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第八章 体育祭

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『ケースが揃いましたので、今から閉会式を行います』



僕は2年達が集まるすぐ横で壇上を見上げる。
そばに居るのは僕を支えるケーキ君、後ろから僕の両肩に腕を通し凭れるサマ臣君、あくび噛み殺す弟君だ。

サマ臣君の重さで潰れそう.....ケーキ君が支えてくれなかったら今頃地面に倒れてるな僕。


『では皆さんが集めた宝玉を数えたいと思います。まず2年生』


教師によってケースは開かれる。
11個の凹みに置かれていたのは、


​─────石



「なんでだよ!!!?」



その時、静寂を大きな声が破る。
目を向ければ背中半ばまである三つ編みを大きく揺らしながら壇上を上がる生徒の姿があった。


『閉会式中です。元の位置にお戻りください』

「うるせー!俺が持ってきたケースが全部石ってどういう....まさかっ」


生徒――佐竹先輩は疑惑の言葉と共に隣に並べられている1年のケースを乱暴に開ける。

そこには11個の凹みに規則正しく並べられた宝玉が鎮座していた。


「おい司会!!俺が持ってきたケースがなんで1年側に置いてある!?俺はちゃんと2年のケースと言って渡したぞ!!」

『はい。佐竹 綱吉からちゃんと2年のケースは受け取りました。それがこちらです』


教師が指さしたのは石が敷き詰められたケース。
佐竹先輩は遠目でもわかるほど顔を真っ赤にし、しかし数秒後には色を真っ青に変えた。


「​────そうか。俺の勘違いだったようだ。悪かったなぁ式を中断して」


それだけ言うと壇上から飛び降り、2年生達の中へと消えてしまった。


『ごほん。ご覧の通り1年生の獲得した宝玉は11個。素晴らしい。体育祭優勝は1年生です』


歓声が鳴り響く。喜び破顔する者、隣の人間と抱き合う者、自身の活躍を声高らかに語る者.....
それらを無感情に眺める。


「雅臣の負けじゃん」

「そんな気はしてたんだよなぁ。まず呑気にピクニックしてる時点でおかしいんだよ。もう仕込み終わってたってことだろ?」


抱き込まれたまま甘えるように後ろから頬を擦り寄せられ苦笑いが自然と溢れた。もうサマ臣君のこの距離感もスキンシップも慣れてしまった。


「仕込みは終わってなかったですよ。あの時点では」

「何したのか教えろよ」

「....僕はただメールで忠告とお願いをしただけです」


紫蛇と黄犀に2年ケースの位置を探らせ、それを委員長だけに知らせた。なぜ委員長に知らせたかって?....委員長ならこの情報を上手く使ってくれると思ったからさ。負けていても勝っていても...ね。

まぁ予想とは斜め上の結果になったけど。

安心のための保険をかけていてよかった。
実は委員長がF-6地点へと走り去った後に紫蛇と黄犀に追加のお願いをした。それは佐竹先輩に張り付き成り行きを見て、彼が宝玉揃ったケースを閉会式に持っていこうとしたら偽物とすり替えろという指示。

幸いにも、1年ケースに宝玉を全て渡した委員長は2年ケースをそこら辺に捨てた。紫蛇達はそれを回収し、石を詰め佐竹先輩を追っていたらしい。

佐竹先輩を見つけたのが壇上間際というギリギリのタイミングだったが.....彼らはよくやった。頭ナデナデしてあげよう。

――うーん、今思ったけど結構危ない橋だったなぁ。
判断ひとつ間違えてたら負けてたね....


「メールだけで勝ったってか!いひひひwそりゃオレが見張ってても意味ねぇわな」

「負けたのに嬉しそーじゃん?ついにマゾに転換かァ?」

「なわけねぇだろ」


じゃれ合う2人をスルーして会長と委員長を探す。
会長には生徒会を辞めるにあたって庶務の仕事をどうするか話したいし、委員長には僕が戻るにあたって風紀の現状を聞きたい。

