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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ

《side 兎道 湊都》

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「いいですか?歩く時はふわっとした感じで歩くんですよ」

「どんな感じだよ!?あー無理無理無理無理。帰りたい」


爽爾に付き添われながらステージ裏で頭を抱える。帰りたい。穴に埋まりたい。消えたい。絶対に笑われる。
ネガティブな事ばかりが頭に浮かぶ。

気を持ち直そうにも、自身の着ている衣装が視界に入るだけで気分が急降下してしまう。


「.....くっ、殺せ。こんな姿を晒すぐらいなら殺された方がマシだぁーー!!」

「何言ってるんですか。後ちょっとで始まるんですから我慢してください。その元気はステージ上で発揮してもらわないと」


元気じゃねぇよ。空元気だよ....元気の漢字入ってるじゃん。あっ、ダメだ。自分の現状に鬱々してきた。


『にゃ~!!今から、待ちに待った美形コンテストを始めるにゃーーーー!!!』


学園中に響いてるんじゃないかってくらいの大音量で司会が開催の言葉を告げた。それに合わせてライブ会場のようにワーワーと、これまたすげぇ大きな声が.....どんだけ人いんだよ......やだぁ。


『司会を務めるのは学祭委員長の針山 珠鳴と 』

『放送委員長の小山田 海音にゃ~、海音ちゃんって呼んでにゃぁ』


タマ先輩まで居やがる!!嫌だ!ステージに出たくない!!


「落ち着いてください。大丈夫です。あなた以上に可愛い人間は今この世界に存在しません」

「ぐはっ.....!」


胸が痛い。励ましになってねぇよ馬鹿!
味方からの攻撃でメンタルが死にそう。しかも胸を押さえた時に、暴力的なまでのピンクが視界に入ったせいで、死の淵から抜け出せない.....。


「......おかしいですね。眞中先輩が居ない。例年通りなら、今頃ここにいる参加者たちを口説いた末、学祭委員会に拘束されているのに」


眞中.....?どっかで聞いたな。
......あっ!!薫のことか!!
へぇ~、薫釈放されたんだ。.....風紀委員である俺が知らんのなんで?おかしくね?

釈然としない気持ちになったが、反省を認められて出てこれたのは喜ばしいことだと無理やり自分を納得させる。.....というか、あんな綺麗な人が出るなら俺勝ち目ないよな。別に勝ちたいわけじゃないけど――圧倒的敗北感を味わう気がしてならない。

そんなもの味わうくらいなら棄権して、見る側に回りたい.....。薫めっちゃ綺麗だもん。


「俺.....棄権したい」

「眞中先輩が居ないようなので勝敗は分かりませんよ」

「えっ、居ないの!?」

「人の話を聞きなさい、君は。例年通りならここに居るのですが....居ないのですよ。今回は出場しないのかもしれません」


それはそれで残念。見てみたかったなぁ、美コン用の衣装を着た薫。


「やっぱ去年の優勝って薫だったのかな?」

「名前呼び.....いつの間に唾つけられたんですか。気をつけてください、眞中先輩は性格が悪いので、ハマったら抜け出せませんよ。――と、去年の優勝者の話でしたね。もちろん眞中先輩が優勝しました。中学でもそういう系の優勝を総ナメしていたので....今日来なかったら連勝記録が途切れますね」

「うわぁ....もったいねぇ」


『......と、前置きとルール説明はこの辺で終わりにゃ!!皆も待ちきれないだろうし、早速登場してもらうにゃ~~。トップバッターは1-Aに舞い降りた純情天使こと【兎道 湊都】君!!』

『うおぉぉぉおおお!!湊都ーー!!頑張れですーーーーー!!』


純情....天使.....


「なんて顔してるんですか。僕の衣装を台無しにするようなことやめてください。ぶちますよ?....ほら、いつもの快活な笑みを浮かべて行った行った。あ、歩く効果音は''トテトテ''でお願いします」


背中を押されてステージ袖へ。そしてそのままステージに追いやられた。心の準備も出来ていない状態で、大勢の目に晒され頭が真っ白になる。


「.....はぁ、全く。一条君から伝授された技を使う時が来たようですね。​────早く終わらせないと委員長が見に来ちゃいますよ」


――委員長が見に来ちゃいますよ

―――委員長が見に来ちゃいますよ

​─────委員長が見に来ちゃいますよ



『おおっと!!固まっていた湊都君!なんと突然!!誰もが見惚れる輝かしい笑顔を浮かべたにゃ!!ステージに設置されたどデカいスクリーンに映る天使の微笑み!!脱落者がどんどん出ていくにゃ~~!!』

『あ''ーーーーーっ、可愛ぃぃぃいいい!!しゃ、写真写真』

『珍しくタマちゃんが壊れてるにゃあ.....』

『うるせぇ!俺より背が高い奴は俺に喋りかけんな!!』


うぉぉぉおぉぉぉぉおおおおおお!!
早く終われぇぇぇぇぇ!!!
恥ずかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!

