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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
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しおりを挟む「真面目に答えてくれないと先に進めないよ」
「僕は別に進まなくていいので.....」
「もーー!燈弥君!!」
「ねぇ、セックスできないなら帰っていい?」
眞中先輩はどうやら短気な性格らしい。苛立ちを顕に笹ちゃんを睨みつけると、席を立った。
笹ちゃんはというと、数秒考える素振りをみせ、眞中先輩に近づく。
「─────」
「ッ!?!?」
笹ちゃんは仮面を取り、眞中先輩に何かを囁いた。残念ながら僕の席からは笹ちゃんの顔も、声も聞こえない。ただ眞中先輩の驚いた顔が一瞬で淫靡なものに変わったことから、ろくな内容ではないのだろう。
眞中先輩はルンルンでお茶会から退席し、笹ちゃんは再び仮面をつけ席に座る。
「眞中先輩を招待した意味はなんですか?こんなすぐに帰すなんて.....招待した意味ないですね」
「彼の反応からして明日も来てくれると確信したし、別に今日じゃなくてもいいかなって思って。それに僕....好物は早く食べたい派だから」
「.......僕を優先してくれるなんて光栄ですね」
「ふふ......ねぇ燈弥君」
空気が変わった。笑い顔の仮面の下で、笹ちゃんが笑みを浮かべているとわかるほど、喜色に満ちた声で彼は僕の名を呼ぶ。
瞬間、全身の産毛が逆だったような悪寒に咄嗟に席を立った。背後で大きな音を立て椅子が倒れたが、目は笹ちゃんから逸らせず、喉に何かが張り付いたように声が出せなくなる。
異様な空気感がこの空間を包んでいるような気がした。
「物騒なソレを仕舞って、座ってよ燈弥君。今は話をしたいんだ」
ソレと言われ、彼の視線の先を辿ると、僕の手には始動したリッパーの片割れが握られていた。
.....あぁよかった。僕の身体は自身の危機にちゃんと自動で対処してくれる。
その事にホッとしながら始動を解いた。でも、手は魂写棒を握ったままテーブルに置く。こんな状況で自身の安全を手放す気は更々無い。
「.....話の邪魔をしてすみません。続きをどうぞ笹ちゃん」
「ありがとう。――今日君を招待したのは君のことが知りたいからなんだ。でも、燈弥君ばかり話すのは申し訳ないから、まず僕のことを話すね」
僕の同意無しで、笹ちゃんの昔話は始まった。
聞けば彼は、どうやらあの比良山の一族らしい。
笹ちゃんが比良山だというのに驚きはしたが、火傷の下の顔の整い方が尋常じゃなかったため、直ぐに『あの比良山』だということに納得した。
比良山について僕が知ってるのは、この国で一番美しい無能力者一族ということと、みながみんな欠点らしき欠点のない完璧超人ということ。
「世の中が抱く比良山のイメージはだいたいその通りだよ。でも実際は違うんだ」
「違う....?」
「僕はヴァイスだ。ヴァイスってさ、家系能力でもあるんだよね」
「.....つまり、比良山の人間はみな異能者ということですか。はっ、異能者が堂々とテレビに出演し、挙句国民たちに慕われているとは....皆さんに知らせてやりたいですね。貴方達が持て囃しているのは狂人であると」
「ふふっ、比良山が異能者ということを隠してただけで狂人と断定するんだね、燈弥君は」
それはそうだろう。だって、異能者の違法を見逃すはずのない執行人が裁けていないんだ。それだけで比良山が''おかしい''ということがよく分かる。
「比良山には裏がある。表は燈弥君の知ってのとおり煌びやかな道を歩む国民の憧れ。裏は....美の探求者」
美の探求者?
それは裏と言うには普通過ぎるのはないだろうか。害のないようにみえる。
「比良山の人間は家での教育が終わるまで外に出してもらえなくてね。外界と切り離された世界に置かれるんだ。ああ、教育とはもちろん''美''について。それで、教育が終わると外に出れるわけだけど.....そのときにね、顔を変えるんだ」
「顔を変える!?」
「ふふふ....実は比良山の一族は手広く事業を展開していてね、孤児院もそのひとつ。その孤児院には様々な子供がいて、異能者関係なく、家族を失った子だったり、家にいられない子だったり....まぁそこは普通の孤児院だね。でも、普通の孤児院と違うところもあって.....どうしてか比良山の孤児院には顔の整った孤児が多く集まったそうだ」
美しい一族
孤児院
顔のいい孤児
美の探求者
顔を変える
まさか、ね.....
