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第八章 体育祭
《side 2年裏》
しおりを挟む「Mr.ウマシカ」
「あっ燈弥君!!どうしたんすか?」
体育祭のその日、特に何も考えずグラウンドに向かっていると燈弥に声をかけられる。自分から声をかけることはあっても、声をかけられることは無いに等しいため茂は地味に感動する。
(友達が呼びかけてくれるってめっちゃいいもんっすね!)
浮き足立つ心のまま燈弥に寄って行けば、いい匂いが鼻をかすめた。香ばしいような、甘いような、とてもいい匂いだ。
鼻をヒクヒクと動かす茂の姿に燈弥はクスリと笑う。
「Mr.ウマシカにプレゼントです。体育祭が始まってお腹がすいたら食べてください」
渡されたのは白い紙袋。
匂いに我慢できず開けてみれば、そこには美味しそうなチョコチップクッキーが沢山入っていた。
「いいんすか!?」
「体育祭中、小腹がすいた時用のために作ったのですが作りすぎてしまいまして......友達のMr.ウマシカにお裾分けです」
「友達....お裾分け.....う~~っ!ありがとう燈弥君!!大事に食べるっす!!」
「あはは、喜んでもらえて嬉しいです。......出来れば体育祭中に食べて欲しいですね」
「?わかったっす」
茂は燈弥の言葉に、ただそれくらいが食べ頃なのだろうと思った。そのため特に疑問も持たず燈弥に頷く。
「あ!そういえば燈弥君!!オイラを誘ってくれたっすけど何か頼み事とかあるんすか?」
自身が1年側で出場するのは燈弥が誘ってくれたからだったと唐突に思い出した茂はストレートにわけを聞く。
燈弥の真意を探るわけでもなく、純粋に何か頼まれると信じている茂を前に燈弥は頬をひきつらせた。
「え、っと.....僕はただ単に君が1年生側だと心強いなと思って誘ったので、特に頼み事とかはないんですよ」
「え....」
「ああでも!僕の作ったクッキーをキッカケに友達をいっぱい作ってくれたら嬉しいですね。ほら、美味しいを共有すると楽しいし・嬉しいじゃないですか」
そこまで自分のことを考えてくれていたなんて!と感激した茂は感情のまま燈弥に抱きつく。
「オイラ燈弥君のこと大好きっす....」
「ひぇ....あ、ありがとうございます。僕も君が大好きですよ友達として」
好意を返され、胸がギューっと締め付けられる感覚を覚えた茂はわけも分からず目の前の首筋に顔をうずめた。するとクッキーとはまた違う甘い匂いが鼻腔を刺激し、フワフワと宙に浮くような、地に足が着いていないような心地になる。
「Mr.ウマシカ」
「ん.....」
「もしかして寝てます???え、この状態で?」
呼びかけても抱きついたまま反応のない茂に燈弥は信じられないといった顔で呟くが、どんどんかけられる体重に彼は寝ていると確信を抱く。
このままでは後ろに倒れてしまうため、仕方なく首筋に顔をうずめる彼の頭を引っぱたいた。
「ぅう~.....オイラずっと燈弥君にくっついていたいっす....」
「何言ってるんですか。それじゃあクッキー食べれないでしょう」
「はっ、確かに!!それはダメっすね」
燈弥から離れた茂は大事そうに紙袋を抱える。
「それじゃあ僕は行きますね。まだやることがあるので」
「頑張ってくださいっす!」
燈弥を見送った茂は緩んだ顔のまま腐れ縁である雅臣達を探す。
燈弥には友達と一緒に食べてくださいと言われたが茂にはその気はなかった。わざわざ自身に作ってくれたクッキー(?)を誰かと分け合うなんて、なんだかもったいない気がしたのだ。
ならなぜ雅臣達を探すのか?
