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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《no side》
しおりを挟む緋賀 永利は疑心を抱いていた。
前で見たいと言い、人をかき分け前へ進む燈弥。
見送り、少し時間を置いて永利は後を追う。
最初から違和感はあった。燈弥のようで、燈弥ではないような振る舞い。会話のテンポ、表情....。
不快感を覚えるほどのそれは時間が経つにつれ警鐘にへと変わる。
本当は問いただしたかったが、確証がなかったため、監視に留めていた。
だが燈弥は動いた。向かった先は案の定というべきか、奴は例の2人組の近くで足を止めた。
『てことで【匿名希望】の登場!!』
ざわめきが止む。
永利は突然の静寂に、初めて燈弥から視線をステージにへと向けた。
「.......ぅ、そだろ」
掠れた声が零れる。
見間違いか?いや、見間違いじゃない。
幻覚か?いや、幻覚ではない。
夢か?いや、夢ではない。
「や――」
─────弥斗だ
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
なぜそうしたのか永利自身分からない。声に出せばいいのに。声に出すべきなのに。呼ぶべきなのに。
.....唇はわななくだけ。
もし、弥斗が自身の声に応えなかったら?
もし、弥斗が自身に冷たい目を向けたら?
もし、弥斗が自身のことを覚えていなかったら?
そう考え出したらキュッと喉がしまった。
「あぁぁぁぁっ、だめだめだめだめ....ッ。落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ、でもみんな見てる僕の神様を、僕だけの神様をみんなが見てるぅぅぅぅっ、あふっ、ぁふへへへヘヘェ、うふふフフ。はぁ綺麗美しい耽美だ、目を抉り保存したくなるど幸せだ」
燈弥の声が耳に入る。いつも聞く落ち着いた声音では無いが、燈弥の声というだけで永利の心は幾らか落ち着いた。
ただその分、燈弥の姿をして燈弥を穢す、目の前の男に殺意が沸き起こる。
口端からヨダレをたらし、一心不乱にステージを見つめるその姿。
永利の知る一条 燈弥ではない。
偽物に手を伸ばし――
しかし、視界端に青白い何かが映り、自然と目はそちらに向く。
目に映った光景に永利は愕然とした。
青い炎が揺らめいていた。
青い炎が鳥籠のようにステージを包んでいた。
逃げ場などないと知らしめる天高く舞う焔があった。
なにより、燃え盛るステージの上、
困ったように微笑む弥斗の姿があった。
永利の脳は数秒かけて判断する。
弥斗を助けるか、それとも
燈弥を探すか
片や命が現在進行形で脅かされている。
片や生きているのかも怪しい。
『いいか永利、選択を間違えるな。目の前にあるものに集中しろ』
過去がよぎる。
そして永利が選んだのは─────
「テメェ!!一条をどこにやった!!!」
永利は手の届く一条 燈弥を選んだ。
神崎 竜一は酷い頭痛に苛まれていた。
激しく内側から叩かれるような痛み。自然と眉がより、顔も険しくなる。
これでは審査できない。竜一はペンを放り投げた。
「おい、選ばれたからにはしっかり役目を果たせ」
それを咎める声があった。恭弥だ。
同じく審査員なんてものをやっている彼は紙に何かを記入しながら竜一に小言を言う。
美コン優勝者は審査員・教員・観客の3グループが採点した結果で決める。審査員は公平性のある人物が選ばれるのだが、竜一は何故かその人物の羅列に並んでいた。
以前の竜一なら真面目に審査していただろうが、今の竜一にそれをする理由がない。学祭委員の人選ミスというやつだ。
まぁ学祭委員も、まさか竜一の性格が変わるとは思っていなかったので仕方の無いことと言える。
「頭いてぇ.....」
「痛み止めは?」
「効かない」
痛みによって歪められながらも、竜一の目は誰かを探すように会場を彷徨う。それに気づいた恭弥は不思議そうに聞いた。
「誰を探してるんだ」
「.....探してない」
嘘だった。恭弥にはああ言ったが、竜一は燈弥を探していた。
昨日のことを思い出す。どうしてか、燈弥が一緒に居るとこの酷い頭痛が止んだのだ。スっと寝入ることができたのがなによりの証拠。本当はそのまま持ち帰りたかったのだが、残念ながら恭弥により無理やり剥がされそれは叶わなかった。
この頭痛を止めることができるなら本気で燈弥の持ち運びを考えたい。
真剣に頭痛への対処を考えながらも、竜一の目は燈弥を探す。
────居た。胸糞悪いことに緋賀と一緒だったが、その姿を視界に入れるだけで、幾分頭痛が和らいだ....気がした。
(行くか.....)
竜一は立ち上がる。この騒がしいコンテストも、たいして綺麗でもない出場者も、くだらない審査も、全て、全て竜一にはどうでもいい。
こんな事に時間を費やすくらいなら燈弥のそばにいた方が断然マシだ。
『てことで【匿名希望】の登場!!』
そんな竜一でも、周りが突然静かになれば興味を持ってしまう。原因と思しきステージ上にいる人物に目を向ける。
......見覚えのある男が優美に歩いていた。
質素ながらも煌びやかな白の衣を纏い、冷然とした眼差しで前を見据えている。
殴られたように脳ミソが揺さぶられた。
弥斗だ。弥斗が居る。目の前に居る。手の届く場所に居る。薬は抜けた。素面だ。イケる。手を伸ばせば捕まえれる――本当に?しくじれば二度と会えないかもしれない。薬は抜けたが頭痛に侵されたこの身で弥斗と渡り合えるか?この距離だ。逃げられる。今すぐ動かなければ。いや、まだ向こうは俺に気づいて居な────
「っ」
思考が吹き飛ぶ。
なぜなら、弥斗が竜一に向けて微笑んだからだ。
それも嘲笑うように瞳を細め、挑発するように口端を釣り上げて。
「あぁ.....そうか.....そうだよな」
こぼれ出たのは肯定の言葉。
「始動『殲滅の刃』」
手に太刀が握られる。
竜一はシンプルに考えた。被害も、損害も、非難も....全てどうでもいいと切り捨て、弥斗だけに思考を割く。燈弥のことが頭に引っかかったが、弥斗の前ではそれも直ぐに消え失せた。
槍投げの原理で腕を引き、力を溜める。狙いはもちろん弥斗。この一撃で弥斗の身体を傷つけるかもしれない。だがそれでも ''良し'' と瞬時に判断。
「ふっぅ''!!!」
放つ。湾曲した太刀では狙った場所に落ちない。
しかしそれは想定内。
ペルデレは弥斗から少し離れた、ステージ上方に刺さる。
「囲め」
ペルデレを起点に青い炎が走った。囲うように、閉じるように、覆うように。
竜一の目には弥斗しか映っていない。隣で自身を止めようとする恭弥の静止を虫でも払うように跳ね除け、審査席から飛び下りる。
悲鳴が上がる――どうでもいい
混乱が伝播する――どうでもいい
弥斗を助けようとステージに上がる者がいる――死ね
1人焼け死んだ。そいつは骨も残さず灰となった。
「どけ。俺のだ」
─────いつの間にか頭痛は止んでいた。
《side end》
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