292 / 344
第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《no side》
しおりを挟む「.....逃がしたか」
竜一は静かに呟いた。その声に落胆の色はなく、冷静とも言えるほど平坦な声音だった。
ステージだった物の残骸の上から、辺りを見回す。耳障りな叫びが癪に触りペルデレから炎が漏れ出たが、グッと抑える。
やはりこちらは制御しづらい。使用すればストレスや鬱憤を発散できるが、被害が馬鹿にならない。我が異能ながらピーキーな性能だと呆れるが、ペルデレが自身の写し身であることを思い出し舌打ちする。
(ピーキーだろうが、使えりゃいいんだ。弥斗を炙り出すには最適な異能だろ.....クソっ、頭いてぇ)
治まっていた頭痛が再発する。それでも思考を回し、弥斗を捕えるべく打つべき一手を竜一は探した。
――鳥籠の中に弥斗は居ない
――騒がれる容姿だ、人目の少ない場所に逃げたはず
――あの短時間で逃げれる場所となると
――校舎に逃げたか
――だが本校舎は人の目が多い
――西校舎も同じく人の目が多い
――となると....
「東か」
さらに思考を広げる。
あの状況でステージが崩壊する偶然など起きはしない。あれが必然とすれば弥斗には協力者が居ることになる。そして学祭委員会が見張るステージに細工を仕掛けることが出来るのはこの学園の生徒だけだ。
思考を巡らせながら堂々と青の鳥籠から抜け出す。竜一が青い炎に触れても炎は彼を焼かず、幻のようにすり抜けた。
ある生徒はソレを目撃し、竜一に続いてすり抜けようとした。しかし触れた瞬間、青い炎は襲いかかるように生徒の全身を覆い、焼き尽くした。
「籠の扉を開けてねぇのに出れるわけねぇだろ」
見下すように言葉を吐き出すと竜一は東校舎にへと駆け出す。グラウンドにかけた鳥籠は解除しない。それはまだ弥斗の協力者がいる可能性を考慮してのことだ。真正面からの戦闘なら複数人を相手とることはできるが、欺き、騙す、心理戦となれば難しい。
弥斗1人でも勝てるかどうか分からないというのに、彼に扱える選択肢を増やすなど勝ち目がなくなる。
「とりあえず東校舎にも鳥籠を────」
「''とりあえず'' でなんてものを仕掛けるつもりかね」
「っ!?」
背後を取られた。振り向きざま太刀を振るうが手応えはない。おかしい。確かに声はすぐ背後から聞こえた。距離的に斬り捨てていてもおかしくないはず。それが手応えなしとは。
警戒しながら竜一は相手を見遣る。
そこに居たのは竜一と同じくらいの身長ながら、枝のように細い老人だった。白いタオルをバンダナのように頭に巻き、土で汚れた作業着を纏い、シャベルを杖代わりに地面についている....なんとも場違い感をもたらす出で立ち。
農作業中かのような老人。だがしかし、竜一には彼が何者なのか直ぐにわかった。
「星菜の隠居爺が何の用だ」
老人は穏やかに笑う。
『星菜』
それは神崎と同じ五大家の一員の名だ。主に異能者のサポートを担う、いわば縁の下の力持ち。彼らが機能しなければ異能者への医療体制は滞り、物資の流通が細くなる。他にも補助系の異能者への指導など、星菜の担う仕事は多岐にわたる。
そして目の前にいるのは星菜の前当主。
星菜 譲斎
全盛期では多くの異能者を影から支え、あの時ケ谷に真正面から食ってかかったという、柔和な見た目からは想像できない苛烈さを持つ老体だ。もう一線を引いており、今は息子に当主の座を譲り隠居しているという男だが....影響力は未だにある。
「竜一君、君は自分がした事への理解は及んでいるのかね?昨日ならまだしも、今日は外からのお客さんが居るんだ。もう少し考えてから動きなさい。神崎家次期当主がそんなんでどうするのかね?」
諭すように、されど責めるように譲斎は竜一に向き合う。対して、竜一は鬱陶しそうに顔を顰めた。
「時間が無い。用があるならまた後にしろ」
「謹慎だ、竜一君。....まったく、本来こういうのは緋賀の仕事なんだがね。孫の顔を見に来ただけだというのに、こうも駆り出されちゃたまらんよ。君達がもう少し大人しくしてくれればこちらとしても面倒事が――」
「ちょっと待て。今なんつった?謹慎?俺が?」
「当たり前だろう。あんな大仰なものを放って....おいたがすぎたんだよ」
「ちっ....!」
「どこへ行くのかね?私は謹慎と言ったはずだが」
「今はやることがある」
「今すぐ学園を出て神崎家に戻りなさい。これは彪雅君からの命令だ。たかが人探し。いつでも出来るだろう?」
「今じゃねぇと――」
「竜一君」
カンッ.....!