だが見渡しても2人はいない。
あんなに目立つ人達がいないということは....まだ戦ってるのかあの人ら。


「燈弥君~!」


サマ臣君達をケーキ君に押付けて、2人を探しに行くか迷っていると声をかけられる。目を向ければ焦燥に駆られた顔の宮野君が駆け寄ってきた。


「宮野君....どうしたんですか?」

「あ、あのさ....湊都がちょっと変になっちゃって、だけど僕にはどうすることも出来なくてっ、それで、それで....っ」


要領を得ない説明に益々疑問符が浮かぶ。しかし宮野君の泣きそうな顔といい、結構深刻そうな事態だと察する。


「兎君はどこに?」

「こっち!!」


宮野君は人混みを避けながら言う。
兎君は自分の手で人を殺めてしまったと。無抵抗の人間を。なにも悪いことをしていない人間を。

.....なるほど。兎君は童貞を卒業したんだね。



「兎君.....」

「....」


案内されてた先には座り込み顔をうなだれさせている兎君が居た。傍らには血に濡れた魂写棒が寂しそうに転がっている。
僕は魂写棒を拾い上げ、砂を払い膝を着く。


「兎君。たとえ自身の意思と関係なく人を殺めてしまったとしても魂写棒に罪はありません。悪いのは使用者です。なのでこんな風に魂写棒を雑に扱わないでください」

「ちょっ、燈弥君!!」

「芙幸待て....燈弥に任せろ」


掴みかかろうとしてきた宮野君を瀧ちゃんが止める。僕でも厳しいことを言っている自覚はある。
でも大切なことだ。
だって――


「誰も助けてくれない時に、僕達が頼れるのは写し身である魂写棒だけなんですから。蔑ろにしてはいけません。コレは君を唯一理解してくれる肉親であり、落ち込んでいるときに寄り添ってくれる友であり、苦難を共にした戦友であり、幸せを分かち合う恋人でもあるんです。....思い出してください。いつも貴方のそばに誰が居たかを」

「....」


ノロノロと顔をあげた兎君はキュッと口を結ぶと魂写棒に手を伸ばす。伸ばされた手はカタカタと音が聞こえるくらい震えていたが、それでも確かな手つきで力強く魂写棒を握った。


「ぅ、う''っ....う''あ、ぅぁああああ''ああ''っ」

「っ....!」


大きな瞳に涙を溜めた兎君はあろうことか目の前にいた僕に飛びかかって泣き始めた。結構なダメージにひとり静かに悶えていると嗚咽に混じって途切れ途切れに言葉を聞いた。


「ご、う''っ、ううっ、ごめ''んっ、ごめん''、ひっく....しぇいかー、ごめん''....!あ''ぁぁっ、ひっ、うぅうう''」

「....」

「も''、ものにあたって....お''れは悪くないって、う''あぁあっ、おも、思おうとしてっ。おれが、おれがわるいのにっ、うっ、うぅ''、ズビッ....。ご、ごめん''なざいっ、ころ、ころしで...っ、ごめんなヒック、~~あぁあああああああ''あ''あ''」


鼻の奥がツンとした。
僕はあの日....大勢の人の命を奪ったあの日にこんなにも泣いただろうか?
罪の意識で情緒がぐちゃぐちゃになるまで悩んだだろうか?
咽び泣くほど罪悪感に苛まれただろうか?


​───ダメだ。考えるなっ。そんなことを考えたらこの世界で生きていけなくなる!!


「ぐすっ、殺すより....殺される方がマシだっ。こ、こんな気持ちになるくらいならっ」

「そっ――」


『それは君が本物の死を感じたことがないから言えるんだ!!』

グッと歯を噛み締め、口から零れ落ちそうになった言葉を飲み込む。そしてフツフツと溢れそうな嫌な気持ちに蓋をして深呼吸。
これ以上兎君の言葉は聞けない。
僕が揺らぐ。
僕の生きる意思が揺らぐ。

だからごめん。


「んぎゅ.....!?!?」

「....少し眠りましょう。きっと今よりはマシな気分になっていますよ」


僕は兎君の首に腕を回し絞めた。
多少の抵抗はあったが、問題なく意識を落とせた彼を木に凭れかけさせる。
もう後は宮野君達に任せよう。僕はここに居たくない。


「宮野君.....ぇ?」


振り向いたら宮野君と瀧ちゃんが泣いていた。


「宮野君?瀧ちゃん?ど、どうして泣いてるんですか」

「泣い、て?は?....っ!?」


今気づいたとでも言うように瀧ちゃんは片手で目元を覆う。それでも頬を伝う涙は止まっていない。


「な、なんでだろうな?なんか....俺が今ここに立っているのが、とても罪深いことなんじゃないかと思って、しまったんだ」

「そんな....」

「俺は中学から今に至るまで、誰も殺していないなんて言うほど綺麗に生きているわけじゃない。そういうルールだったから、それしか自身が生き残る方法がなかったから.....ははっ、そんなわけないのにな。やりようはいくらでもあったはずだ」


