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第十一章 月の下で貴方とワルツを①

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《side   緋賀 永利》







一条 燈弥との出会いは強烈な印象と奇妙な既視感を抱かせるものだった。





あれは確か、新入生交流会の数日後だったか?




風紀委員志望の1年生を迎えるために俺は職員室に向かっていた。
何故か?
そりゃグズ野郎を風紀顧問として1年に紹介するためだ。万が一のために頼れる相手は多いに越したことはない。まぁあのグズが頼れる大人なのかは甚だ疑問だが。

これから入ってくる部下にこういう気遣いをするのも長の務めだ。面倒だがやらなければならない。だからグズの尻を蹴飛ばしてでも風紀室へ連れて行くつもりだったのだが.....


結論を言おう。

奴は職員室にいなかった
どうやら職員室に帰っていないらしい。

時間を無駄にしたことにイライラしながら風紀室へ戻っていると、騒がしい声が前方から聞こえてきた。


『ぐえっ!ちょ、お前!教師に肘を食らわせる奴がどこにいんだよ!?』

『ここにいますが何か?それで、なんで兎君が?まぁ兎君が居るなら僕はいらないですね。案内お疲れ様でした。では僕はこれで.....』

『ちょい待て!!』


風紀室の前で馬鹿騒ぎをする馬鹿共。
声の一つは聞き覚えのあるものだった。忌々しいグズ野郎の声。聞いているだけで銃弾をぶち込みたくなる。なんでそこにいんだよテメェ。
足を進めていけば、案の定アロハシャツを纏う男が視界に入る。

そしてグズ野郎の相手をしているのは....


『待ってくれ!俺にはお前しかいないんだ!兎君??えーっと、あのチビのことはなんも知らねぇ。知ってるだろ?教室での熱いアプローチを!!俺にはお前しかいねぇ....!!ぐえっ、おい!!また肘やったな!?』

『明らかに先生が悪いですよ!?なんなんですか!?そのセリフ!!浮気がバレた恋人みたいなクソしょうもないことを言って!!僕に恥をかかせたいんですかね!?』


見た目こそふざけたものだったが、妙な既視感を抱かせる男だった。

ソイツに声をかければ驚いたようにこちらに身体を向ける。そしてそのナリからは想像つかない優等生じみた態度で挨拶してきた。


『初めまして。一年Aクラスの一条 燈弥と言います。この度、このダメ教師の推薦で参りました』

『初めまして。僕は橋口 弥斗。ねぇ、組む人が誰も居ないから一緒にやっていい?』


過去の記憶とダブる。
弥斗が華々しい笑みを浮かべ、よろしくと俺に手をさし伸ばす光景。
未だに色褪せぬ鮮やかな記憶が掘り起こされ、どっちが現実なのか一瞬判別できなくなった。

その後の俺の記憶は曖昧だ。気づけば風紀委員長室、それも俺専用の椅子に腰掛けていたのだから。





「はっ.....」


今思い出しても笑える。
あの時の自分の混乱っぷりは。立ち上がっては何をしようとしたのか思い出せず、また座り。そして書類を広げては新入生のことを思い出し立ち上がる。

みっともねぇ。

でも、それだけ俺にとって弥斗という存在はデカいんだ。


目の前で眠る弥斗....いや、燈弥か。こんな近くで、こんな俺の側で無防備に寝ている。その光景が未だ慣れなくて、まだ自分が夢の中にいるんじゃないかと疑いたくなる。

燈弥が弥斗だったなんて....


