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第九章 心乱れる10月
《no side》
しおりを挟む「クソがァっ!なんでこういう時に限って体調不良なんだあのクソ眼鏡!!」
永利はこの場に居ない神崎 竜一への文句を吐き捨てながら生徒達に指示を出していた。宮 祐――寮監から見せてもらった部屋割りを頭の中で整理しながら指示を出しているが、薬の影響も相まっていい加減頭が湯だりそうだ。
また、聞いているのか聞いてないのかはっきりしない生徒達の返事も熱を上げる原因になっている。
(こっちはテメェらのために奔走したっつうのになんだその返事は!?あーーっ、ぶっ飛ばしてぇ)
「委員長!!」
「なんだ!?.....あ''?哀嶋か」
発情期特有の症状が見られるが、他のΩよりは正気を保っている紗里斗の姿に眉を寄せる。たとえ理性を保てているからといって、この状況でΩが彷徨いているのは好ましくない。
「戦闘狂、雅臣はどこに居ますか!?」
虚を突くような問に面食らった永利。だが戦闘狂という単語に数分前のことをふと思い出した。
(たしか部屋割りを確認し、娯楽室へ戻る道中すれ違ったな。しかもすれ違いざま肩をぶつけてきやがった。....あの時は後を追って撃ち殺してやろうかと思ったっけな――あ?ちょっと待て)
雅臣への殺意を募らす永利だったが、あることに疑問を持った。
(そういえばアイツ、なんで寮の入口方面に向かっていたんだ?その先には寮監室しかないはずだが――)
「委員長早く答えてください!!私には時間が無いんです!」
(嫌な予感がする。戦闘狂は腐っても鎖真那の名を持つ人間。あの涼しい顔からして、打たれた薬に耐性があるに違いねぇ。俺様も薬物への耐性は持っているが、鎖真那ほどのものじゃねぇし。チッ、この状況でピンピンしている戦闘狂とか面倒事の予感しか....)
「ちょっとっ、聞いてるんですか!?このっ────ヘタレ!!」
「誰に向かって口聞いてんだテメェ!!!」
「がっぁ''!?」
脚を下ろすと同時に''しまった''と顔を歪める。思わず繰り出した回し蹴りに、紗里斗は大きな音とを立て壁に吹っ飛ばされていた。
打ちどころが悪かったのか、数秒待っても起き上がってこない。気絶したらしき紗里斗を前に永利は頭を抱える。
せっかくの使える駒が減った。いや、逆に面倒事が増えた気がした。
永利は舌打ちすると紗里斗を安全な部屋にぶち込み、ため息を吐く。
「.....やっちまったもんは仕方ねぇな。一条と合流だ。俺様はやるべきことはやった。だからもうここに用はねぇ」
自身の出した指示に従うか従わないのか。それは彼ら次第。あとは自己責任で動いてもらうしかない。
バッサリと生徒達への興味と責任を棄てた永利はスマホに届いた燈弥からのメールを確認しながら、合流するべく9階へ向かおうとエレベーターに足を向けた。
だが、ざわつく胸を無視することができず足を止める。
戦闘狂の話題が出てから嫌な予感が治まらなかった。永利は忌々しそうに舌打ちすると、寮監室へと足の向きを変えた。
「宮寮監」
寮監室窓口。声をかければ好々爺然とした柔和な笑みを浮かべる宮 祐が顔を出す。
「おや、もう用は済んだのかい?」