瀧ちゃんやめて。それ以上言わないで。


「俺は間違ってる。殺すなんて本来軽々しく行っていいものじゃない。間違ってるとわかっていて、俺は....見て見ぬふりをした。だって向き合ったら​───」

「瀧ちゃん!!」


肩を掴み揺さぶる。


「瀧ちゃんは間違ってないです。やりようは幾らでもあった?それは今だから言えることです。それに人間というのは大義名分があれば人を殺すことに躊躇いがない生き物なんですよ。特に極限状態に置かれると.....ね。しょうがないことです」


この口は適当なことばかり。極限状態に置かれても踏みとどまる人間はいるし、それが本来望まれる姿だろう。しょうがないで片付けていいことじゃない。

僕だって過去を振り返って落ち込むことはある。
ユーベラスでのことは本当に最善だったのか?って.....でも、それを考えると立ち止まらざるを得なくなる。

僕は自身のために大勢を殺したが、僕には殺した命に見合う価値があるのだろうか?価値がないならやっぱりあの時、僕が死んだ方が良かったのだろうか?

でも今更過去の選択を変えることができない。

なら罪を償う?
無理だ。自分勝手に殺したくせに罪を償うなど、この口で言えるわけがない。
世間からは当然死を望まれるだろう。....だからといって僕が自害すれば、殺されれば、生きるために殺した彼らが無駄死になる。

ああ、考えていると訳が分からなくなっていく。
何が正しくて、どうするべきなのか。
もう、蹲って泣き喚きたい。''誰か助けて''と。

でも助けを乞うなんて許されない、足を止めるなんて赦されない。


「今更向き合っても、悔いても、意味が無いですよ瀧ちゃん。今ここに僕達が在るのは結局はその時の選択のおかげなんですから。.....なら積み上げるしかない。その選択をなかったことにできないなら、更なる屍を積み上げてでも前に進むしかないでしょう?​───そうやって彼らの死に理由をつければいいんです。というか、そう思わないとこんな人生やってらんないですよ」

「は、は.....そ、うだな。やってらんない、な」

「なーに、心配しなくても大丈夫です。どうせ僕達まともな死に方しませんから。死者が手を叩いて喜ぶほど凄惨な最後を迎えるでしょう。だから思い悩む必要ないです。因果応報という言葉もありますし.....」

「つまり燈弥はこう言いたいんだな?――どうせ最後は苦しんで死ぬんだ。なら思い悩まずその時が来るまで楽しく生きていこう....と」

「えぇ、そうです」

「.......最高に自己中な理由だな。そんな最後が訪れる確証もないのに。だが、あぁ.....そう開き直ることが出来たら楽だろうな」


''――歩む道は地獄になるが''

そんな瀧ちゃんの言葉に聞こえないふりをした。


「この話は終わりです。帰ってゆっくりしましょう。いつものようにバカ話する宮野君を瀧ちゃんが小突いて、兎君の暴走に苦笑いながら着いていって.....戻りましょう。寮に」

「.....そう、だな。悪い。急に変なことを言って」

「変なこと?あははは。もう僕は忘れましたよ」


チラリと宮野君を盗み見る。瀧ちゃんは持ち直したようだけど、宮野君は未だに呆然と兎君を見つめていた。


「僕は他にも用事があるので一緒にはいられませんが....宮野君と兎君のこと頼みます」

「わかった」



本当は今すぐやらなければならない用事なんてない。生徒会のことも風紀副委員長復帰のことも....別に今じゃなくてもいい。

だけど、どうしても今は兎君から離れたかった。

僕は彼らを殺した''理由''を貫かなければならない。でも兎君と居ると....どうしてかその意思が揺らぐ。


「はぁ.....」



後味の悪い体育祭だなぁ。











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