シャベルが地面を打ち鳴らした。竜一は怯んだように喉元から出かかった言葉を飲み込む。
「私はね、早く家に帰って作業の続きをしたいのだよ。いくら小さい頃から知っている君とはいえ、そこまで何度も同じことを言いたくはない」
「......ひとつ聞きたい」
「なんだね」
「緋賀はどこまで知っている?」
「星菜である私に聞くのはお門違いだが、そうだな...... ''学内で珍しく笑いながらキレていた永将君が目撃された'' とだけ言っておこう」
「十分だ」
竜一は押さえきれぬ笑みを浮かべると、寮にへと進行方向を変えた。譲斎はやれやれと困った子供を見るような目で竜一を一瞥すると、シャベルを肩に担ぎどこかへと消えて行く。
1人になった竜一は再度立ちどまり、東校舎を仰いだ。
「確証は得た。あとは全てを予測して捕らえるだけだ」
東校舎に居る誰かに向け、決定事項のように宣言する。
竜一は知っている。
弥斗は穏やかな暮らしを求めていたことを
弥斗がユーベラス倒壊を起こした犯人ということを
緋賀 永将が弥斗を嫌っているということを
竜一は理解している。
弥斗が竜一を避けているということを
弥斗は望まぬステージに立たされていたということを
わざわざこの学園に来る理由がない弥斗。目立つことをしたくない弥斗。竜一に会いたくない弥斗。
そんな弥斗がこの学園のステージに立った。目立つあのステージに。
それはつまり.....
「弥斗はこの学園に在籍している」
ということを示している。
だってそうだろう?
外部の招待客だとしても、弥斗がわざわざ竜一の目に付くステージに上がる理由がない。逃げていたのに自ら姿を現すメリットがない。
判断材料は他にもある。
緋賀 永将が学内で笑いながらキレていたというのもそうだ。あの男は自身の想定外をいく存在を酷く嫌悪する。ユーベラス倒壊事件がまさにそれだ。
時ケ谷が住むユーベラスを倒壊させ、神崎・緋賀・時ケ谷の子息を惑わしたイレギュラー。
永将が『笑いながらキレていた』というのは前にも後にもユーベラス倒壊事件の時だけだ。そしてその笑みを浮かべていたと言うなら、相手は倒壊事件の犯人である弥斗しかない。
わざわざあの永将がこの学園に来たのは、弥斗目当てなのだろう。
そして何より、美コン『ステージ』の崩壊。
あれを実行するというのは学祭委員及び風紀と生徒会を敵に回す覚悟がなければ無理だ。それが出来るのは相当頭のイカれた人間のはず。
そんな人間を引き込むなど、同じ学園内の生徒でなければできない。
だから弥斗はこの学園に居る。
(あぁ、なら急ぐことはねぇ。同じ敷地内に居るなら尚更。6年以上あちこち探したんだ。これくらいどうってことない)
確実だ。
弥斗は生きている。弥斗はこの学園に居る。弥斗は、弥斗は......
────竜一のそばに居る
「ぁはっ!!あはははははははははははははははは!!あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
なら、
なら!!
ならば!!
あの時も、
恭弥と一緒に訪ねて来た時も
あの懐かしいやり取りも
あの優しげな眼差しも
あの頭が沸騰しそうだった――
「.....弥斗からの口付けもっ」
竜一は激情を堪えるように太刀を振り回した。刀身からは竜一の激情を表すかのように青い炎が迸り、周りを燃やす。そして炎は次々に燃え移り、周りは火の海となっていた。だが、今の竜一は過去の弥斗に気を取られ、周りの状況が目に映っていない。
「あはっ、あははははっ!!俺と弥斗はキスをした。それも二度も!」
1回目は廃潰森で
2回目は竜一の寝室で
「これって両想いだよなぁ!?!?だって、俺から逃げた弥斗が自ら俺の所に戻り、自らキスをしてきたんだ!!つまり、そういうことだろ?あぁ!!つまりそういうことだ!!俺はまだ見捨てられてない俺はまだ弥斗の中にいるまだ愛されているまだ求められているまだそばに居てもいいと許されているまだっ、まだっ、まだっ!!」
一気に息を吐き出すようにぶちまける。
それはまるで、自分に言い聞かせているような切実な声色だった。
「弥斗弥斗、弥斗......頼むからもう一度俺の前に現れてくれ」
─────もう二度と離さないから
《side end》
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
346
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる