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第九章 心乱れる10月
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しおりを挟む風紀室に行けば、僕の席に先客が座っていた。
「委員長....いらっしゃったんですね」
奥にある風紀委員長室ではなく、平の風紀委員達が活動する部屋に居るなんて珍しい。
しかも僕の席.....
背もたれに体重をかけているせいか、椅子からギコギコと軋む音が鳴っている。
「あぁ....一条か。どうした」
「どうしたはこちらのセリフです。授業はどうしました?」
「俺様に授業はねぇ」
「授業がないって...そんなわけ――」
あれ?委員長ってどこのクラスだっけ。
今更な疑問に言葉が尻窄みになっていく。
僕は知らない。委員長のクラスを
「はっ....やっと気づいたか。五大家はクラスに所属してない。だから俺様に授業もクソもねぇんだ」
言葉を失う。じゃあ彼はなんのためにこの学園に居るんだろう?だって委員長はクラスに所属してないからといって好き勝手遊んでいる様子が微塵もない。ずっと書類と顔を合わせたり、どこかへ電話をしていたりと.....
「まさか....ずっと緋賀の仕事を?」
僕の問いは沈黙という名の肯定で返ってきた。
つまり委員長はこの学園を回す歯車としてただここに居るだけ。友人を作ることも、みんなと学ぶ楽しさも....青春を捨ててここに居る。
「五大家がクラスに居たら気をつかうだろ。特に俺様....緋賀の存在は生徒を萎縮させる」
「.....委員長が今の状況を不満に思ってないなら僕は何も言いません」
「なんとも思ってねぇよ?不満も満足もない。''こんなもんだろ''ってな」
椅子がくるりと回り、背を向けられる。
心底どうでも良さそうに言う委員長の顔はわからない。
「はぁ....全く。やぶ蛇でしたね。そんな話を聞いたら僕は委員長に気をつかわざるを得ないじゃないですか」
「ふ、ふははっ.....!お前はもっと俺様に気をつかったほうがいいンだよ。容赦なく書類増やしやがって。中3の生徒名簿。もうそんな時期.....いや、遅くねぇか?」
「それはモッチー先生に言ってください」
僕はまずこんなことを風紀がするなんて知らなかったんだけど?
中3の名簿.....
この学園の担任は自身専用のクラス名簿に生徒の日々の授業態度や印象を記入する義務がある。そしてその名簿を風紀は受け取り、名簿を元に危険人物リストを作成している(僕達の前の風紀はこの仕事を放棄した)。
委員長に渡した中3生の名簿がそれである。現3年生の中等部を過ごした3年の月日の集大成。馬鹿にならない情報量というのを付け足しとく。
ここでちょっと余談だが....
生徒会顧問である真波 御影先生を覚えているだろうか?.....そう、近づくとポルターガイスト現象で殺しにかかってくる(?)あのドジっ子属性の先生だ。
彼は去年中等部の担任をしていたらしい。
――もうわかった人も居るだろう。
あの人は生徒と触れ合えない。つまり普段の生徒の生活態度や授業態度が全て『怯え』に塗り変わってしまう。
『真波の名簿は生徒の本質じゃねぇ。てことで聞き込みよろしく』
『は?』
とまぁこんな感じでモッチー先生に押付けられたんだよね。だから真波先生のクラスだけ平風紀委員が中等部行って色んな教師に聞き込みをし、書き記したものになっている。
なんで教師のフォローを生徒がするんだ。普通は教師がフォローするべきだろうに。
....ということをオブラートに包んでモッチー先生に言ったところ――
『いや~俺は俺で忙しいじゃん?』
ってゲーム機片手に言ってきたよね。
まぁ、1つのカセットが焼却炉行きになったのは仕方のないことだ、うん。
だってモッチー先生の怠慢のせいで高等部の風紀の人手が足りなくなり、僕まで風紀室から引っ張り出される羽目になったんだから。
他にもトラブルがあったが、余談はここで終わり!
「大変でした....」
「....よくやった」
この分厚い名簿をまとめるのに起きた、様々なトラブルを知っている委員長が同情的な目で労ってくれた。
「他の委員にも声をかけてやってください」
「それはそうだが....まだ終わってねぇからなぁ」
「あー!もうやりたくないんですけど!?」
委員長がこの名簿に目を通し一際危険な人物を抜粋したら、また僕と平風紀の出番。再度名簿に目を通し、『この子は注意しとこう』と加害者にも被害者にもなりうる生徒を話し合いリスト化(前風紀はこの仕事を放棄)。さらに風紀に入ってくれそうな子も調べなければならない。
「過労死したらどうするんです!?これと通常業務も並行してやらなければならないとか無理ですよ....!」
「俺様に言ってもしょうがねぇだろ。頑張れ」
「.....委員長がこの時期にやるのは遅いといった通り、間に合う気がしなくなってきました.....」
「息抜きは手伝ってやる」
「そこはリスト化手伝ってやるって言って欲しかったです」
目を逸らされた。
許せん。
「腐海棚の時のように、またおカッパ先輩と徹夜で情報を精査しなきゃいけないですね.....辛い」
「おカッパ....?あぁ、お前は知らなかったな。犬飼は死んだぞ」
急にぶち込まれた情報に脳が死んだ。
「しんだ?死?....本当ですか!?」
「そんなたちの悪ぃ嘘つかねぇよ」
あの先輩は荒事とデスクワーク、両方そつなくこなす滅多に居ない素晴らしい人材だったのに!!