「それで話は戻るんだけど、比良山は外に出る際に顔を変えるって言ったよね?燈弥君ならもう察しているだろうけど、うん.....比良山は孤児院に居る自分好みの美しい子供の顔を元に『理想の自分の顔』を作っていたんだ」
「ちょっと待ってください。そんな都合のいい顔のいい子供なんて――」
「居ないよ。だから見つけて孤児にするんだ。親とか、親族を殺して。比良山の一族が芸能だけでなく色んな事業を開いているのは顔のいい子供を見つけるためさ。....なんで子供の顔か?大人の顔じゃダメなのかって?――ほら、大人は色々と処分に困るじゃない。足も付きやすいし」
「処分....顔を奪った子供は殺すのですか?」
「うん。だってその子供が成長した時に、自分は比良山の誰々に顔が似てるから比良山の子供だ!とか言い出したら面倒じゃん。たとえ血は繋がっていないとしても、比良山の不利益に繋がる芽は摘んでおかないと」
顔は見えないが、鼻で笑うように自嘲気味に笹ちゃんは言った。
話を聞いて思ったのだが、顔を変える必要はあるのだろか?
比良山は代々みな美しい顔の持ち主だと僕は思っている。ああ、テレビで見る顔のことを言っているのではない。顔を変えるという前の、素の比良山のことを言っている。
だって、笹ちゃんの火傷の下の顔は比良山の名に恥じない美しさだから.....
そう考えていると、僕の疑問を見透かしたように笹ちゃんがクスリと笑った。
「ふふ、燈弥君の考えはわかるよ。顔を奪わなくたって比良山は美しい。まぁ僕もそう思う。....写真を見せようか」
テーブルに置かれたのは2枚の写真。1枚はよくテレビでよく見るクール系のイケメン。
たしか名前は...比良山 嘉人。吊り気味の切れ長の瞳のせいか冷たい印象を与える風貌のイケメンだ。
2枚目の写真。
そこには気弱そうな男が写っていた。下がり気味の眉に、和らげな眦。優男顔とも言えるイケメン。こちらはどこか笹ちゃんに似ている。
2枚の写真には系統の違うイケメンがそれぞれ写っているだけ。これがなんだと言うのだろうか?
「この2枚の写真。どちらも同一人物。今現在、役者として活躍している比良山 嘉人のものだよ」
同一人物!?
「ふふふっ、顔を変える前の嘉人さんの本名は美颯って言うんだ。顔だけじゃなくて名前も変えるなんて....どれだけ元の自分が嫌いだったのかよく分かる」
「元の顔もイケメンでは??子供の顔を奪ってまで他人に成り代わる必要ないじゃないですか」
「隣の芝は青く見える。人ってどうしても他人のものを羨む傾向にあるものだよ燈弥君。あと君の言葉に訂正部分がある。比良山は成り代わっているんじゃない」
「は?」
「子供の顔をスキャンして、パソコン上で好きな顔に弄るんだ。最近のソフトは凄いよね。前はそのまま成り代わってたらしいけど、今はソフトを使って、奪った子供の顔を成長させたり、ホクロを付け足したり、瞳を細くしたり....自分好みに出来る」
「そして出来上がったものを異能で?」
「うん。僕はまだその域に達していないけど、ドールに見せるだけでその顔を奪える。こんな風に」
笹ちゃんは仮面を取った。仮面の下から現れたのは、あの火傷した顔ではなく.....