俺笑えてる??大丈夫か??もう顔がテープでぐるぐる巻きにされたみたいに動かないんだが??

....はい、ここでコマのようにくるり一回転!!!
コツは片足で床を蹴って、パンツが見えるか見えないくらい裾をふわっとさせる!!あっ、着地失敗!!よろけて数歩前に身体が進む。


こういう時は――


「えへへっ......」

「「「うおぉおおおおおおおおおおお!!」」」
「「「きゃあああああああぁああああ!!」」」
「「「か''わ''い''ぃいいいいいいいいい!」」」

『湊都ーーーーーーーーー!!!!』


怖ぇ、怖ぇよ。爽爾、俺無理。助けて。あと半分もあるとか死ぬ。心臓がバクバクしてる....。タマ先輩の声で心臓止まりそう。



『行動不能多数者出ているけど、ここで衣装製作者からの言葉にゃ。テーマは【俺、できるもん!!】。湊都君の可愛らしさを際立たせるため可愛いをふんだんに詰め込みましたにゃ~。パステルピンクを基調としたブラウスにはリボンやフリルがいっぱい!!ジャンパースカートはパニエで膨らませて全体を可愛いシルエットにするにゃ!さらにさらに~、エクステでツインテール!その頭上には白とピンクのダブルリボンヘッドドレス!!もう呪文みたいでボク自身何を言ってるか分からなくなってきたから終わるにゃ.....』

『製作者は湊都の魅力をよくわかってんじゃねぇか』


あーあーあー!!やめろー!!それは着せ替え人形にされてる時に、耳にタコが出来るほど聞かされたっ。でもいい、これで終わる。


よし、スタート位置に戻ってきた。最後に振り返って....


ピース!!!!


....よっしゃ、やりきった!!もう知らん!!会場の叫び声とかも~知らん!!


『最後の最後にピースッッッ!!おい!背が高いしか能がねぇド畜生共ッ、誰に投票するかわかってるよなぁ?もし湊都に投票しなかったらテメェらの膝――』

『と、まぁ。タマちゃんは公平の''こ''の字も知らないやんちゃさんなのにゃ。みんなはちゃーんと自分の意思で優勝者を決めるんだにゃ~。大丈夫、タマちゃんには誰が誰に投票したとか絶対に知らせにゃいから』


よく言った放送委員長!!俺が優勝とか絶対に嫌だから、タマ先輩の脅しを止めたのマジでありがとうございますぅぅぅぅぅ!
あまりの安堵感に足がよろよろする.....。

そんな俺を出迎えてくれたのはやっぱりと言うべきか、爽爾だった。早く脱がせろーーっ!!


「ナイスです!!兎道君!!貴方は僕のミューズです。ステージ上の貴方にどんどん創作意欲が刺激されました!早速デザインを書き留めないと....その衣装は記念に差し上げます。では僕はこれで」

「は!?おいっ、これどうやって脱ぐんだよ!?ふっざけんな.....爽爾ーーーーー!!!!」


追いかけようとした。だけど自分が履いている靴じゃ走ることも出来ない。遠くなる背中に「人でなしーーー」と叫んで.....終了。誰か助けて.....

ううぅ....この姿でうろつくのやだぁ。
でも、誰か探さないとずっとこのままだし....。

控え室からこっそり外を見て、誰も居ないか確認。....敵影なし。みんな美コンのステージに釘付けだから校舎内にはあまり人が居ないはず。悪いけど文貴を呼び出そう。爽爾と文貴は友達だし、この衣装の製作も一緒にやっていた。きっと文貴ならこの衣装の扱いも.....

スマホ、スマホ、文貴に連絡。


『衣装脱ぎたい。爽爾逃亡。文貴へるぷ』


文字を打つと、既読がすぐについてピコンと返信が届く。


『私のクラスにおいで』


すぐ行こう。









《side   end》





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