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体育祭の後
《side 佐竹 綱吉》
しおりを挟む「光秀、報告」
「.....間取 沙織は死亡。幡野 桐也は行方不明です」
「だよなぁ」
目の前に横たわる腹を横に斬り裂かれた沙織君の遺体を眺めながらため息を吐く。乱雑に撒かれた花の残骸がまるで遺体を飾っているようだなと皮肉が思い浮かんだが、流石の俺でも今それを口にすることはできない。
「....沙織君の遺体をこのままここに放置はできないなー。かと言って、彼の両親のとこに届けても沙織君は嬉しくないだろうし.....俺の家で処理するか」
「ではそのように手配致します」
「全く....君はこんなとこで死んじゃダメだろ?沙織君。勝てないと思ったら逃げろと、あれほど言ったのに。――ぶははっ、もしかして咲谷 満が沙織君の地雷を踏んだのか.....?そうだったなら仕方ないと言えるが.....はぁ。今更何を言っても意味ねぇか。サヨナラだ、沙織君」
冷たい頬を撫で、光のない瞳を閉じさせる。
目を閉じた沙織君はまるで眠っているようだ。
「~~馬鹿野郎っ。なんで、なんでっ.....」
穏やかな顔つきにやりきれない感情がせり上がってくる。
「なんでっ、俺の目の前で死ななかった!!お前の生き様っ、その最後をなんで見届けさせてくれなかった!!くそっ!!」
「綱吉様、不謹慎です。内にしまってください。そういうお気持ちは」
「.....はっーーーー。悪かった。桐也君を探そう」
桐也君どうか無事でいてくれ。沙織君だけじゃなく、お前まで死んでいたら俺は少し落ち込む。
「幡野さんを探すにしても手がかりはありませんよ?」
「それを何とかするのがお前の役目だろ」
「人使いが荒い.....こちらです」
「どこにいんのかわかってんのかよ」
「勘です」
「はっはーwやっぱし勘か」
光秀の勘はマジで当たるからバカにできない。
こいつの勘で生き延びたことなんて数え切れないほどあるからな。....俺もう光秀いなきゃ生きらんねぇじゃん。
「.....綱吉様、逆転負けしたにしては清々しい顔してますね?いつもなら泣きべそかいて、その日はずっと指をしゃぶってましたのに」
「ぶはっwいつの話だよww俺もう高校だぞ?負けたくらいで泣かねぇし、指もしゃぶらねぇよ!」
「そうですか。それは良かった」
「ったく.....負けたことに対する悔しさよりも興味の方が大きいんだ。今は知りたくてしょうがない。沙織君と桐也君に何があったのか?神崎君と緋賀君の間に何があったのか?一条君の正体はなんなのか?....早く調べてくれよ光秀」
「過労死させる気ですか?」
「優秀なお前ならだいじょーぶ、だいじょーぶ」
そう言うと光秀は無表情のツラを少し歪ませ、キュッと口を結んだ。一見不機嫌そうに見えるが、こういう顔をする時の光秀は大体照れ隠しをしているというのを俺は知っている。
「ごほん....一条 燈弥についてですが、無能力者のヤクザの息子だそうです。ヤクザはヤクザでも一条組と自身の名前が着くほど大きなとこですよ。.....無能力者同士の間に異能者が産まれるなんて奇跡ですね」
「ヤクザぁ?じゃあ一条君は若頭ってことか?」
「はい。ですが....風紀副委員長・庶務を務めるくらいですから、家が一条さんを次期当主にさせようとも対影が許さないでしょう」
「ああ~.....確かに。というか大物ヤクザかぁ。若頭として家で振舞っているならそりゃ人の扱いは上手いわな。納得」
紫蛇君と黄犀君が言ってた副委員長ってのは哀嶋君じゃなくて一条君か。考えてみたら哀嶋君が情欲抜きで慕われるってなさそうだもんな。彼らが慕っているとしたら一条君しかいない。
そんで、あの変態4人組に慕われるなんて何者!?って感じな一条君はヤクザの若頭。うんうん、納得しかねぇ。
「それでも神崎君達に好かれんのは異常と言えるな」
「あれは好かれると言うより執着ではないですか?」
「あれは好意の域だろ」
「それも時間の問だ――綱吉様、あれは幡野さんではないですか?」
「は?」
向けられた指の先に目をやると木を背に座り込み、膝に顔を埋める桐也君の姿があった。
とりあえず無事なことにほっとする。
しかし、近づくにつれ違和感に襲われた。なにか足りないような、あるべきものがないような....変な違和感。
「こんなとこにいたのか桐也君。探したぞ?」
「.....つ、なよし」
「なんて顔してんだよw」
数時間見ないうちに随分とやつれたように感じる。自信に満ちた挑戦的な笑みは消え去り、代わりに怯えを貼り付けさせ、加虐的な光を宿していた瞳は負け犬のように脆弱さをあらわにしていた。
本当になんて顔してんだ。
「.....幡野さん。首輪はどうしましたか?」
ああ、そうだ。違和感の正体は首輪だ。
俺がプレゼントした琥珀色の首輪。俺の瞳と同じ色の....首輪。
それがない。
「ぁ、あっ、ちがう。ちがうんだ、つなよしっ」
「桐也君~.....見せて?」
「いやだいやだいやだいやだ!!」
狂乱する桐也君を地面に押し付け、隠すように慌てて被ったフードを脱がす。
途端、「あぁ....」と思わず呻く。
あらわになった''うなじ''に目が離せなかった。
「見ないでくれ.....っ、たのむ.....」
そこにはくっきりと歯型が刻みつけられていたのだ。
「つなよし.....き、きらわないでくれ.....」
絶望に涙を流す桐也君
羞恥に身体を震えさす桐也君
媚びるように俺を見る桐也君
縋るように手を伸ばす桐也君
あまりの衝撃にふらりと立ちくらみがした。
あまりの惨状に手で顔を覆った。
あまりの、あまりの――
ああっ、嗚呼っ!!
