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第九章 心乱れる10月

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残された僕はとりあえずここから離れるため、エレベーターで上の階に向かうことにする。
その間考えるのはやはり今の状況について。

浪木君はEDということもあってΩのフェロモンも注入されたであろう薬も効きづらい。だから委員長は娯楽室内の対応を頼んだのだろう。でも彼一人では限界がある。せめてあと1人.....

ん?おかしいな。

委員長は娯楽室に番のいない1年のαとΩが集められていると言った。


「......会長とキャベツ君は?」


誰よりも目立つ存在である会長と、僕がいれば直ぐに寄ってくるキャベツ君を見かけなかった。会長はαのはずだ。キャベツ君も大浴場で見たあの紅眼からしてαのはず....。
居ないのはおかしい。


「どういう――」

「んぅ....あつ....」


腕の中の兎君が熱に浮かされたように身動ぎしたため、足を止める。
徐々に瞼の下から覗くのは潤んだヴァイオレット色の瞳。


「大丈夫ですか?兎君」

「こ、こどこだ....?」

「9階の僕の部屋前です。暫くは人が来ないので安心してください」

「なんかムラムラする.....」

「ド直球。気をしっかり持ってください」

「俺発情期来たことねぇから....ヒートって、こんな感じなんだな....」

「え''っ」


嘘でしょ!?
それは....遅いですね。というか薬で初めての発情期を体験するなんて最悪じゃないか。


「ヤ、バい....頭ん中永利のことでいっぱいだ。永利どこ....?」

「委員長はみんなのために奔走中です。.....ここでちょっと待っててください。委員長の服持ってきます」


確かΩは発情期中は好きな人の服で巣作りするんだっけ?それで安心するなら幾らでも委員長の服を使って欲しい。僕の部屋に(何故か)あるから。

瞳をうるうるさせた兎君を壁に凭れかけさせ、素早く自室に入り委員長の服を全てひっつかむ。
巣作りするには少ないけど、それは許して。


「兎君!どうぞ使ってください」

「ん、ぁ....永利の匂いする」


委員長のジャージに包まれた兎君はクンクンと鼻をうずめて瞳を蕩けさせた。
なんか、心配になるほど顔が赤い。大丈夫かな?


「うぅ、永利....ながとしぃ....頭が沸騰しそうだ。さみしい、さみしいよ....かあさん、とうさん....」

「急なセンチメンタル」

「死んでごめん....親不孝者でごめん....うぅ、ぅあぁああっ....ぐすっ」

「兎君落ち着いてください。貴方は死んでいませんよ」

「お''れは死んだの!!トラックにひっ、轢かれて....悲しんでるだろぉなぁ....ぐすっ、うぅっ....」


錯乱してる?発情期ってこういうものなのかな?
でも....この表情は本当のことを言っているような''悲しさ''がある。


「あ''、みんなのことあんまり考え...ないように....ズビッ....異世界で無双できるって、自分を奮い立たせて....頑張ってんのに...ふっ、ぅ....この世界....俺に、優しくねぇしっ」

「異世界??この世界??」


まるで自分がこの世界の住人じゃないかのような話し方だ。


「女の子もいねぇしっ.....ヒック、うぇ....俺が女の子みたいな立ち位置だしっ....でも好きになっちゃったんだから仕方ねぇだろぉ....うぅ、永利....ながとし....どこにいるの....」

「女の子.....女.....」


この世界ではまず聞かない単語。兎君の言葉に『まさか』『そんな』と幾つもの驚愕の言葉が浮かんでは頭の中で荒れ狂う。

確定では?
僕は独りじゃなかった?
この記憶に意味はあるのか?
やっぱり狂ってたのは僕じゃないんだ
僕はおかしくなかったんだ


「兎道 湊都君、君の持つその記憶はなんですか?」


逸る気持ちのまま彼の頬を両手で挟み、逃がさぬよう聞き逃さぬよう顔を近づける。


「俺の持つ記憶??.....ぜんせ」

「​─── ぜんせ」


熱に浮かされ、舌足らずに発せられた言葉は''ぜんせ''....いや『前世』。噛み砕くように、反芻するようにその2文字を何度も口にする。

他人事のように感じるこの記憶は、実感のないうつつのような風景は、こびりついて離れないこの常識は、当たり前のように知っている知らない知識は

......そうか、僕の持つこの記憶は''前世''なんだ。

いままで怖くて、不安で、考えないようにしていた問題に答えが見つかり、胸に熱いものが迸る。


「兎君....ありがとう。僕は君に出会えて本当に、本当によかった」


怖かった。みんなと違う常識を持つ自分が。
不安だった。僕がおかしいのではないかと。
恐ろしかった。一生誰にもわかって貰えない孤独を抱えることが。

あぁ、嗚呼っ!
でも、僕は独りじゃなかった!!
僕はおかしくなかった!!

独りじゃない。たったそれを知るだけでこんなにも嬉しくて、そして....心強く感じる。


「....本当にありがとう」

「?」




溢れる笑みをそのままに、コツンとデコを合わせた。

感謝を君に。











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