上 下
229 / 378
第九章 心乱れる10月

《no side》

しおりを挟む



悔しそうに顔を歪めた竜一は渋々左手を出す。
それを見た弥斗は小さく「いい子」と呟き、刀をその手に握らせた。

すると数秒後に氷は溶け、弥斗の手とシーツを濡らした。


「意地悪言うなよ.....」

「チビちゃんの自業自得だ。.....よいしょ」

「.....?」


ベッドから何故か立ち上がる弥斗に竜一は疑問符を浮かべるも、背を向けて立つその姿に警鐘がけたたましく脳内で鳴り響く。

''置いて行く気だ''

頭に浮かんだ言葉に体が動いた。


「わっ!......どうしたのチビちゃん」

「ふざけんな!!置いて行く気だろ!!俺をっ」

「あははははははははっ、よく分かったね」


みっともなく、それでいて無様だった。
竜一は人格者の名をかなぐり捨てて弥斗の腰に抱きついていた。

媚びるように、懇願するように、縋り付くように。

学園の生徒が見れば百年の恋が冷めるほどの姿。だが竜一にはなりふり構う余裕がなかった。弥斗は容赦なく自身を捨てていくと身をもって知っているから。


「チビちゃん、原因はなんだと思う?」

「は、?」


逃げる素振りがなかった。しがみつかれているというのに弥斗は余裕さえ感じる姿で振り向き竜一に問うてきた。毒々しいと称されてもおかしくないほど邪悪で、それでいて美しい笑みを浮かべて。

しがみつく腕が緩む。


「どうしてこんな状況になっちゃったのかな?平時のチビちゃんなら僕を捕まえるのなんて簡単だったろうに」

「ぁ......」


竜一の胸を軽く押すとその身体は容易くベッドに転がった。ぎしりと音を立て弥斗が竜一に馬乗りになる。


「どうしてだと思う?」


背を丸め竜一の頬を包むように手で覆い、再度問う。近くなった神々しいまでの美貌に竜一は息をするのも忘れて魅入る。柳眉の下に収まる黒曜石如き瞳に吸い込まれそうだ。


「ど、う....して?――ん」


唇に口付けられる。弥斗の問に対する答えを考えようとするが、顔中に降るキスに頭は湯だったように何も考えられなくなる。


「ん、――っ!」


また唇にキスをされる。だが今度は触れるだけの親愛を示すようなものではなく、''性''を感じさせるような生々しいものだった。
唇を割って侵入してきた舌は上顎をなぞり、擦り合わせるように竜一の舌を絡めとる。ハッとしたように竜一がそれに応えようとすれば、今度は逃げるように弥斗の舌は口腔を荒らした。

じゅるじゅると唾液が行き交う音が室内に落ち、竜一は夢中になって弥斗の逃げる舌を追う。

既に竜一の興奮は最高潮に達しており、男根はスラックスを押し上げ、さらに濃い染みを作っていた。


「はっ、ん、....やと、やとっ....!」


足りない。刺激が足りない。弥斗が足りない。
本当は今すぐにでも弥斗の後孔に突っ込んで精を放ちたかった。でもそれを実行する力がない竜一には与えられる快楽に『もっと』と犬のように舌を差し出し媚びるしかない。

だが竜一は''待て''ができる質ではなかった。
あまりのもどかしさにスラックスに手を伸ばし、痛いほど張り詰めた男根を扱こうとした。

しかし、動かそうとした手は瞬時にシーツに縫い付けられ、叱られるようにちゅうっと舌先を吸われ腰が跳ねた。射精感に頭が爆発しそうだった。イきたくて、イきたくて仕方なかった。

竜一が限界に達したその時、弥斗がキスをやめ身体を起こす。糸を引いて離れた淫靡に濡れた唇に目が釘付けになった。そんな竜一を嘲笑うかのように夜を思わせる黒い瞳が三日月状に歪む。


​────ゴリッ.....