なんて損失.....。
「.....敵討ちです。誰ですか?僕の大事な労働力を奪ったのは」
「自殺だ」
「僕のせいですかね.....仕事任せすぎたとか....結構無理難題を任せたりしてましたし.....」
「今日のお前は情緒がブレブレだな」
よく情緒ブレブレになる委員長に言われたくないです。
「自殺理由は不明。.....あ~.....だが哀嶋が怪しんでたな。なんでもΩでもないのに首輪をしていたとかなんとか.....」
「首輪?.....まぁいいです。今はこの分厚い名簿をどうにかしなければ――」
あまりの分厚さに遠い目になりそうだったが、1番上に見覚えのある茶色い封筒が置いてあるのを見つけた。
いつ置いたっけ?と一瞬思ったが、まだ自身の手に持っているため自分のものでは無いとすぐに思い直す。じゃあ、自分のものでないとすれば.....
「委員長も受け取ったのですか?その封筒」
「.....あぁ、これか。役立たずの教師に貰った」
委員長もモッチー先生に貰ったんだ。
「うーん。僕のクラスでは僕と兎君しか渡されなかったんですよね。次のイベントに関係あるらしいですけど.....皆目見当がつかないです」
「どーでもいい。何が来たってどうとでもなる」
「委員長はそうかもしれませんが、僕は違うんですよ。めちゃくちゃ不安です」
「は?.....俺様とお前が揃ってれば不安も心配も考える必要ないだろうが。それにお前は今俺様のもんだ....何があっても護る」
「それはそれはありがとうございます――」
.......
.......
......え?
あ、いや.....咄嗟にお礼言ったけど
委員長、今物凄いこと言わなかった???
すっごい恥ずかしいことを言われたような.....?
っ、護るとかどこの少女漫画!?
あっダメだ、顔が熱くなってきた。
風に当たりたい――
「ふはっ、照れてんのか?」
急に立ち上がった委員長に顎を掴まれ、赤い瞳と強制的に視線を合わせられる。
こちらを面白そうに見るその瞳に『いつもの委員長だ』という安心感と、『ひぃぃぃぃ』と叫びたくなるような羞恥心が襲ってくる。
後者の気持ちが8割。死にそう....。
「.....」
「......!?」
顎を掴んでいた手が頬を撫でるように動き、カチャ...とメガネの柄を触った。その動きに取られるんじゃないかと羞恥心も吹っ飛び息を飲む。だが、その手は特に何もするわけもでもなく、メガネの柄を通り越し耳に触れてきた。
なぞるように、確かめるように。
委員長から邪な気持ちは感じられないため、性的接触ではない。ただ触れるだけの戯れだ。
.....なのに、どうしようもないほど恥ずかしく思うのは何故だろうか?
抗議を言おうとして、何度も開いては閉じられる口。言葉は出てこず、熱い吐息だけが溢れる。
逸らしたくなるほどこちらをじっと見つめる瞳。だけど逸らせない。欲情の熱は感じられないのに、その瞳は異様な光を宿していて逸らしたくても目が逸らせなかった。
「.....なんつー顔してんだ」
その真剣な顔が上機嫌に、嬉しそうに、安心したように....歪む。
「さっさと仕事終わらして飯にしよーぜ」
僕の頭をひとなでして委員長室へ消えていく背中。胸に手を置けばいつもより早い鼓動が伝わってきた。
トキメキ?
....いいや違う。ドキドキじゃなくてドッドッドッドと滝のような奔流。緊張感だ。
あの顔。安心したような、嬉しがるような....なんであんな表情を?
薄々感じていた。委員長が僕に向ける執着は恋愛感情ではないと。....ああ、僕と言うより''弥斗''か。
とにかく、あのドロドロとした身震いするほど強い視線を感じたことがない。
性的接触もされたことがない。
「.....なんなんだろう」
落ち着かない。
あの執着。
あの眩しいものを見るような目。
あの独占欲。
あの好意。
あの行動。
「.....落ち着かない」
わからないから落ち着けない。
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