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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《ある青年の過去②》
しおりを挟む少年は笑い顔の仮面を胸に抱き、部屋を覗き込む。部屋の中では少年の母が真剣な顔でパソコンと向き合っていた。
「.....ぁはっ」
興奮したような声。母の顔には堪えきれぬ笑みが浮かんでいた。頬を上気させ、口元は大きく吊り上がっている。
普段滅多に見ない''はしたない''母の顔に少年はじっと目を向ける。
「この子いいね。これなら今のあの子よりも.....あははっ。また新しい''美''が生まれる」
道歌は少年の知らない顔で笑い、恍惚の吐息を零す。そして愛おしそうに画面へ指を滑らせた。
部屋に戻った少年は笑い顔の仮面と向き合う。垂れ気味の眉を更に下げ、不安そうに美貌を歪めると口をわななかせながら唯一の友へ胸の内をなげかけた。
「ねぇ、母さんと父さんは僕を愛しているのかな?」
『.....』
「2人はパソコンの前で僕の知らない顔ばかりする。何をしていたのか聞いても父さん達はいつもの笑みで''仕事だよ''と言う。....ほんとかな?」
『......』
「僕が養子だからのけ者にしてるんだよ、きっと。ナイドも一緒に聞いたでしょ?この前、この屋敷に初めてお客さんが来た時――」
来訪者は金髪の男で、中折ハット帽を目深く被り黒のコートを肩にかけていた。その男は嘉人にこう言っていた。
『お前と道歌の息子とは思えないほど似ていないな....あのガキ』
『それはそうでしょう。だって私は美颯ではないのですから』
『────狂ってンなぁ』
『貴方に1番言われたくない言葉ですよ、それ。さ、無駄話はここまでにして仕事の話をしようか』
少年は去って行く2人の背中を影から呆然と見ていた。頭の中は目の前で交わされていた会話で埋め尽くされ、どういうことなのかと影から飛び出し、問い詰めることも出来なかった。
「っ」
過去の記憶を振り払うようにかぶりを振った少年は仮面に縋るように抱きつく。
「美颯って人が僕の本当の父さん?だって、あの会話はそうとしか.....僕は父さんと母さんに似ていないって.....つまり養子ってことでしょ?」
思い出すと今でも背筋が凍る。美颯ではないと淡々と吐き捨て、無駄話と話を切り上げた嘉人の表情....それは少年が初めて見る父の''知らない顔''だった。
「怖い....父さん達がいつもパソコンと睨めっこしているのは、僕よりも美しい子供を探しているから?僕よりも良い子供を探してるから?.....僕は捨てられるの?」
『....』
「ねぇっ答えてよ!!」
『マスター....俺は寄り添うモノだ。絶対の真実を答えれるわけじゃない。文字通り俺は寄り添う事しか出来ねぇ』
「でも、」
『マスタァ……本当は分かっているんだろ。気づいているんだろ?─────だってマスターは賢いからナ』
ドールの言葉に少年を開きかけた口を噤む。
『この家では美しい人間だけが愛される。ならマスターは大丈夫。だって、両親に愛されているだろ?』
「僕が....愛されてる?」
『外にも出さず、傷つけぬよう大事に大事に扱われている。生きるために何が必要で、どう生きればいいかじっくり教えてくれる。制限されちゃいるが娯楽も与えてくれる。これを愛と言わずなんて言うんだよ。逆に聞くがよぉマスター.....両親が自分の知らない顔をしているだけで、どうして愛されていないと思い込むんだ?』
「.....」
『似ていないからってなんだ?初めて見た親の''知らない顔''がなんだってんだ!?マスター、マスターはもう知ってるし、どうすべきかも理解している。なんせ....この俺が分かっているからなァ!!ギャハハはは!!!』
ケタケタと笑う仮面を前に情けない顔から一変、少年は口端を吊り上げた。黄金の瞳は爛々と輝き、強い意志のこもった視線が仮面に向けられる。
それはまるで....なにかを決意した表情。
.....だがその決意には狂気が宿っていた。
そう、''美''に取り憑かれた少年の狂気が。
「あハハハハ。そうだね!!もっとも~っと求めればいいんだ!!どうすべきかなんて分かりきってたっ」
画面の向こう側でいつも見ていた両親の姿。誰もが見惚れ、誰もが愛し、誰もが讃えたその姿!!
愛されていない?自分が養子かもしれない?
「そんなの関係ない!!美しければ全て手に入る!」
そのために――
「僕が綺麗になればいいんだ、可愛くなればいいんだ、かっこよくなればいいんだ、なにより美しくなればいいんだ!!アははっ、あハハハハ!!ねぇナイド、もっと美しくなれば僕はもっと愛されるよね!?」
『ギャハッ、ああそうさマスター!!1番美しい奴が1番愛される!!』
「んふっ、なら1番になるよ!」
少年は''美''へ貪欲になっていく。
親への疑心を捨て
普通への憧れを捨て
感じる不自然さを捨て
警鐘鳴らす思考を捨て
全てを捨て
少年は''美''へ傾倒していく
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