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第十一章 月の下で貴方とワルツを①
《side 緋賀 永利》
しおりを挟む我慢出来るはずだった。
耐えられると思っていた。
参加者の前で言うべきことを言い、元の席に戻った。だが、そこには誰も居なかった。
星菜も美城も、燈弥も。
頭が真っ白になった。途端に息が出来なくなった。涙が溢れ出そうになった。
『他人に弱みを見せるな』
永将の教えが過ぎり、グッと唇を噛み締めそれらの感情を耐える。
まだ、大丈夫だ。燈弥を探せ。
────俺は燈弥を探してばっかだな
負の感情をねじ伏せ足を進める。
俺が正式にパーティの開催を宣言したため、優雅な演奏が鳴り響く。ゆったりしたそれは、今を急く俺にとっては酷く耳障りなもので、焦りが加速した。
なんでこんなことになった?
今頃、俺と燈弥はダンスホールで手を取り穏やかな、それでいて充実した時間を過ごすはずだったのに。
思いを馳せるようにダンスホールに目を向け......あるペアが目に入り足を止める。
俺が居るはずの場所にアイツが、神崎が居た。
俺が取るはずだった手を取り、アイツは口元に笑みを浮かべている。
唇がわななく。
ホールへと一歩踏み出した。
ダンスホールを横切るなど言語道断だ。
でも、それでも行かなければ...... 足取りが重く感じるが、吸い寄せられるように足は動いた。
燈弥、なぁ燈弥
本当はそんな奴の近くに居たくないんだろ?
怖いんだろ?
だから姿を隠して会わないようにしてたんだろ?
だから俺を選んだんだろ?
なぁ、なぁ、なぁっ!
じゃあ、なんでソイツを拒絶しないんだ!?
顔が隠れているため表情は分からない。だが、あの二人の間に穏やかな空気が流れているのはすぐ分かった。なぜなら俺が昔見た光景だからだ。
二人の世界。
俺が入れない二人だけの世界でアイツらは話している。昔からそうだった。弥斗が目を向けるのは神崎だけで、神崎だけに愛を注いでいた。
「ふざけんな」
燈弥、違うと言え。ソイツを拒絶しろ。
今はもう違うんだとはっきり言え。今は俺のそばに居るんだ。俺を選んだんだ。切り捨てた野郎に目を向けるな。
「.....ふっ」
燈弥が笑ったような気がした。
神崎が声を上げて笑い、それに対して燈弥も笑った。顔を少し下に向けて、堪えるように。
─────ぁ
気が狂いそうな感情の傍流に身体は勝手に動いていた。
「ど、ういうつもりだ緋賀ぁぁぁぁ!!」
燈弥は神崎に寄り添いながら俺を見上げていた。
それはまるで、俺が悪役のようで.....
そりゃそうか、楽しそうに踊っていたペアの片方を急に殴ったんだからな。第三者から見ても明らかに俺が悪だ。
そうだ.....俺は、俺様は悪役だ。
決して正義の側に立てない。それはもうとっくの昔に分かっていたことじゃねぇか。
燈弥に目を向ける。
感情はうかがえない。だがきっと失望しているはずだ。神崎が俺を突き飛ばした時、弥斗は信じられないほど冷たい目で神崎を見ていたから。
今はその目を俺に向けていることだろう。
――燈弥に失望された。見捨てられた。
ああ、なら.....もう全てがどうでもいいな。
涙が頬を伝う。
それを拭うことすら億劫だ。
きっと俺は永将に処分される。いや、これほどの醜態を晒したんだ、もしかしたら処分すら生ぬるい役割を課せられるかもしれない。
でもまぁ、いいか。
俺はこいつさえ、コイツさえこの手で殺せれば、後のことはどうなろうと構わない。
「はっ、都合が悪くなると同情を誘う態度をとるところは昔から変わってねぇなぁ、お前」
「黙れ。テメェだけは殺す」
「あっはっは!!そんで旗色が悪くなると弥斗に泣きつくんだろ!?」
耳障りな笑い声に頭が煮え滾る。
殺意に塗れた思考は抑制が効かず、俺は感情のまま神崎に飛びかかり拳を振るった。
だが奴は大人しくやられるタマではない。俺の拳を防ぎそのまま逸らすと、腕を掴み背負い投げをしてきた。
大理石の上に叩きつけられ息が一瞬止まる。咄嗟に受身をとったが、叩きつけられた先はマットじゃない。鈍い痛みが背を通して広がる。