「はい。協力ありがとうございました。....それでお聞きしたいのですが、こちらに鎖真那 雅臣が来ませんでしたか」
「鎖真那君?あぁ、来たとも」
「......何をしに。アイツは貴方になにを頼んだのですか?」
「『鍵をくれ』とね」
鍵
その言葉に永利の心臓が嫌な音を立てる。
「......」
「......」
いちばん重要な『どこの』鍵なのか、寮監は続きを話すことなく顔に笑みを浮かべたまま、『まだ用があるのかい?』とでも言うように首を傾げた。
勿体ぶるような態度に怒鳴りたくなるが、相手が相手なため永利はグッと衝動を抑える。
「.....どこの鍵ですか?」
「──────地下だね」
「ち、か........」
もたらされた情報に背筋が凍る。永利は薬によって火照っていた身体から血の気が引いていくのを感じた。
「ちか?地下、だと.....」
独り言のようにブツブツと言葉を繰り返す。
寮の地下にはαとΩが発情期に陥った際にあてがわれる部屋がある。そう、何者にも邪魔されずαとΩが交合う通称『巣ごもり』と呼ばれる部屋が――
「ぁ.....あああ、あ''ああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
数秒かけて永利は戦闘狂がなにをするつもりなのか理解し、激情のまま頭を掻き毟る。怒りで憤死してしまいそうだった。自分の無能さに喉をかき切りそうだった。
「っざけんな、ふざけんな!!」
悲痛さこもる怒りの言葉と共に脇目も振らず地下へと駆け出す。
娯楽室で永利が手に取った''相性のいいパートナー表''という紙。
目は自然と一条 燈弥の名前を探していた。
そして見つける。
一条 燈弥 ── 鎖真那 雅臣
並んだ名前に思わず紙を握りつぶしそうになった。だがそばに本人が居るためそれも出来ず、苛立ちを誤魔化すように生徒達のパートナーを読み上げた。
燈弥には自分がパートナーだと嘘を吐いて。
階段を駆け下りる永利は後悔する。破り捨てた紙を燃やさなかったことを。燈弥と離れたことを。
「頼むっ.....!!」
間に合えと強く祈りながら数秒かけて階段を駆け下りる。
永利の祈りが通じたのか、駆け下りた先。数メートル先に燈弥を横抱きに抱え歩く雅臣の姿が確認できた。その歩みは余裕すら見て取れ、永利を酷く乱れさせる。
「戦闘狂!!!!」
自身を呼ぶ声に雅臣は足を止め、振り向く。
「....早かったなぁ」
「一条を離せ」
「なんでオレが戦闘狂って?重臣かもしれないだろ」
「あの狂人がわざわざ巣ごもり部屋を使うわけねぇだろ!!いいから一条から離れろ!!」
「なんで?燈弥のパートナーはオレだ」
「っ、」
「緋賀ァ....嘘はいけねぇなぁ」
こめかみに青筋を立てた永利は手に顕現させたハンドガンを握る。対して雅臣は楽しそうな表情で対峙する。
「邪魔すんなよォ。オレはただ燈弥を気持ちよくさせたいだけだぜ?」
挑発するように言うと、雅臣は腕の中にいる燈弥にスリ...と頬を擦り付ける。それだけでなく永利に見せつけるように唇を顔中に降らす。その度に目を閉じた燈弥は熱い吐息を零した。
「触んなっ」
耐えきれず発砲。直後、雅臣に迫るよう距離を詰める。
────ガキンッ、カキンッ!!
