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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《side 比良山 美笹》
しおりを挟む「なんだこれ!?閉じ込められた!?」
「バカ触るな!!触れたら灰になるぞ」
「あぁあああっ、腕がっ!!腕がァァァ!!」
「ひぃぃぃっ!!火の粉が.....」
「誰か治癒系の異能の奴いるか!?」
「馬鹿ばっかり。こんなのじっとしとけばいいんだよ!」
「誰だよこんな殺傷能力高い異能使ったのは!?」
「会長だろ!?」
「はぁ!?あの人は氷系統だろ!!」
「知らねぇよ!!でもっ、あの人が空に太刀を掲げて....お前だって見ただろ!?」
「会長は世に二人といない2属性使いだよ!!知らねぇのかお前ら!?」
混乱の声が耳に入る。内容からして今の状況は最悪なのだろう。だけど僕にはそれ以上に大切なことが目の前にある。
邪魔な緋賀 永利は欺いた。
『テメェ!!一条をどこにやった!!!』
あの時、殺気を纏った緋賀に肩を掴まれた。だけど最初から自分が疑われているのを知っていた僕は、青い炎で彼の気が逸れたスキに、既に顔を変えていた。
『えっ、なんですか』
『ちっ、人違いか....おい、変な髪型と眼鏡した奴見なかったか?』
『それならあっちの方に....』
緋賀は素直に僕の指さした方へ駆けて行く。
混乱により人の目は僕達に注目しない。邪魔者も消えた。変えていた顔を自身の顔に戻す。見下ろすのは地べたに座り込む2人の男性。
「久しぶり......父さん、母さん」
声をかければ、父さんは知らない顔でこちらを仰ぎみた。その表情は虚ろで、背筋にゾクゾクと暗い喜びが走る。
「んふっ、フふふ....残念だね。僕達一族が目指した頂点には既に彼が鎮座している。だからどう頑張っても、渇望しても.....無駄なのさ。今までやってきたことも、僕達の存在も」
「な、んなんだ。あの男は....どうしてあんなっ」
「まだだ。まだっ終わってない!!まだ終わってない!嘉人っ、アイツの顔を奪っ――がふっ!?!?」
顔を蹴りつける。なんてこと言うんだ。あの人の顔を奪う??ふふふふっ、いい加減今の自分を受け入れてよ。
「母さん、今の貴方....とーっても醜いよ?」
「っ、お前!その醜い顔で僕に楯突く気か!?僕が醜い??はっ!!お前自分が醜くなったからって、僕に当たるのやめろよ!!」
「.....前の僕なら怒り狂ってただろうね、その言葉。でも今の僕は全くといってもいいほど怒りを感じない。――感じるのは貴方達への憐憫くらいだろうか」
可哀想に。この人まだ自分が美しいと思っているんだ。
「道歌さんは彼を見てなにも感じなかったの?自分たちと比べなかったの?まだ届くと思ってるの?まだ自分に価値があると思ってるの?あの人以上の美しさが存在すると思ってるの??」
「ぁっ、く....!!」
「ほら、何も言い返せない。つまり分かってるってことだよね。なのにまだみっともなく足掻くの?」
僕は持っていたソレを地面に転がす。金属音を鳴らし転がったソレを2人は呆然と見やり、次に僕にへと視線を移した。その顔はもはや泣き出しそうだった。
「辛いよね。わかるよ。僕も辛かったから。手に入らない美しさを求め続けるのは苦痛だ。だからその苦しみから解放できるよう介錯しようと思って」
嘉人さんは震える手でソレを握る。
「嘉人!?」
「醜いものに価値は無い。美しくない者に価値は無い。ぁあああああああっ、私達に意味はなかった。価値もなかった。これ以上の未来は無駄なんだ!!」
「うぅっ、だって、でも――」
「もういいんだ。私は疲れたんだ道歌。もう折れたんだよ、心が」
切っ先が喉に向く。
道歌さんは諦観の目でそれを見つめた。
口端が吊り上がる。堪えきれぬ笑みが喉を震わす。
これは復讐??いや違う。
これは救済だ。燈弥君による慈悲深い救済。
彼の姿によって死ぬ命があるなら、それは彼が神であるという何よりの証左になる。手を下さず、言葉もかけず、その容姿のみで自死に追い込むなんて....あぁっ、僕の神様!僕だけの神様。
これでまた貴方に救われた身の程知らずが───
「そこまでだ馬鹿野郎共」
嘉人さんの手から短剣が落ちる。
誰だ!こんな大事な時に.....
「.....永....将」
嘉人さんの言葉に足が自然と後ろに下がる。
っ、緋賀さん!?!?どうしてっ
「緋賀さん!!約束と違うじゃないか!!なんで僕の邪魔を....!!」
「お前の怒りは正当なもんだ。だから手を貸した。だが、命を奪うのは釣り合わねぇ。だってお前生きてるだろ?」
「っ、だとしても!!貴方が助ける理由はないはずだ!」
「はぁ....おい、嘉人。教育不足なんじゃねぇの?」
拾った短剣を緋賀さんは器用にクルクルと指で回すと宙にへと弾く。
嘉人さんは苦い顔のまま。
教育不足?なんのことだろうか。
「俺とお前は対等じゃねぇ。テメェら比良山は緋賀の駒なんだ。だから死なれちゃ困るんだよ」
宙に投げ出され落ちてきた短剣を再び緋賀さんは掴んだ。その面倒くさそうな表情にハッとして言葉を返す。
「そんなの分かってる!!でも――」
「分かってねぇよ、お前は。言ったろ。対等じゃねぇって。俺が殺すなと言ったなら殺すな。これは命令だ」
馬鹿なっ、そんな!!ここまできたのに殺すな!?これじゃ燈弥君に美コンに出てもらった意味が.....でも、緋賀さんの言葉を無視して強行したら、僕が死ぬ。あぁなんてことだ。燈弥君になんて報告すればいいんだろう。
「それにお前の顔に傷をつけた男はテメェで処理しただろ?これ以上は望みすぎだ。.....まぁ、無傷で帰すのは癪だろうから.....ちゃーんとお前と同じように顔に傷をつけておいてやる。それで手打ちにしろ」
これ以上駄々をこねれば確実に銃口を向けられる。ここまでかな.....
「わかった。それでいい」
「なら行け」
頷く。さぁ燈弥君のところに行こう。僕は彼のものだから。彼の傍に侍り、彼の目となり手足とならなければ。
.....本当に燈弥君の身体の一部になりたい。どうして僕は彼の一部じゃないんだろう?ぐちゃぐちゃに混ざりあって、僕も彼の一部となれば......未だ消えぬ渇望も無くなるのかな?
「あぁ、そうだ」
呼び止めるような声に足を止める。
「お前の心棒する神様とやらについて、詳しく知りてぇなぁ。お前がそこまで傾倒するなんて、さぞ美しいんだろ?」
「はい!!緋賀さんにも分かって欲しい!!彼がどれだけ美しく、この世に蔓延る身の程知らず共を救って─────」
「待て待て。詳細は紙にでもまとめて提出してくれ。....写真つきでな」
「もちろん!!」
やった!今日はなんて素晴らしい日なんだ。
2人の身の程知らずを無力化し、力ある理解者を得られるなんてっ!!
この調子でどんどん燈弥君の美しさを広めていこう。
そうすれば彼は今よりもっと動きやすくなる。
緋賀さんがこちらにつくとなれば、揉み消しなども容易い。
ふふ....フふふふふ!!
燈弥君待ってて、貴方の下僕が今そちらへ参ります!
《side end》
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