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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《side 食堂》
しおりを挟む学祭まであと1日。
明日への期待と興奮に賑わっているだろう食堂は今、ザワザワと驚愕の声に包まれていた。
それは食堂に足を踏み入れた、ある生徒のせいであった。
目にかかるほどの黒髪。歩く度に前髪から覗く赤い瞳は周りを見ているようで見ていないかのような虚がある。気だるげな表情を浮かべるその生徒は多くの視線に晒されながらも、怯むことなくただ歩いていた。
まるでこの世界には自分しか居ないとでも言うような乖離を感じさせる出で立ち。
だが何より食堂の生徒達がザワついたのは男の纏う軍服のせいであった。
そう、男は生徒会専用の軍服を纏っていたのだ。
「えっ、誰!?」
「あんなイケメンの役員居た!?」
「あれ?なんか見覚えがあるような、ないような.....」
「新しく庶務が入ったとか?」
「ちょっと怖いかも.....」
「顔良.....ッッ」
「ダウナー系の役員か....いいな」
「既視感....」
「えっ、ちょ」
「まてまてまてまて!!嘘だろ!?」
「生徒会の誰かから盗んだんじゃねぇの?あの服」
「スクープスクープ!生徒会に新たな役員が!」
「部長に報告だぁ!!」
「まさか!?っ」
ざわめく中で、なにかに気づいたように驚愕の声をあげる生徒達がチラホラといた。彼らは一様に身体を乗り出し、男の顔を確認するかのように目を見開く。
「──────か、いちょ?」
小さな声がざわめきに飲まれる。しかしそれは、波が押し寄せるように次第に広がっていった。
「やっぱ会長かぁ~......はぁ!?」
「なんだよ会長なわけないだろwあんな不良みたいな態度悪そうなだけど俺の頭はあの男を会長といっているなんでだ嘘だろぉ!?」
「別人じゃん....」
「アッ、癖です」
「確かに会長の面影(?)ある...か?面影なくねぇ?」
「でも会長と言われたら会長にしか見えないな」
「違う!!神崎様はあんな野蛮そうな人間では無い!!」
「解釈違い解釈違い解釈違い解釈違い解釈違い解釈違い」
「スクープ.....スクープ....えっ、これやばくね?部長に話して大丈夫?」
神崎 竜一会長とは似ても似つかわしくない雰囲気。だがみなはその男を会長だと認識する。たとえ口では否定の言葉を吐いていても、心の底では「会長だ」と認めてしまう。
「だる.....」
男は小さく呟くと周りに目を向ける。
否定を吐いていたある生徒は赤い瞳を向けられ口を閉じた。その視線に見覚えがあったのだ。
自身がいじめに悩んでいた時、偶然遭遇した会長に相談したことがある。その時、彼は安心させるように口元に笑みを作り、優しげな眼差しを丸眼鏡越しに自身に送っていた。
たとえ丸眼鏡が視線を窺えさせない色のついたものだとしても、自身は確かに感じた。会長の優しさを。暖かさを。
だがどうだろう?
彼が今こちらに向ける視線には優しさも暖かみも感じない。
ただ空っぽだった
(う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!アレは会長じゃない!会長はもっと包み込むような優しさがあった、会長はもっと気遣うような雰囲気を出していた!)
生徒はかぶりをふり、目の前の現実を否定する。
しかし一方で思う。
あの日相談した会長は、自身の幻想だったのではないかと。優しい眼差し。それは自身がそう思い込んでいただけではないかと。この空っぽの視線に既視感を覚えるのは、以前その視線を受けていたからではないかと。
つまりあの日の会長は....
─────色のついたレンズを通し、自分が勝手に作り上げた偶像ではないか?
「ぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「う''~うぅっううううううううう!!」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!!」
「やだやだやだやだやだやだヤダやだっ、元に戻って!!前の会長に戻ってよ!!ぼくの、ぼくの会長に....!!」
錯乱したかのように次々発狂しだす生徒達が現れる。彼らはこの過酷な環境で、会長である神崎 竜一を心の拠り所としていた者達だった。
彼らは知る。縋っていた優しき救いは、自身らを害する狂気の一員であると。
悲哀、嘆願、哀叫、愛憎、驚愕
混乱と混沌が食堂を包む。
それでも神崎 竜一は気だるげな態度を崩さない。
その瞳は周りの混乱を映してはいても、感情をのせることはなかった。
竜一は2階の役員専用席に腰掛けると、料理を注文することなく天を仰ぐ。
以前の会長時ならありえない、足を投げ出し浅く座る、なんとも態度の悪い姿勢。
「食べないのか?」
そんな竜一に声をかける者が居た。
2階席に上がってきた骨喰 恭弥はやれやれと言うように溜息をつき、竜一の向かいに座る。
「突然学園を休んだと思ったら、突然姿を現す。しかも会長としてではなく神崎 竜一としての素の姿。どういう心境の変化があったんだ?」
「別に」
「まぁ俺としては胸糞悪い演技を見続けなくて済むから嬉しいんだが....」
「......」
「自覚はあったのか?.....はぁ、呆れた。お前、自分の行動がどれだけ''弥斗さん''から外れていたか自覚していたのに─────」
「恭弥」
「は?」
「メシ」
「....子供か。自分で頼め。俺はお前のお守りじゃないんだ」
「カルビ丼」
「竜一」
「カルビ丼」
「.......」
「.......」
「..........しょうがない、今回だけだぞ」
「そのセリフ数百回は聞いた」
「.....」
引きつった顔で竜一を見つめる恭弥だが、当の本人は相も変わらず天井を眺めていた。抗議するだけ無駄と悟った恭弥はタブレットに注文を打ち込み、話を変えるよう咳払いをする。
「で、薬は抜けたのか?」
「頭いてぇ」
「....普通はゆっくりと何年もかけて治療していくものだからな。お前のように2ヶ月そこらじゃ普通は治らん。それくらいの痛みは甘受しろ。それで依存症状は?」
「今のとこない」
「それは良かった」
「聞かねぇの?」
「なにを」
竜一の視線が今日初めて恭弥に向けられた。
ゾッとするほど何も無い瞳。見透かすような、見下すような、無機質な瞳。
恭弥は思った。
『弥斗さんに似ている』と。だがすぐに否定した。
(....馬鹿な。どうして竜一が弥斗さんに似ていると感じたんだ?あの弥斗さんに似ているだなんて有り得ない。錯覚だ。なぜならあの人は唯一無二の存在で────)
恭弥は知らない。弥斗と竜一に血の繋がりがあることを。
ぐるぐると迷路に入りかけた思考は、しかし、竜一に引き戻された。
「いつものお前なら俺にしつこく聞いてくるじゃねぇか。どうして薬をやめた、どうして演技をやめた、どうして、どうして、どうして....ってな」
「なんだそんなことか。....何年の付き合いだと思ってる。お前が大きく動く時はだいたい弥斗さんが関係していると、それぐらい分かる」
「分かってるのか。へぇ.....?」
細まった赤い瞳にじっと見つめられ、嫌な汗が吹きでる。なにか自分は不味いことを言っただろうかと恭弥は考えるが、反芻しても自身の言葉に不自然さは見当たらなかった。
竜一が口元を歪める。
「お前、自分がなんで俺の側に────」
側に?
しかし、その先の言葉は食欲そそる香りを運ぶウェイターによって聞くこと叶わなかった。
「お待たせ致しました。カルビ丼です。.....ごゆっくりどうぞ」
途端に話に興味を失った竜一は丼に箸を伸ばす。
側に────.....その後に続く言葉が気になる恭弥はもどかしげに口を開きかけるが、料理に視線が釘付けになった竜一を前に開いた口を閉じた。
嫌な予感がした。
続きの言葉を聞いてしまえば、自身と竜一の関係が変わってしまうのではないかという────不安。
(知らん顔....それでいいんだよな?一条さん)
恭弥は竜一から目を逸らした。
《side end》
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