『今君の前に居るのは一条 燈弥です』


あぁ、そうだ。コイツは燈弥だ。弥斗じゃねぇ。
そりゃ否定するだろう。
馬鹿か俺は。素直に燈弥を求めていればこんな無様な姿を見せずに済んだはずなのに。



「――所詮結果論か」


過去を悔やむのは疲れた。もういい、もういいんだ。学祭でのことも、なぜ今の今まで正体を隠していたのかも.....どうでもいいんだ。

重要なのは、もう探さなくていいということ。燈弥が俺のそばに居てくれるということ。

眠る燈弥を見下ろす。
......燈弥は今日の外出で相当疲れたのか、起きる気配がまるでない。死んだように寝入っている。


それをいいことに燈弥に手を伸ばした。


『.....血の匂いがついてもいいのかよ』


だが、戦闘狂の言葉が過ぎり手を止める。
....あの狂人め。なんでわかった?



『あっ、あぁひ緋賀様!どうかどうかどうか温情を....!!もうしません!あの時の私はどうかしてたんですっ』

『嘘つきめ!!講師をやり遂げたら自由にしてくれると言っただろう!?!?だから俺はアンタの友人とやらに礼を尽くして指導した!!なのに約束を反故するのか!?』

『すみませんすみませんすみません。あんなこと言うつもりじゃなかったんですっ。私はただ、家族に会いたくて.....』


燈弥につけたダンスの講師 ''上田'' 。あれは処罰されるべき犯罪者だった。だがダンス講師の経験があるということで牢から出し、この家に呼んだ。役目を終えたら自由にしてやるという約束を結んで。

そして俺に怯えながらもアイツは役目を果たした。だから自由にしてやろうとした。
なのに上田は訳の分からないことを喚き散らし、挙句俺の足に縋りついてきやがった。


『助けてください』


撃ち殺した。もう、俺にはどうしようもない。
俺がお前を助けてやれる方法なんて最初から1つしかなかった。....このまま牢に繋がれ死ぬまで延々と苦痛を課されるお前を、安らかに眠らせることしか。
それが俺に出来る唯一のことだった。

安らかに
安らかに
安らかに
死ね救いを....

​​───コンコンコン

使用人からのノックにハッとした。

上田を見下ろせば安らかとは程遠い、苦痛と恐怖にまみれた表情と目が合う。一発で済み、綺麗な遺体がそこにあるはずなのに。俺の目に映る死体は臓物が飛び出し、所々が抉れて肉片が辺りに飛び散っている。何発も銃弾を撃ち込んだような有様だった。

慣れた匂いが鼻をつく。

そして俺は消臭剤で匂いを消し、何食わぬ顔で燈弥と外に出かけた。



「燈弥...燈弥....」


無性に燈弥に触れたい。なのに、戦闘狂のせいで触れられない。アイツが余計なことを言ったせいで躊躇いが俺の手を止める。

燈弥を穢すことは出来ない。




....今更?




さんざん触れてきたのに?


直ぐに躊躇いが消えた。



『弱者が。燈弥の側から消えろ』


だが触れる寸前、また戦闘狂の言葉が俺を蝕む。



飯を食ったその帰り道。戦闘狂はスピードを落とし俺の横に並んで歩いていた。

シリアルキラーの次はお前かとうんざりしながら無心で燈弥の後を追う。
すると奴は何気ない態度で刺してきた。


『お前みたいな男が燈弥の側にいる資格はねぇ。死にたいなら1人で勝手に死ねよ』

『蹲り、嘆き、誰か助けてと他人に縋る.....お前みたいな奴は散々見てきた。まったく、虫唾が走るぜ。....美狂いのように突き抜けた狂気を持ってりゃまだマシなんだが、お前は違う。アイツのためを思うなら今直ぐ消えろ。お前も燈弥に嫌われんのは嫌だろ?』


図星を刺された気がした。言葉にできない燈弥への感情を突きつけられたような気がした。



だから俺は、燈弥に伸ばした手を引っ込める。



欲張るな、緋賀 永利。
多くを望めば失った時、何倍にもなって返ってくる。苦痛として。


望むのはただ一つ。俺が燈弥に望むのは一つだ。



どうか、
どうか、俺のそばに居てくれ.....












《side   end》






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