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第十一章 月の下で貴方とワルツを①
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しおりを挟む乱入者の仮装は、一言で言えば『ファントム』。
そう、オペラ座の怪人だ。
顔上部を隠す白い仮面。金の装飾がなされたワインレッドのウェストコートに、黒のタキシード。
長いマント。
......腹立つほど似合ってるなぁ。
「緋賀さん....何故ここに?」
永将さんの登場に美城先輩は眉を顰めた。もちろん僕もベールの下で眉を顰める。
だって、聞いてないよ。現当主が来るなんて。
ヒナちゃんからは子息同士と.....まぁ参加者には大人もいるけどね。
「俺の家だぞ。家主の俺が居てもおかしくねぇだろ。....あぁそうそう、お前の父親と譲斎のジジイも来てるぞ。普通のパーティなら来なかっただろうが、仮装パーティなら別だとよ」
「じい様が来ている!?っ、俺は用事を思い出したのでこれで失礼する!!」
「あのド変態め!ノコノコと家から出てきやがるとはいい度胸してんじゃねぇか!!どこだ弘道ーー!!今度こそ駆除してやる!!!」
えっ??
待って待って待って待って!!!
美城先輩ーーーーー!!!
追いすがろうと美城先輩に手を伸ばすが、遮るように人影が前に割り込んできた。
「はっ、エスコートをご所望ってか?――もちろんOKだ」
伸ばした手は黒い革手袋を纏う永将さんによって掴まれる。
はぁ!?
エスコートなんて頼んでないし、貴方のこと嫌いだからっ、離せーーー!!
だけど抵抗虚しくダンスホールに連れてかれた。この靴じゃ踏ん張れないから、もうどうしようもないよね(やけくそ)!!
『─────話は以上だ。パーティを楽しめ』
ヒナちゃんの口上がちょうど終わり、優雅な演奏が始まる。
嗚呼....タイミングが最悪すぎて泣きそうだ。
音楽に合わせて周りはそれぞれパートナーと手をとり、足を動かす。
既に手を握られていた僕はというと、さらに腰に手を添えられ、足を動かさざるを得なくなった。
「その靴でよく動けるな」
「.....何を企んでいるんですか?」
「喋っていいのかよ」
「口元は見えないですし、まぁ大丈夫でしょう」
密着してるし、演奏もあるし、ダンスで他人のこと気にしてる人も居ないだろうし。大丈夫大丈夫。
「で、何を企んでいるんです?」
「愚息を見極めようと思ってな」
仮面の奥で冷たい瞳が揺らめく。この人と話したのはたった数回だが、それでもこの緋賀永将という人物がどういう人なのか分かる。
この人はヒナちゃんのことを愚息と呼ぶ。
【愚息】
本来、愚息というのは人前で自身の息子をへりくだって呼ぶ表現だ。
だがよく考えてみれば、この人が他人にへりくだるなんて有り得ない事だと分かる。
だから、永将さんの言う『愚息』というのは文字通りの意味なのだろう。
彼は自身の息子を愚かだと言っている。
以前、愚息を愛していると言っていたが.....今となってはそれをどういう意味で言ったのか勘ぐってしまう。
だって、彼....目的のためなら平気で息子を切り捨てるだろうから。
「で、その計画は?」
だから警戒する。これ以上この人にヒナちゃんを壊させないように。
「もう仕込みは終わってる。後はタイミング次第だ」
「はぁ?」
「......ここだな」
ダンスホール中央から離れていく。解放されるのかと一瞬呆気にとられたが、視界に海賊の仮装をした''ある人物''が映り血の気が引いた。
まさかと思い足に力をいれるが、流れるようなリードに対して意味をなさず、段々と彼に近づいていく。
「交代だ。楽しめよ一条 燈弥」
耳元でクツクツと笑いを含んだ声で囁かれ、演奏の区切りのいいところで海賊の姿をした彼に手渡された。
「五大家が誰も踊らないんじゃ示しがつかんからな。頼むぞ」
「ちっ....今もうお前が踊ったろ」
「次世代のお前らじゃなきゃ意味ねぇんだよ」
チビちゃん....。
怠そうに僕の手を握ったチビちゃんはダンスホールへと足を進めた。振り向けば永将さんが面白そうに口端を釣り上げている。
やられた
こんな姿、ヒナちゃんに見られたら.....
「――お前、緋賀のパートナーだろ」
焦りに支配されていた僕はチビちゃんの言葉に弾かれたように顔を上げる。すると意地悪そうに笑うチビちゃんの顔がすぐ近くにあった。
心臓が跳ねる。
「だが緋賀が選んだにしてはお粗末な足運びだ」
いや、これでも練習したんだけど?
