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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ

《no side》

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「.....これのどこが楽しいんだ」

「何言ってるんですか委員長!!ステージで輝く彼らを見て楽しくないと??ここは彼らの日頃の努力を称え、讃える場ですよ!!お肌の管理に、体型維持、コスメ研究、自身に似合うデザインとの格闘!!ああっ、彼らの努力がヒシヒシと伝わってきます。まぁ1番美しく、可憐だったのは兎君でしたけど。やはりコンテスト。競い合う場に勝者は必定.....僕は心を鬼にして投票します。兎君に」


ステージ後方で永利と燈弥はそれぞれ感想をこぼした。永利は呆れたように溜息をつき、燈弥は興奮したように美コンについて語る。


「それにしても本っ当に兎君は可愛かったです!全体的にふわっふわして!パニエがあんなに似合う人がこの世に存在したんですね!?兎君らしい元気いっぱいの笑みの破壊力が普段の数百倍になってませんでした?あとあの、コマのように一回転するやつ!!着地に失敗して''にへっ''と情けなさそうに笑ったときといったら、衝撃がすごくて.....思わず可愛い~って叫んじゃいましたよ。うわー写真撮りたいです。兎君どこか居ませんかね?」

「珍しく饒舌だな」

「あんな可愛いの見たら誰でもこうなりますよ。委員長は兎君のこと、可愛いと思わなかったんですか?」

「.....そういうのに疎いんだよ」

今日こんにちでは、ああいうのを可愛いと言うのです。一つ賢くなれて良かったですね」

「シバくぞ」

「あははは、怖い怖い。冗談ですよ」


ステージに視線を戻した燈弥だが、数秒すると落ち着きなく周りをキョロキョロし始めた。
永利はその様子をそっと観察する。合流してからの燈弥は少しおかしい。落ち着きがなく、挙動に興奮が滲み出ている。そしてそれは美コンが始まってから、態度に顕著に表れていた。

周りの人間の顔を確認するようにじっと見つめ、少ししたら永利に話を振る。

不自然だった。
明確に言葉にできないが、どこかおかしいと永利は漠然と疑心を抱く。


「ぁ......」


燈弥がある一点を凝視した。かつてないほど異様な雰囲気を纏う燈弥の姿に、永利も同じ方に目を向ける。

そこには2人組の招待客らしき男が居た。1人はスーツを纏ったサラリーマン風の男。後ろに撫で付けられた黒髪はワックスでテカテカと光を反射している。
もう1人は、ラフな格好をし、パーマがかった茶髪とソバカスの似合う可愛らしい男だった。

なんてことない客人だ。
さして珍しくない人相だ。
永利には何も異変など感じられない。

しかし、燈弥の口端は吊り上がる。


「.....一条、どうした」

「あっ、いえ.....懐かしい顔を見たのでつい」

「あの2人組か。挨拶にでも行ったらどうだ」

「相手にされませんよ。彼らは醜い人間に厳しいので」

「そうか」


しばし無言が続く。周りは沸き上がるように盛り上がっているというのに、2人の間に沈黙が落ちている。その空間だけ切り離されたような静寂だ。


コンテストは続く。


「......口数が減ったな」

「コンテストに出る方々が、あまりにも可愛くて、かっこよくて、美しいので......目を奪われていました。お喋りをご所望ですか?」

「いい、そのまま黙っとけ」


つれない永利の態度に、燈弥は口元に笑みを浮かべたままステージにへと顔を戻した。


『ここまで数々の美形達がステージを彩ってくれたにゃ。ありがと~~にゃ!!さて最後は去年優勝の.....ぇ?まだ来てないにゃ?それに外部から参加者??―――にゃほん!!残すことあと2人だったにゃ~~!!誤情報ごめんにゃさい』


「......め、だ」


永利の耳は司会とは別の、小さな声を拾った。


「委員長」

「あ?」

「僕、前で見てきてもいいですか?」

「......好きにしろ」

「あはっ、ゴホッゴホッ.....すみません、ではまた後で会いましょう」


人をかき分け、前へ進む燈弥の後ろ姿に、永利は目を細めた。








『気を取り直して~お次はなんと外部からの出場者にゃ!!』

『知らない奴も多いだろうから説明してやる。美コンは前日に登録すれば外部からでも参加できる。まぁ、そこまでして出たいって奴が居ねぇから今の今まで廃れてたルールだ』

『そんなルールが日の目を浴びるなんて喜ばし~にゃ』

『てことで【匿名希望】の登場!!』



ステージ端から出てきた男に誰もが息を飲んだ。
盛り上げ役である司会者も口を閉じた。
会場は、興奮とは程遠い静寂さに満ちた。


匿名希望者が歩く。

彼がゆったりと歩む度に、その身に纏う白の衣が風に靡き、金の装飾が音を鳴らす。
彼が悠然と会場に目を向ける度に、その目に自身が映らぬよう、会場の誰もが胸の前で手を組み祈る。






雪のように白い肌、血塗られたように真っ赤な唇。







誰もが思った。
​─────アレは人なのだろうか?
と。

悠久を生きる吸血鬼では。
人を惑わし堕落させる悪魔では。
人を救い安寧へと導く天使では。
他者を食い物にする化け物の類では。

.....なにはともあれ、誰もが人以外の''なにか''を想像した。


瞳を覆い隠すほどの長い睫毛。
どこも見ていないような超然的な瞳。
黄金律のように整った相貌。
むき出しにされた肌は病的なまでに白く、生を感じさせない。


彼の歩みが止まる。
誰もが集中して彼の一挙一動を凝視した。


彼の超然的な瞳が細まる。同時に、血塗られたような唇が三日月状に歪む。


ある者は、真正面から見詰められたと思い込み膝を着いた。
ある者は、その笑みに自身の価値観を折られた。
ある者は、あまりの美しさに涙を流した。
ある者は、自身の罪を咎められているように感じ顔を歪めた。


そして、ある者はその笑みを

​────『捕まえてみろ』という''挑発''だと受け取った。




瞬間、ステージは青い炎に包まれた。


悲鳴が木霊する。














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