しかし永利の放った銃弾は雅臣に届くことなく、甲高い金属音とともに地に落ち消滅した。
雅臣は金属製のドアに手をかけ快活な笑みを浮かべる。
「緋賀~早かったけど、間に合わなかったなぁ?」
その言葉を最後にドアは重い音を立て閉じられた。
「.....は」
掠れたか細い声が廊下に落ちる。
まだ現状が理解出来ていないのか、永利は呆けた表情でフラフラと燈弥が消えた部屋の前へ向かい、ドアハンドルに手をかけた。
ガチャガチャ....ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
当然のようにそのドアは固く閉ざされている。あんなにも呆気なく開き、燈弥を呑み込んだというのに。
「ぁ....うそだろ?嘘だろ...!?嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっっッ!!!!ふざけんなよ!!一条っ!!!いちっ、――燈弥!!」
ドンドンドンドンッ
縋るようにドアを叩く。もう開くことは無いと頭では分かっているのに、なのに何度も何度も叩く。頭で理解していても心は到底認めることが出来なかった。
「戦闘狂!!おいっ....頼む、頼むから燈弥だけは、燈弥だけはやめてくれ.....!なぁ....!!頼むから....頼むから燈弥を穢さないでくれ....っ」
ドアに手を付き、ズリズリと膝を着く。ドアを叩いても返ってくるのは冷たい感触だけ。
永利は恐ろしかった。
この冷たいドアを挟んだ向こう側で行われる営みが。
なぜ怖いのか明確に説明できないが、とにかく恐ろしいのだ。昔体験した、死体だらけの小さな部屋に独り置いてかれるような心細さを思い出す。
「っ」
唇を強く噛み締めすぎたのか、白い絨毯の上に赤いシミが広がった。ピリリとした僅かな痛み。
永利の瞳に物騒な光が宿る。
「もう先のことはどうでもいい.....」
ふらりと立ち上がり右腕を挙げる。瞬間、広い廊下を埋め尽くすほどの銃器が顕現した。その全ての銃口は別々を向いており、まるで今から無差別に放とうとしているように見える。
顕現した銃器達は普通の銃ではない。それはつまり威力も普通とはかけ離れていることを示す。
「ゴフッ.....」
永利は代償によってせり上がってきたものを堪えることなく口から垂れ流した。すると銃器達からキィィィンと黒板を引っ掻いたような、甲高い叫び声のような、金属が悲鳴を上げているかのような、聞くに絶えない不協和音が鳴り響く。
「穢されるくらいなら....グッ、はぁ......一緒に死んでやる」
血走った眼差しは固く閉ざされたドアに注がれる。口腔内に溜まった血を吐き捨てると、最悪ともいえる合図を送るため口を開く。
「一斉掃───」
そして、挙げられた手は振り下ろされ───
「待ちなさい」
「!?」
銃声は轟かず、代わりに落ち着き払った声が永利の耳に入る。更には振り払えないほどの力に腕を掴まれていた。緋賀の血か、それとも自身の才能か、無差別に向けられていた銃口は反射的にその人物へ向けられる。
「宮寮監....退け」
2度は言わないと、確固たる意思が寮監を見下ろす瞳に込められていた。
だがそれでも寮監は朗らかな笑みを崩さない。
「緋賀としてそう判断を下すなら私は何も言わないよ。だけどね、一生徒としてその手を下ろすなら口を出させてもらう。....私に教えてくれ。君のその判断は''緋賀''としてのものかな?」
永利は言葉に詰まる。そして忌々しそうに顔を歪めると、寮監の腕を振り払い目の前のドアを殴りつけた。
「落ち着いたなら物騒な武器をしまって、保健室に行きなさい。ここに居ても辛いだけだろう」
「っ黙れ!!俺は何としても燈弥を――」
─────ブーッ、ブーッ
その時、永利の持つスマホがメールの受信を知らせる。こんな時に誰だと苛立ちながら画面を開くと、メールは一条 燈弥の名前を報せた。
そこに書かれていた内容に思わず永利は唸る。
「.....こっちの気も知らねぇで」
「用事が出来たようだね」
銃器達は既に霧散するように消え失せ、永利の暴走を完全に止めることができたと寮監は内心安堵の息をつく。
「.....」
「緋賀君、君はやるべきことをやりなさい」
まだ迷う素振りを見せる永利に寮監は咎めるように言葉をかけると、廊下の先にへと消えていった。
1人になった永利はスマホを握りしめる。
『僕は平気です。委員長の部屋に兎君が居るのであとは頼みます。頼りにしてますよ』
「平気ってなんだよ、頼りにしてるってなんだよ....」
言葉を残し永利は苛立たしげにドアに背を向けた。
《side end》
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