「っ~~~~~~!!!」


瞼の裏で火花がほとばしった。思わず喉を反らし、足はシーツを蹴る。
下着に生暖かい感触が広がった。

荒い息を吐きながら竜一は陶然と天井を仰ぐ。

今までで感じたことのないほどの快楽だった。弥斗はただ騎乗位のように上に座り、張り詰めたそこを擦るように腰を揺らしただけなのに。

竜一は呆気なく吐精した。


「​──あ、は......チビちゃん答えて」


視界が陰る。気づけば光を通さないほど深い黒が竜一を見ていた。
そう、竜一だけを見ている。
全てを飲み込むようなその瞳に見つめられるだけで安心する。自分は弥斗のものだと実感できるから。

だから素直に話せるのかもしれない。
少し明瞭になった頭で竜一は答えた。


「.......薬」

「正解。よく出来ました」


褒めるように頬を撫でられそれに擦り寄っていると、自身の頬を撫でていた手がなぞるように段々と首まで下がっていった。


「薬なんてものをやるから僕を逃がす羽目になるんだ。こんな夢か現か曖昧な妄想まで見て」

「妄想なんかじゃ――」

「都合が良すぎると思わない?薬をやっている時に望む存在が目の前に丁度現れ、そして自身に触れ、キスまでしてくれた。君が望む通りに。現実では都合のいいことなんて起こらない。それはチビちゃんが1番身をもって知ってるよね」


その言葉に悦に浸っていた気持ちは一瞬で恐怖に塗り変わる。


「チビちゃん....現実を見ようか。事実を受け入れようか。本当は気づいているでしょ?『弥斗』はこんなことしないって。聞かせてチビちゃん。チビちゃんから見た弥斗ってどういう人なの?」

「や、弥斗は――優しくて、俺を愛してくれて、俺とずっと一緒にいてくれて、俺の番で、俺の....俺の.....」


竜一の瞳から涙が溢れ出ていた。だが、本人はそれに気づいていないように弥斗について語る。
しかし''弥斗''は泣きながら弥斗について語ろうとする竜一の唇に人差し指を押し付け黙らせた。


「チビちゃん。チビちゃんが流すその涙が真実を物語っているよ。君の語る弥斗は君の願望でしかない。ああ、勿論それが『弥斗』だと言い張るならそれもいいよ。チビちゃんが本当にその『弥斗』を望むなら。でもそれなら....チビちゃんが涙を流すなんておかしいね」


自身を見下ろす黒い瞳を滲んだ視界で見つめる。
竜一だって本当はわかっていた。

弥斗は優しくないし、自身を愛していないし、ずっと一緒に居てはくれないし、ましてや番ですらない。

自分で言っていて虚しかった。だから身体は、心は涙を流した。嘘が付けないから。


「弥斗は....俺を家族として愛していた。だから決して一線を越えてこない」


涙が止まらない。自分の言ったことが示すのは竜一の心の支えを否定することだから。
つまり、今目の前にいる弥斗は幻だと、森で幼い竜一にキスをした弥斗は妄想だというのだ。


「.....じゃあ弥斗は死んでいるのか?」


震える声で目の前の幻に聞いた。あの日の温もりを否定するということはそういうことになる。
なら自分は生きる理由がない。

竜一は巨大な虚無感と絶望感に心が死んでいくのを他人事のように感じた。


「......それは違うよ」


滲んだ視界の向こう側、弥斗の表情が強ばっているような錯覚に陥る。すぐに歪む視界のせいだと思い直すが、しこりが心に残った。希望というしこりが。


「弥斗はカタラなんかにやられるほど間抜けな人間?」

「違うっ」

「そう、違う。なら弥斗は生きているよ。チビちゃんの知らないところで幸せに生活してる。だからチビちゃんは​───」

「探す。弥斗を見つける....なんとしてもっ」

「.....あは、結局そこに戻るんだね。うん、もういいや。――チビちゃん、僕を探すなら尚更薬をやめないと。こんなものを使ってるチビちゃんに捕まるほど僕は愚かじゃないよ」

「ああ、やめる」

「そう....」


弥斗は嬉しそうに笑い、首に回していた手に力を込めた。
気管を潰され、途端に息が出来なくなった竜一。咄嗟に首を絞める手を掴むが、竜一は引き剥がそうとはせず、ただ掴む力を強めた。


「チビちゃん....目を覚ましたらちゃんと前を向こう。薬に依存しないで」


その言葉を最後に竜一の手は力なくベッドに沈んだ。








《side   end》



しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!? ※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。 いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。 しかしまだ問題が残っていた。 その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。 果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか? また、恋の行方は如何に。

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

処理中です...