人に弱みを見せんじゃねぇ。泣くなら誰も居ないところで泣け、喚け」

「ながまさ.....」

「もうすぐ警察が突入してくる。俺らの役割は終わりだ。行くぞ」


テロリスト達は死んでいた。皆が額に穴を開け血を垂れ流している。
結局永利は何も出来ず、永将が全て解決した。


「採点はさっき言った通り0点だ。判断も動きも遅い、諦めも早い、観察力もないときた。テロリスト達が持つ銃を見て1発でそいつらが異能者じゃないと分かるはずだ、お前なら。あのテロリスト達は無能力者。ならテメェが負ける道理はねぇ。なんで異能を使わなかった?」

「なんで、なんで....??だって、どうやって」

「答え、ビビったからだ。.....躊躇ったな?人を傷つけることを」

「っ」

「命を奪うまでいかなくとも、無力化は出来ると思って任せたが.....はっ、それすら出来ないか」

「う''ぅっ、う」

「泣くな!!!」


苛立ったように怒鳴られ溢れそうだった涙が引っ込む。しかしそれでも苛立ちが収まらないのか、永将は永利の胸ぐらを掴み顔を近づけた。


「テメェが躊躇ったせいで何人死んだ?あ''ぁ''?今日死んだヤツらはテメェが殺したと思え!」

「じゃあっ!!じゃあどうすればっ、ひっく、どうすれば良かったの!?撃たなきゃいけないと思ったっ、でも体は動かなかった!もう分からない、分からない分からない分からない分からないぃぃ!」


えぐえぐと涙を流す。本当は分かっていた。
自分が躊躇ったせいで救える人を見殺しにしたこと。自分には人を傷つける勇気がないこと。自分は拘束された人質と一緒で、決して特別では無いこと。

正義のヒーローならあの時、撃っていた。
永将なら躊躇いもなく撃ち、人質なんて取らせる間もなく制圧していた。

自分は決して特別な人間ではない。撃てなかったのがなによりの証拠。『的』を思い出し、躊躇ったのがなによりの証拠。


「俺さま....無理だ。永将みたいに出来ない....」


幼い永利を形成していたのは永将への憧れだ。
だから我武者羅にその背を追いかけ、追いつこうとした。....でも、もう無理だった。永利は分かってしまった。
憧れに手が届かないことに。

人の命を奪う恐怖。
引き金を引く勇気。
自分は決して特別では無いという失望。


何より素質がなかった。ただそれだけの事。


「......ぅう」


永利をかたどっていたものが瓦解していく。
しかし​────


「やだよ....俺、永将みたいに.....緋賀に....なんで、俺はできないの.....」


頭では理解している。自分は緋賀の後継者足り得ないと。しかし、幼い永利はそれを受け入れ昇華出来るほど大人ではなかった。
子供の癇癪と言うには諦観が強く、されど子供らしい『諦めの悪さ』。


そんな息子を前に永将は掴んでいた胸ぐらから手を離すと、今度は肩に手を置き優しい笑みを浮かべた。真奈斗が居れば、全力で永利を抱え逃げるような、永将らしからぬ優しい笑みだった。


「最後に聞く。お前はまだ緋賀を、俺を目指したいか?」

「う''んっ」

「なら真似ろ」

「?」

「ここ数日誰の背を見ていた?誰の近くで何を見ていた?」


赤い瞳が永利を覗き込む。その瞳に少しばかり気圧されるが、永将の言わんとすることを理解した永利は恐る恐る口を開いた。


「永将の真似をすればいいの....?」

「ああ。緋賀 永将ならどう動くのか、何を言うのか。永利は考えなくていい。何も感じなくていい。俺ならどうするか...それだけを考えろ」

「永将ならどうするか....」

「俺は1回の失敗で泣くか?」

「っ、泣かない!」

「たった1回の挫折で諦めるのか?」

「諦めない」

「ふっ、分かってんじゃねぇか」


涙は引っ込み、落ち込んだ気持ちが浮上し始めていた。まだ、まだ自分にはチャンスがあるのだと永利は希望を見た。


「....だが、一つ。俺を演じる上での注意点だァ」


頭を掴まれ強制的に上を向かされる。
永利を見下ろすのは優しい笑みではない。息も詰まるほどの冷たい眼差しと、嘲笑に歪められた表情だった。


「二度と他人に縋るな。緋賀は孤高でなければならない。誰かに救いを求めるなんざ論外だ」











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