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誰かの話

《愛に気づく》

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「ふふっ、ふ....!っははははははははは!!」


友人の大爆笑に望月 俊樹もちづき としきは顔を引きつらせる。学祭の後始末が終わり、疲労を癒そうとゲーム機を手に取ったところ、この友人がドアを蹴破って入ってきた。
そしてこの大爆笑である。

俊樹は恐る恐る口を開いた。


「気でも狂ったのか?」

「なわけないじゃん。私は正常だよ」

「嘘つけ」

「私を正常と言わずして誰を正常と言うのさ」

「.....正気じゃねぇな」


男は俊樹の言葉を聞き流す。普段の彼なら蹴りか拳を一発お見舞するのだが、今はとてつもなく機嫌がいいため広い心で許した。


「やっぱ職質された男は一線を画してるぜ。この学園の生徒の狂気なんざ比べ物になんねぇな」


前言撤回。男は拳を振りかざした。





「.......それでなんの用だよ」


赤くなった頬を冷やしながら俊樹は本題を聞くと、男は待ってましたと言わんばかりにお綺麗な笑みを浮かべる。


しゅうが帰ってくる」

「へぇ~......帰ってくる!?!?アイツが!?」


どうせいい美少年を見つけただとか、そんな報告だろうと高を括っていた俊樹は予想外すぎる情報に仰天した。


「待て待て待て!!アイツっ、4年は帰ってこねーんじゃなかったか!!?」

「ここを出る前はそう言ってたね。でも、その時点では仕事がそこまで立て込んでなくて、所謂サボりの口実というかなんというか.....親父さんの意向では直ぐに返す予定だったんだよ。だから君が副担ってことになってたわけだし」

「じゃあアイツが言ってた4年って....」

「適当に理由をつけて帰らないつもりだったんだろうね。教師に飽きたんじゃない?」

「今年中に帰ってくるのか?」

「学園に帰れないよう色々仕事引き受けてたら2年分の依頼が溜まっちゃったらしい」

「馬鹿だろ.....」


どうして、一気にそんな量の仕事を受けるのか?俊樹からしたら理解できない行動だ。


「ということは再来年に帰ってくるって訳か。生徒たちが可哀想だな....」

「それはわかんないよ?あいつの事だから切り上げて来年頃には帰ってくるかもしれない」

「........そこまでして、なんで急に」


そう聞くと、男はここを蹴破ってきた時と同じように艶やかに笑い、スマホの画面を見せつけてきた。


そこに写っていたのは、あの美コンで騒がれた美形だった。.....思えばあれが登場してから美コンがおかしくなった。神崎が暴走し、ステージが崩れた。

あれのせいで俊樹の仕事が増えたとも言える。


「こいつがなんだよ。こいつのせいであちこち客のフォローに駆り出される羽目になって、ゲームの時限イベント出来なかったんだからな」

「愁の初恋相手」

「ぶふっ!?!?ゲホッゲホッ!!!」

「汚い....」


ちょうど水を飲んでいた俊樹は変なところに水が入り咳き込む。しばらく咳き込むと、垂れた鼻水をそのままに友人に詰め寄った。


「あれがか!?!?あれが初恋の相手!?」

「汚い!!」

「げふっ!?!?」


腹を蹴り飛ばされ床に倒れ込む。それでも構わず、詰め寄った俊樹は確認するようにもう一度聞いた。


「あの人外が初恋相手なのか?愁の」

「......うん」

「その初恋の相手と愁が早く帰ってくることに何の関係があるんだよ!?」

「彼が学園内にいる可能性が高いからさ」


アレが学園内に居る?
俊樹は嫌な予感と共に何故か一条 燈弥の顔が脳裏に浮かんだ。だがそれは一瞬で消え失せ、言葉にできない焦燥感に変わった。


「....親父さんに電話してくる」

「意味ないよ。愁がそう決めたんだ。そうなるに決まってる。それに君も仕事が減って嬉しいだろう?」

「それはそうなんだが、そうじゃねぇんだよ」

「いや、意味わかんないし」


くようにスマホを取り出し、指を滑らせる。目的の人物を見つけるとすぐさまコールをかけた。忙しい人なため、出るかどうか怪しかったが''親父さん''は3コールも経たず通話に出た。