「雅臣達に自慢したいっす....!」
分け合いたくないが、自慢したい気持ちはあった。友達からのプレゼント。この喜びを誰かに語りたい、心の内に留めておくことが出来ないほど溢れそうな''ナニカ''を吐き出したかった。
茂は子供のような無邪気な笑顔で雅臣達を探す。
お目当ての人物を見つけたのはアナウンスで裏の舞台である森に移動した時だった。人だかりが出来ていた所から少し離れた場所に雅臣と重臣は居た。
「雅臣、重臣~!」
「あ''?......なんでお前がこっちにいるんだ。1年側だろ茂は」
「聞いてくださいっす!オイラ燈弥君からクッキー貰ったんすよ!?」
「「クッキー?」」
自慢げに紙袋を掲げた茂に雅臣達はそれぞれ反応を返す。雅臣はなぜ茂に渡してオレにはないんだ?という不快感から。重臣は純粋になんでクッキー?という疑問から眉をひそめる。
「.....寄越せ」
「あっ、オイラのクッキー!!返して欲しいっす!雅臣っ、雅臣....!!」
「おれっちにもちょーだい」
役20cmもの身長差がある雅臣に取り上げられたら茂は取り返せない。そしてまだ一口も食べてないチョコチップクッキーを無情にも雅臣は茂の目の前で食べた。
「ん....美味いな」
「どれどれ~......む、美味い」
「お、オイラのクッキー......」
サクサクと音を立てながらクッキーを黙々と食べる2人に茂は顔を歪める。遠慮という言葉を知らないのか?と他人が見れば苦言を呈す程、非情な行為だ。
(オイラの分なくなっちゃう!!)
2人の食べるペースに顔を青くした茂は紙袋奪還のため、雅臣に体当たりする。しかし体幹お化けな雅臣に効くはずもなく、ギロリと見下ろされ固まる。
「しげる~.....あんまし燈弥に懐くな」
それだけ言うと雅臣は紙袋を適当に放る。宙を舞う紙袋は放物線を描き2年生が集まっている中心へと消えていった。
「あ''ーー!?!?オイラまだ一口も食べてないのにっ」
慌てて人混みに飛び込む。人にぶつかりながら紙袋がないか目を皿にして地面を探していると、サクサクと聞き覚えのある音を耳が拾った。
まさかと思いながら顔を向けると、クッキー片手に談笑している生徒が目に入る。
「うまいなぁ。このクッキー」
「ほんとな。差し入れとか気が利くじゃん。誰が持ってきたんだ?」
「知らね。アイツはなんか空から降ってきたとか言ってたけど」
「じゃあ天からのお恵みだな」
「あー1枚じゃ物足りねぇ」
「また貰ってくるか?」
「もう無いだろ。さっき紙袋クシャクシャに丸めてたし」
「マジかー」
耳は信じられない会話を拾う。
『もう無い』と言わなかっただろうか?
茂はフラフラとした足取りで彼らに近づく。しかし彼らの先にあるものを見つけ、立ち止まることなく素通りする。
そこにあったのはクシャクシャに丸められた白い紙袋だったもの。
「燈弥君.....」
ゴミとなったそれを拾い、握りしめる。
(なんかやる気なくなったなぁ。サボろっかなぁ。燈弥君に会いたいなぁ)
茂が呆然と立ち尽くしている時、それは起こった。
「人が倒れたぞーーー!!!」
「け、痙攣してるぞ!?」
「誰か担架を....!」
「どうなってんだ!?あちこちで倒れてるぞっ」
「最後の言葉がクッキーってどういう事だよ」
「ばっか!クッキーに毒盛られてたんだよ」
「ダイニングメッセージだ....!」
「誰だー!?クッキー配ったやつは!」
「裏切り者が紛れ込んでるぞ!!」
「スパイだっ!!」
(え?え?なんすか?何が起こったんすか!?)
一人静かに混乱していると視線が一斉に茂に向いた。どれも敵意を顕にしている。
「あの紙袋らしきゴミ....アイツだ!!」
「アイツの仕業だ!!」
「なんで1年がここにいんだよ!?」
『それでは裏に参加の皆さん。宝玉探しを始めてください』
アナウンスを皮切りに、瞳に憎悪と怒りを揺らめかせた2年達は茂目掛けて駆け出した。
「オイラが一体っ、何をしたって言うんすか!?」
どうして自分が追いかけられるのか理解出来ずに茂はただ逃げる。
《side end》
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