そんな俺のザマを嘲笑うように見下ろす神崎。その隙だらけの腹に蹴りをぶちかます。
再起不能と思ったのだろう。確かに並のやつなら今の一撃でダウンしていた。
......舐めるな。こっちは永将のシゴキを受けてんだ。これくらいでくたばるかよ。
「あ''ー.....効いたわ。弱虫にしては頑張るじゃねぇの」
「テメェこそタフだな。異能に頼ってばかりの軟弱野郎じゃないってか?」
「はっ、ははは――」
「くっ、ははは――」
「「殺す」」
死ね、死ね。
テメェが存在する限り俺は永遠に苦しみ続ける。
だから死ね。疾く死ね。潔く死ね。凄惨に死ね。
たとえ俺がこの先死ぬとしても、お前だけは道連れにしてやる。テメェにだけは燈弥は渡さない。
拳を交す
蹴りの応酬
頭突き
打、投、極
息が荒くなる。
顔を殴られ口の中に血の味が広がった。
腹に一発もらい痛みに唸る。
お返しに奴の脇腹に一発見舞う。
更に顔面に食らわし血を流させる。
畳み掛けるように蹴りを――
─────ギュ.....
引っ張られる感覚に目を下に向けると、腹に腕が回っていた。
「........なんで、」
自身の震えた声が、どこか他人のものように聞こえた。
抱きついてきた主はゆっくり離れると俺の前に回り込み、手を差し出してきた。
意味が、分からない。
なんで、どうして。
お前は俺を見限ったはずだ。
なのに.....
まだ俺に手を伸ばしてくれるのか?
差し出された手を凝視する。
燈弥は待っている。
縋る思いで手を伸ばすが、視界端に永将が映り伸ばした手が宙で止まった。
この行為は明らかに緋賀に相応しくない。
....それを言ったら神崎にしたことも相応しくないが、これは度を越しているような気がした。
永将から目が離せない。
遠いため表情は分からないが、見定めるような目で俺を見ていると何故か確信できた。
どうする?
どうすればいい?
俺は、俺はまだ燈弥のそばに居たい
――なら手をとるべきではない
――永将のもとへ行き、この事態の解決を請うべきだ
頭は冷静にそう判断する。
この手を取れば、俺は.....一生燈弥に会えなくなるような気がした。
永将は弱さを他人の目に晒すのを許しはしない。それは緋賀から最も遠く離れた姿だから。
だから手を下ろせ。感情を理性でねじ伏せろ。
燈弥と一緒に居られる未来があるなら正しい判断をしろ!
~~クソっ、体が言うこと聞かねぇ!
「.....はぁ」
燈弥が小さくため息をついた。反射的に肩が揺れる。
動けないでいると燈弥は中途半端に止まった俺の手を鷲掴み、駆け出した。どこにそんなに力があるのか驚きながら、引っ張られるまま扉へと向かう。
途中、後ろが気になり振り向けば、
永将の姿も、パーティの参加者も消え失せていた。そこには美城と星菜に抑え込まれている神崎がただ喚いているだけ。
頭がぼんやりする。
俺はどこから夢を見ていた?
これは現実か?
俺はついに壊れたのか?
─────ギュ....
でも、暖かな熱が俺の手を握っている。
前を見れば、俺の手を引いて苦しみからすくい上げてくれる存在がいる。
『お前はっ、まったく、悪くない!!!』
感情が溢れる。
『永利は考えなくていい。何も感じなくていい』
『心配しなくても君ならきっと、素晴らしい緋賀の当主になれる』
『お前の愚かな選択で真奈斗はこうなっているんだぞ』
押しとどめていた過去が一気に押し寄せてくる。
「ふぅ、やっと部屋に戻ってこれた。大丈夫?ヒナちゃん」
顔を隠すベールを全て脱ぎ捨て、燈弥は俺に微笑みかけた。
その変わらない笑みに、塞ぐように喉につっかえていた痼が取れたような気がした。
だから、言ってしまった。
今まで必死に耐えてきた感情を。
今まで押し殺していた思いを。
そして、俺が決して言ってはいけない言葉を――
「燈弥、俺をっ.....助けてくれ.....」
もう、後には戻れない
《side end》
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