「───ぶはっwぶはははははははははははっwwはーっはっはっはっはっはっはwはははははははははははははははぁ!!!」
堪えきれない。耐える事ができない。
込み上がる愉悦を抑えることができないっ。
「なwなんてwなんてキュートな顔だ!!桐也君っ、君は今までの中で最っ高に可愛い顔をしている!!!」
人をいたぶり、嘲笑っていたあの顔がいたぶられる側のように惨めに歪む。
俺は加虐に頬を染め瞳を蕩けさせる桐也君も好きだが、絶望に顔を歪める桐也君も好きだ。
ああ、愛おしい。
「....全く綱吉様の性癖には困ったものです。付き合わされるワタクシの身にもなって欲しいですね」
「だって最高だろ!?ずっと死んだような顔の人間が一変して生き生きした目を向けてくんのも!いたぶる側がいたぶられる側のように惨めに顔を歪めるのも!幸せの絶頂にいた人間が絶望に落とされるのも!その変わりようが愛おしいんだ....!」
やっぱり惜しい。沙織君が死んだのが。
彼はいったいどういう気持ちで死んだのか?
この目で見れなかったのが本当に惜しい。
「あーーーー.......勃った」
「.....やめてください。切り落としますよ」
「ぶははw容赦ねぇなぁ。でも諦めろ。自然現象だ」
未だに状況に追いつけていない桐也君の前に座り込む....が、勃ったアソコのせいで上手くバランス取れず無様に尻をついた。ぶははw俺ちょーダセェww
.....少し落ち着こう。
よし。
「俺は知ってるよ?桐也君の気持ち。だって俺が首輪プレゼントしたときすっげぇ嬉しそうだったもん。いっつも聞きたそうにしてたよな?なんで首輪をくれたのかって」
でも俺は見ないフリ、聞こえないフリをした。
桐也君とする駆け引きはいい暇つぶしになったから。....もう今はする意味も意思もないけど。
「俺は俺を楽しませてくれてた桐也君が大好きだ。桐也君には本当に楽しませてもらった。だけどもういいよ」
「.....は?な、何を言って――」
「さよならだ桐也君」
俺は自分の気持ちに嘘がつけない。たとえ数年来の親しい友人だとしても''絶望する顔が見たい''という理由で崖から突き落とすことが出来る人間だ。
....だからこれ以上俺のそばの居るのは許さない。
もう十分だ。
このまま一緒にいると更に君を壊してしまう。望まぬ番を持った君に更なる絶望を与えたくなってしまう。
「────そ、うか。やっぱりお前は俺を捨てるんだな」
「うん」
「お前がどういう人間か知ってた」
「そっか」
「だけど、こんなどうしようもない俺を受け入れてくれた」
「面白かったからな」
「どんな理由でも.....俺を受け入れてくれたお前が好きだ」
「うん」
「すきだ」
「うん」
「ころしてくれ」
「.....」
「顔も知らないαに番にされたから死にたいんじゃない。お前に捨てられたから死にたいんじゃない。おれは、おれはっお前の望む、面白い幡野 桐也にもうなれないから.....おれはおれのままで死にたい。このままだと色んな感情におれが壊されておれじゃなくなる.....」
「そっか」
「俺がドジったのが悪いんだ。.....は、今までやってきたツケが回ってきたってことだな」
桐也君から目を離さず、手を後ろに回せばカチャリと音を立て短刀を渡された。光秀に渡されたそれを強く握りしめながらも泣きじゃくる桐也君の頬を左手で撫でる。
「謝るのはこっちの方だ桐也君。こんな俺に目をつけられたばかりに....ごめんな」
きっと痛いだろう。でも俺は痛みもなく君を殺すことはできない。こんな時にですら俺は君の最後の顔がどんなものか知りたくてしょうがないんだ。
「つなよし、つなよし....こっちこそごめん。ごめんなぁ。一緒にいられなくて....」
「.....俺のためにありがとう桐也君」
人を傷つけることでしか笑えない君。
一心に俺を慕う君。
俺のために幡野 桐也として死を選ぶ君。
─────嗚呼、さようなら。俺だけのΩ
《side end》
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