バクバクと暴れる鼓動を落ち着かせながら内心反論する。
「あ、今怒ったろ。なんかそんなオーラが出てた。....喋れないのに随分と分かりやすいな。弥斗と正反対だ」
!?!?
バレた?バレてる!?ちょっと待って?
やばい、手汗が.....!!なんでそこで弥斗が出てくるの!?
「弥斗はなァ、よく喋るがいっつもニコニコ笑って感情を隠してるんだよ。まぁ怒る時は怒るが....浮かべてたのは笑顔だったなぁ。笑みを浮かべながら他人をなじる姿は器用なもんだとその時は感心した」
これは、バレてない?
一応 ''何の話?'' オーラを出しておこうか。僕は弥斗なんて知りません。
「懐かしいなぁ。俺と変わらない歳なのに、大人っぽくて、だけど誰よりも子供っぽいところがあった。低学年の頃だったか?性格の悪い教師が居てよぉ、弥斗はそいつに目をつけられたんだ。キッカケは忘れた。でも、ことある事に弥斗を呼びつけてはテメェで出来ることをわざわざ任せ、連れ回してた」
あ~.....あったね、そんなこと。
原因はなんだろうね?僕の容姿かな?
とにかくウザイ人だった。粘着質な目を向けて、猫撫で声で僕の名を呼ぶ。鼻息も荒く、用もなく触れてきたりした。
頭に血が昇ったチビちゃんなんて子供らしからぬ殺気を放ちながらその教師を階段から突き落とそうとしたからね。......あの時は止めるのが大変だった。
その時チビちゃんを叱ったっけ?証拠の残る犯行はやっちゃダメって。
だって、人目があって1発で犯人がわかる現場だったから.....。
「その教師を殺してやろうかと思ったが、弥斗に証拠を残す犯行はダメだと諭さた。じゃあ何もしないのかっていうと.....違う。アイツは言った。それはもう晴れ晴れとした笑みで」
『殺すなんて生ぬるい。自身が変態だと自ら名乗り出るように仕向けよう。後悔で自死したくなるほどの苦痛を与えて』
......言ったねぇ、そんなこと。あの教師結婚してたから、その家族を使って色々やったわ。....言っておくけど誰も殺してないから。精神的に追い詰めて牢に自ら入るよう仕向けただけだから。今も家族は無事....だと思う。家庭崩壊はしてると思うけど。
「はははっ、あの時は楽しかった。弥斗も珍しく目をキラキラさせて家に石を投げつけていたからな」
無邪気に笑うチビちゃんの表情に釘付けになった。チビちゃんのこの笑み.....久しぶりに見た、本当に久しぶりに.....。
――哀愁に胸が軋む。
昔はチビちゃんと馬鹿をやって笑っていたのに。まだ、ここまで執着が酷くなかったのに。
.....ダメだ僕。ちょっと涙脆くなってるかも。
ベールを纏っているとはいえ、チビちゃんに気持ちを悟られるほど無意識に気を抜いていたなんて。
泣くな。気づかれる。
笑え、笑え、笑え
笑顔で隠せ。常に笑みを浮かべ、感情を悟らせるな。
「....他にもあるぜ。弥斗は案外――っがぁ....!」
チビちゃんが視界から消えた。
その代わり、拳を振り下ろしたヒナちゃんが映り込む。
なんでっ?
どうしてここにヒナちゃんが?
チビちゃんを殴ったの?
なんで?
なんで?
目は自然と倒れ込み動かないチビちゃんに吸い寄せられる。
「ぁ、チビちゃ....」
それは反射的にこぼれ落ちた言葉。頭は既視感に酔い、理性は機能しなくなる。
僕は、気づけばチビちゃんに駆け寄っていた。
気絶したのだろうか?
動かないチビちゃんの姿に焦る。咄嗟に手を伸ばすが、触れる前に呻きを上げながら彼は身体を起こした。
「ど、ういうつもりだ緋賀ぁぁぁぁ!!」
いつの間にか演奏が止み、しん...とした空間にチビちゃんの怒りに満ちた声が落ちる。
周りからの視線が突き刺さる。視線の的はチビちゃん、僕、そして――
「───っ」
息を飲む。
ヒナちゃん、ヒナちゃん
――彼は今にも泣き出しそうな顔で僕達を見ていた。
そこで気づく。自分の間違いに。
僕はチビちゃんに駆け寄ってはいけなかった。僕はヒナちゃんに寄り添わなければいけなかった。
僕は....優先するべきものを間違えたのだ。
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