狂った世界に中指を立てて笑う

キセイ

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第九章 心乱れる10月

《no side》

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「顔を上げてチビちゃん」

「.....もうチビじゃない」


愛しい人の声に不機嫌そうに返しながらも竜一は顔を上げる。
その顔に浮かぶはどうしようもないほどの喜び。
焦がれた存在が目の前にいて、優しい声で自身を呼ぶ。

昔やっていたやり取りになんだか泣きそうになった。


「僕にとって、君はいつまでもチビちゃんだよ。たとえ背が大きくなっても.....ね」


頬を撫でられる。昔とは違い、柔らかさがなくなった剣を持つ者の手。だけど撫でる手つきは変わってなかった。
うっとりとされるがままにしていると、カチャリとつけていた丸眼鏡を外された。

色の着いたレンズ越しではない''弥斗''の姿に竜一は確かめるように彼の顔に手を這わす。
輪郭を、目尻を、鼻筋を、耳朶を、唇を....ゆっくりと確認するようになぞった。


「弥斗だ....」


それらをなぞったからといって、確証が得られる訳では無い。弥斗だって成長しているため、昔と同じはありえないのだから。
だが竜一は目の前の男を弥斗だと判断した。
幻ではなく、妄想でもなく、確かに存在するのもだと。

弥斗の両頬に手を当て、そのまま顔を引き寄せる。

そしてちゅ、ちゅと挨拶のように顔中にキスを降らせた。

額に、瞼に、目尻に、鼻先に、頬に、唇――


「口はダメ.....」


唇へのキスは弥斗の手によって阻まれた。


「ん、ん.....」

「っ、チビちゃ....!」


温かい感触が弥斗の手のひらを襲う。
官能を誘うように指の間を舌が行き来し、熱に浮かされた瞳はじっと弥斗に注がれている。

手を引こうにもガッツリと手首を掴まれ、引くに引けない。
異様な雰囲気の中、弥斗は堪らず竜一の頬を張った。


「やと...」


それでも手は離されなかった。視線も弥斗から離れなかった。


「もう、逃がさねぇ」


​────パ、キ.....


弥斗の視界に透き通る程の淡い淡い水色の塊が映った。
左手に重さが加わる。左手が動かない。ひんやりと冷たい冷気が漂う。

凍っていた。
竜一と繋がれた左手は決して溶けない氷の塊によって繋がれていたのだ。


「一緒だ。ずーっと一緒......どこにも行かせねぇ」


驚くことに凍った左手は冷たさを感じていなかった。冷気は感じるのに手が冷たくないとはどういうことか?
凍傷による感覚麻痺.....いや、それにしては症状が出るのが早すぎる。


(....考えても無駄かな)


''弥斗''はいつの間にか竜一の左手に握られていた刀を一瞥すると考えるのをやめた。


「弥斗、俺....今生徒会長やってんだぜ。みんな俺の事すごいやら、優しいやら、褒めたたえて慕ってくるんだ。恋愛相談にも乗ったし、勉強のアドバイスなんかもした。苛めにも手を回して解決したし....まぁとにかく人に喜ばれるようなことを沢山したんだ。弥斗みたいに」


まるで''褒めてくれ''とでも言うように意気揚々と語る竜一に微笑むと、竜一は子供のように顔を輝かせ次々と言葉を紡いだ。弥斗がいない間の出来事を。


「それで藤間が――」

「チビちゃん。物を投げて八つ当たりしたらダメって教えたよね?」


しばらく静かに話を聞いていた弥斗は遮るようにそう切り込む。途端、竜一は叱られた子供のように顔をふいと逸らし拗ねたように口を尖らせた。


「だって....弥斗がいねぇから」

「僕が居ても居なくてもやっちゃダメって知ってるでしょ」

「............ごめん」

「謝る相手は僕じゃない。あとでちゃんと謝るべき人に謝るんだよ」

「わかった」

「よしよし、チビちゃんは偉いねー」

「子供扱いすんじゃねぇ!!」

「未だにものを投げて八つ当たりする子には相応の対応です」

「ぐっ....!」

「あははは」


さっきまでの異様な雰囲気はなく、昔に戻ったようなやり取りに弥斗は胸を撫で下ろす。
これなら主導権を握れる、と。


「さて、チビちゃん。異能を解こうか」

「嫌だ。だって弥斗はすぐどこかに行く、俺を置いて。絶対に解かない」

「相変わらず頑固だね。仕方ない....この方法はあまり使いたくなかったんだけ、ど!!」

「!」


弥斗は始動した双剣リッパーの片割れを右手に持つと竜一の刀を弾いた。音を鳴らし使用者の手から離れた刀は天井に弾かれ、弥斗の手に落ちる。

リッパーの代わりに刀を手に持った弥斗は困ったように笑う。


「切り落とそう」

「なにを....!」

「チビちゃんが異能解いてくれないから仕方ないよね。僕は自分の手を切り落としてここを出ていくよ。チビちゃんを置いて」

「嫌だっ。俺も一緒に――」

「簡単に魂写棒を奪われるくらい弱っているその身体で?あはは、無理だよ。今のチビちゃんなら僕は片手で拘束できる....んー、これは言い過ぎか。でもまぁ、隣にいるクロウちゃんに拘束されるくらいには弱ってるよね。彼に拘束して貰って追って来れないようにしよう」


自身があまり動けないのを自覚しているのか、竜一の顔色が悪くなる。


「うん。君が異能を解かないなら僕は自分の腕を切り落としてここを出てく。そしてチビちゃんには二度と会わない」

「っ」

「チビちゃん、君の答えは?」














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