『......なんだ』

「愁がこっち戻るってほんとですか!?」

『ああ』


俊樹はチラリと友人を一瞥すると、空になったコップを手にキッチンへさりげなく移動した。


「足留めできませんか、アイツを」

『する理由がない。.....なんだ、そっちに戻すと困るという口ぶりだな』

「せめてあと2年そっちに留められませんか」

『だから理由がないと言っとるだろう。諦めろ。正当な理由なしにアレを縛り付けることは出来ぬ。まぁ、アレが納得するような理由があれば別だがな』

「.....『望みのためにも例の薬の開発を優先した方がいいんじゃないか』と、それとなく伝えてください。俺から言うのは怪しまれるので、貴方の口からお願いします」

『ふむ.....理由は?』

「自分のクラスの生徒達に愛着が湧いてしまって。アイツに壊されるのは惜しいと思ったんです」

『お前にしては珍しい理由だな。あい、わかった。そういうことなら伝えよう。アイツのことで苦労をかけたからな、これくらいは請け負おうとも』

「.....ありがとうございます。では」



一息つく。
しかし、次いで俊樹を襲ったのはどうしようもないほどの羞恥だった。


「ぐぅぉおおおおおおっ....!!なんだよ自分のクラスの生徒達って!!愛着って!!惜しいって!!俺らしくねぇ....!!」


そんなセリフを言う性格でないのは自身が一番よく知っている。なのにあの時、口は迷いもせず滑るように自クラスについて語った。ただなんとなく愁が今の時期こっちに来るのはヤバいという勘が理由なのに。

気恥しい。そんなにもあのAクラスを大事に思っていたのか、自分は。どうせ学年が上がればチリジリになるというのに。


「いやいやいや....だってアイツら俺にご褒美とか強請ってハーゲ○ダッツ奢らせるような奴らだぞ?大事に思うとかそんなの.....」


学祭での客の満足度を示すランキングで、1年クラス中3位という微妙な順位をとったAクラス。学祭史上最高売上を叩き出したEクラスが1位を取り、スリルと恐怖で客を虜にしたCクラスが2位。

チラッとその2クラスの様子を見た身として、Aクラスの順位は妥当だと思った。別に競争していた訳でもないため、適当に健闘を称え解散しようとしたのだが.....


『モッチー先生、頑張った僕達にご褒美ないんですか?』


燈弥のその言葉を皮切りに全員が口々に学祭への頑張りを語り出した。この学園に勤めて数年経つが、こんなにも遠慮なしに絡んでくる生徒はいなかった為、面食らった。

俊樹は他人と距離を置くために「めんどくせぇ」と口にし、見放されるよう振舞った。その成果もあって生徒達にはダメな教師としてみなされ、頼られることもなく、求められることもなく、ましてや内心見下されていたはず。

それなのに燈弥の言葉でこんなにも.....こんなにも普通の生徒と先生のようなやり取りを――


「.....一条のせいだな」


燈弥が生徒達に示した。望月 俊樹という男はダメな教師だが、親しみやすく、扱いやすい人間であるということを。そして燈弥にいいようにされる俊樹の姿を見てAクラスの生徒達は俊樹の扱い方を学んだ。

だから彼らは強請った。
つぶらな瞳で、さながら餌をねだる犬のように。
背後に最強の兵器が控えていることをいいことに口々さえずった。


『ぐっ、一条....何味がいいか全員分聞いて、後で伝えにこい』


屈した。生徒達の背後で微笑む燈弥の笑みに屈してしまった。これでまた勘違いした生徒達が、廊下や購買で鬱陶しくも絡んでくるようになるだろう。


(俺は距離を置きたいのに。あぁ、でもそれを楽しく思っている自分がいるのもまた事実。くそっ、一条め。アイツと友人になってから俺の日常が何かとおかしくなっている)


それを良しとし、あまつさえ''親父さん''に頼んでまで愁の足留めを頼む始末。



「ああああっ!!くそっ!!マジでなんで俺がこんな――」

「俊樹!!客人にお茶出さない気!?!?」

「うっせーーっ!!!」


気恥しさを隠すように俊樹は友人に吠えた。














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