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第九章 心乱れる10月
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しおりを挟む目が覚める。
視界に入るのは知らない天井。天井から吊り下げられた小さめの電球は、少し暗めで目に優しい。
視線を天井から横に向ける。
僕の横には目を閉じ、ぐっすりと眠るサマ臣君の姿があった。刺青を晒してグースカ寝ている姿はなんとも無防備だ。
起こさないよう、抱き寄せるようにかけられた腕を外し起き上がる。まだ眠っていることを確認しベッドから降りて――
「んっ――ぅ''....」
どろりとお尻を伝う感触に声が出そうになり、咄嗟に口を抑える。うそ....や、っばい。
まだ中に入ってるっ!
自覚したら、それに応えるようにコプコプと音を立て白濁が垂れ流れてきた。
耐えきれずその場に座り込む。視界に入った緩く芯を持つ性器になんだか泣きそうになった。
もう、本当に嫌になる。
それでもなんとか立ち上がり、一歩進んでは耐えてと、時間をかけてお風呂場にたどり着く。
「......」
シャワーにあたりながら考える。
僕が最後に覚えているのは、窒息しそうなほどの息苦しさと、気が狂いそうなほどの快楽。それ以前と以降の記憶は曖昧だ。
セックス....僕はサマ臣君とセックスしたんだ。自分からねだって、腰を揺らして.....。っ、ああ――思い出すだけで顔から火が出そう。
情けない。屈辱だ。あんなの僕じゃない。
っ、そうだ。あれは薬のせい。だからしょうがないことなんだ。あんな、あんなよがり狂って自我を放棄するなんて....普段の僕なら絶対に有り得ない。
うん、だから落ち込むのやめよう。この苦い気持ちを捨ててしまおう。今はさっさと後孔の処理をしてサマ臣君と話し合いを───
「───あぇ?」
ふいに鏡の向こうにいる自分と目が合った。
涙の跡が残った酷い顔に、おびただしい量の歯型とキスマーク。そして何より、深く沈んだ光のない死んだ瞳。
見たことある顔だ。見覚えのある姿だ。
瞬間、天地がひっくり返ったかのようにぐらりと脳が揺れた。立っていられない。崩れ落ちるようにタイルに尻もちをついた。
鏡に映った自身の姿が頭から離れない。そう、まるで今の自分は、あの時の――
「薬のせい.....?は、はははははは.....あっはははははははははははっ!!!――変わってないじゃないか!!僕はっ、なにも!!あの時と変わってないっ」
僕は強くなった。二度と蹂躙されないように。
僕は賢くなった。二度と囚われないように。
なのに、なのにあの日と同じ姿をしているのは何故だろう?ユーベラスで対峙した幼き自分。嗚呼っ、全く変わってない....!
「ぐぅっ、う''う''ぅぅうううううっ!!」
あの時、萩野君から解毒剤を受け取っていればこうなることはなかった。あの時、もっと冷静に他の道を考えていればこうなることはなかった。
っでも!!
抑制剤を選んだことに悔悟はない。兎君を守ることを選んだのに悔恨はない。
.....そうだ、後悔はないんだ。
あの時とは違う。僕は自分でこうなることを望んだんだ。抑制剤を選んだ時に自身がこうなることをどこかで予想していたじゃないか。
無理矢理押さえ付けられたんじゃない。
僕の意志を蹂躙されたわけじゃない。
だから落ち着け。思い出すな。心の整理はもう着いているだろ僕。
これは僕が選んだことだ。
「今頃、湊都は呑気に寝てんだろうなぁ」
背後から聞こえた声に咄嗟に振り向く。降り注ぐシャワーのベールによって視界は悪いが、僕に声をかけてくる人間なんて1人しか居ない。
「お前は好きでもないセックスをしてんのに、救った湊都はおねんねしてるときた。そこんとこどう思うんだ?」
「黙れ、僕が選んだことだ」
「そのザマでよく言えるなァ?死にそうな顔してんぞ」
「っ」
「思ってたんだけどよ、お前にとって湊都はなんだ?そうしてまで助ける価値がある存在なのか?」
服が濡れるのを厭わず、サマ臣君はどんどん近づいてくる。僕は見下ろされるまま、サマ臣君の言葉を何度も頭で繰り返していた。
僕にとっての兎君?
それは――
「....それはたった1人の理解者で、変わらず....今のままでいて欲しい存在」
「燈弥が消費されてまで守る価値があるのか?自分の在り方を諦めてまで守る価値があるのか?」
消費?
在り方?
.....サマ臣君は何を言っているんだろう。
僕は消費されてないし、僕は僕のままだ。諦めてなんていない。
「燈弥ってさ、自分の生き方に潔癖だろ。こう在りたいと決めた道から逸れるのが許せないタイプ。その中でも特に性関係には強い拒絶反応がある。聞いたぜ萩野から。お前、身体をなぞられただけで震えてたらしいじゃん」
目線の高さが合わせられる。するりと頬を撫でられ身体が小さく跳ねた。
僕って潔癖なのか。
あぁでもそうかも。前世の常識にしがみついて生きている。好きでもないのに、フェロモンでセックスしちゃうとか....受け入れたくない。やっぱりこの世界の常識は僕にとっては受け入れがたものだ。
「.....」
自分の思ったことに違和感を覚える。この世界の常識.....?
ぁ、じゃあなんで僕は魂写棒を受け入れてるんだろう?
なんでチビちゃんにキスしたんだろう?
なんで....なんで人を殺したんだろう?
前世の記憶を信奉していたなら、それらは拒絶、忌避しなければならないことだ。
.....あれ?
僕、矛盾してる。
......──────あぁ。そっか。
僕はとっくの昔におかしくなってたんだ。
前世の記憶や常識を理由にこの世界を否定していただけ。兎君をほっとけないのも、彼を救おうとしたのも''まとも''ぶりたいだけ。
人を殺しといて、罪悪感を感じていないのに、前世の常識の中で生きていたいとか....どのツラ下げて言っているんだ。
僕が1番常識から外れた存在なのに。
ああ、ならこの行為も異常ではなく正常なのか。僕も異常、この行為も異常。なら正常.....??
「あはははっ.....」
もう、どーでもいいか。今更まともぶっても、気づいてしまったのなら意味は無い。まぁ、まともぶっていた理由すら僕には分からないけどね。なんでだろう?
「どうしたんだ燈弥?」
目の前の男をじっと見る。シャワーによって張り付いた白いシャツはさぞ気持ち悪いだろう。右肩から這うような刺青が透けて見えた。
「あはっ、なぁに?僕とセックスしたいの?」
そう笑えば目の前の顔は驚愕と、少しの困惑をあらわにした。
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