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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《ある青年の過去③》
しおりを挟む聞き慣れた声で目が覚め、起き上がろうとした。
だけど、どうしてか身体は鉛のように重く、固められたかのように手足は動かない。ギョロりと眼球を動かす。
そこで少年は異変に気づいた。右側の視界が何一つ外界の情報を捉えることが出来なかったのだ。
.....絶望に染まった金色の瞳は部屋で言い争う2人にへと向けられる。
「あんたがアイツの出入りを黙認していたから起きたことだろう!?責任の所在はあんたにある!」
「何を言っているんだ。それは君も同罪だろう。御幸の出入りを黙認していたのは君も同じじゃないか」
「黙認じゃない!!どうでもよかったんだ!....そりゃ知ってたさ、アイツがあんたに執着していることは。だけど、その執着はとっくの昔に嘉人の制御下に置かれているんだとばかり.....!!」
「制御?ハッ!!御幸を制御だなんてするわけないだろう!?君も気づいていたはずだ。負の感情によってますます綺麗になる御幸を!」
「ぐっ、だ、だとしても!!俺が自分の価値を下げてまで産んだ作品を殺されたんだ!やっぱり御幸を放置した嘉人が――」
少年の絶望は2人に届かない。
なぜなら....彼らは''失ったもの''について口論しているからだ。''今''の少年は目に入っていない。
聡い少年は自身の失ったものの大きさを知り、静かに涙を流した。
「君が─────」
「あんたが─────」
見た目麗しい2人。誰もが彼らを美しいと讃え、夢中になる。だが、そんな彼らは今や唾を撒き散らし、喚くように怒鳴りあっている。
.....その姿は醜く、醜悪だった。
少年は外見だけの美しさだけでは足りないんだと悟る。1番の、究極の美とは中身もそれ相応のものでなければならないと。
しかし、それでは誰も究極の美に辿り着かない。美貌も、運動神経も、知能も、全てを兼ね備え、多くの人から好かれていた嘉人は結局は醜かった。同じく全てを兼ね備え、多くの人から憧れを集めた孤高の存在である道歌も醜悪さに満ちていた。
多くの人から好かれていた彼らが醜いのなら、他の誰が醜くないというのだろうか?
『あ~.....なら視点を変えろ。人の範疇に収めず思考を広げればいい。元来、人は想像を超えたものを美しいと崇める傾向がある。つまり、貴様はそういうものになればいい』
脳裏にゴトウの言葉が過ぎり、身体に電撃が走ったような衝撃を受ける。
「......かみひゃま、だ」
焼け溶け、歪に引っ付いた唇から掠れた声が部屋に落ちた。嘉人と道歌はハッとしたように少年に顔を向け駆け寄る。
「なんて声だ....綺麗な金の瞳も白濁してしまっている!もう少しマシな異能者は居なかったのか!?」
「一族のコネの中で最も優秀な異能者に頼んだんだ。それ以上となると神谷しかいない。....神谷に頼めるわけないだろ?これ以上自由を奪われる訳にはいかない!ただでさえ五大家に弱みを握られているっていうのに無茶言うなよ!」
「誰も神谷に頼めとは言っていないだろう!?私はただもっと優秀な医者を――」
「あ''ーーーー!!もう五月蝿いな!?なら嘉人自身で探せよ!!俺はもうゴメンだ!!こんな醜いガキに労力を使うのは!」
またもや言い合う2人だったが、道歌の言葉を最後に口を噤んだ。そして嘉人が代表するように少年の元へ1歩近づき、微笑む。
「.....私達と君は他人だ。いいね?」
たったそれだけ。嘉人はそれだけ言うとなんの未練もない態度でこの部屋から出て行った。道歌は少年に視線すら向けず、苛立たしそうに嘉人の背を追い足早に去った。
この部屋に居るのは動けない少年ただ一人。
ぎしりとベッドが軋んだ。
少年は起き上がる。動く度に悲鳴をあげる身体。
強烈な痛みと痒みが襲いかかってくる。
それでもやっとのこと、サイドテーブルに置いてある白い仮面を手に取る。
「っ、」
友の名前は呼ばない。少年は嗚咽を隠すようにその笑い顔の仮面を被った。
「うぅううぅ''.....!うぁ''あ''あ''ぁ!!」
たとえ、この部屋に誰もいなくとも。少年は自身の醜さを表に出すことは許せなかった。だから仮面を被った。
口からこぼれ落ちそうな『縋り』も『怒り』も『喚き』も『憎悪』も。
表情に現れそうな『泣き顔』も『嫉妬』も『情けなさ』も。
全て全て全て覆い隠すための仮面。
自身の醜さを隠すための仮面。
そして─────
この焼け爛れた醜い顔を隠すための仮面。
「ぁ''あ''あ''あぁああああああああああああああああああああああああああああぁあああああ''ぁ''ぁ''あ''あ''ぁ''─────」
少年の価値は地に堕ちた。
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