─────死んだと聞かされた、おかっぱ先輩の顔だった。
「僕は他の人のようにドールに顔を見せるだけで奪えないんだよね」
見た目はもちろん。声もおかっぱ先輩にそっくりだ。
「僕が顔を変えるにはその人の素肌に触れなければならない。だから僕は他人になり変わることしかできないし、みんなのように美を作り出すことも出来ない....でもまぁ、それはいいんだけどね。ふふふ、だってゴトウさんが教えてくれたから。美っていうのは人の想像外にあるものだって。代々の比良山の試みは良かったと思うけど、アレじゃだめ。その結果完成した父さんと母さんはすっごく醜かったから。醜い、醜い。他人に擦り付け、自分は正しいとみっともなく喚く。僕はああはならない。僕なら彼らよりもっと美しくなれる。ふふっ、ふフふふ――」
長ったらしい話だ。大部分が右から左へ抜けていく。だって、話の内容より笹ちゃんの姿の方が気になるから。
僕はたまらず言葉を被せた。
「話を中断してすみません。おかっぱ先輩、いえ、犬養先輩を殺したのは君ですか?その姿は....」
「いいや?僕は自分の美に関係ない殺しはしない主義だから殺してないよ」
「ならなんで犬養先輩の姿をしているのです?話を聞けば比良山は姿を奪った人間を殺すそうじゃないですか」
「僕は比良山じゃないからね。絶縁されたし。この国の美の象徴が比良山だから比良山を名乗ってるだけ。そんなことよりさ!!コレ見てよ!!」
コレと言いながら笹ちゃんは隣に腰かけるソレを抱き寄せた。僕がこの美術室に入室した時点で、既に席に着席していた9人のうちの一人。
犬養先輩のことでいっぱいだった頭は一瞬で彼らへの興味に塗り変わる。それほど彼らは異質だった。
「僕は考えたんだ。人の想像の外にある美について。それでさ思ったんだよね。――そんなの神様しかいないって」
神様。以前美術室でお茶をした時に聞いた。彼が究極の美という名の神様を探していると。
「でも人の想像外って難しいんだよね。つまりそれって作り出せないってことだから。でも諦めきれなくて、自分なりに考えて、描いて、作って....導き出したのが彼らなんだ」
笹ちゃんは抱き寄せた彼の頭を優しく撫でた。
「僕が美しいと感じた部分を繋ぎ合わせたら、それは神様になり得るのでは?って。だって、繋ぎ合わせた美しさは僕の想像できないものだから」
席に座る彼ら。僕は最初彼らを見た時、人間だと思った。それほど精巧であり、人間味があり、生があった。
たとえ、眼窩が空っぽであっても、僕はそれを人だと感じた。
だがよく見れば人形だと気づく。関節の繋ぎ目、光によって光沢する肌。死体だと思ったそれは元々生きてすらいない無機質な物質だったのだ。この暗い部屋に惑わされていた。
嗚呼、でもまるでさっきまで生きていたかのよう。本当に人間に見えたのだ。
「未完成のまま燈弥君にお披露目することになったことは本当に申し訳ない。出来れば完成体を見て欲しかったんだけど、それにはどうしても参考となる実物が多く必要だから」
度々僕の元には切断された手足の遺棄報告が届く。この話の流れからして、遺棄された部位は参考し終わったものなのだろう。しかし見つかったのは手足ばかり。
胴体や首、顔が遺棄されていたとは聞いたことがない。
美しい人形を見やる。服を着せられているそれらは形だけ見れば人間と見間違うほどの完成度。つまりそれは中身があるということ、胴体があるということ。
されど遺棄された胴体など聞いたことない。
......これは行方不明者の幾人かは笹ちゃんに殺されたとみていいだろう。遺体はどこにあるのやら。
「欠損を抱えた生徒。見つかる手足。君が蒐集家だったのですね」
「ふふ.....ねぇ燈弥君。燈弥君の全部が僕は欲しい。だって、君の持つ美しさは間違いなく人の想像の外にあるものだ。僕の人形達がゴミ屑に見えるほどの、ね。だから君が欲しい。どうか....どうか僕に神の救いを――っ!」
リッパーをつきつける。これ以上近づくなという意志を込めて。
すると犬養先輩の顔をした笹ちゃんはニコリと笑った。それは犬養先輩が決してしない笑い方だった。
「そうだった。ごめんね燈弥君。燈弥君の話をまだ聞いていなかった。聞かせてよ。燈弥君のこと」
「僕のガワが欲しいなら話なんて無意味では?」
「燈弥君のこと知らなきゃ燈弥君になれないじゃない」
部屋に飾られる時計に目をやりながら拗ねるように笹ちゃんは言った。
「.......僕に成り代わりたいのですか?」
「本当は美の総代集である人形に触れ、神様になるつもりだったんだ。でも、燈弥君に会っちゃったから。燈弥君の美しさに神様を見ちゃったから。僕は、僕は燈弥君になりたい。神様になりたいんだ」
この狂人が
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