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幕間《蠢く》

《side 哀嶋 紗里斗》

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犬養 亜由夢いぬかい あゆむが自殺した....?」


私がそう聞き返せば、登坂 章二は困惑しながら頷く。

犬養 亜由夢....彼は風紀の2年生で見回りもやるしデスクワークもやるしで、万能型の委員だった。優秀かと聞かれれば頷きずらいが、頼まれたことはきっちりこなす人という印象。
また性格はよく言えば優しく誠実。悪く言えば断ることを知らない堅物。

そのせいか、他の委員に業務を任され遅くまで残っている姿を多々見かけた。


他に印象残っていることと言えば.....


一条さんに『おかっぱ先輩』と呼ばれてたことだろうか。変な呼び名だと嗤った記憶がある。


「それで....死因は?」

「失血死だ。右手首に切り傷。カミソリ片手に風呂場に座り込んでいたらしい」

「それはまぁなんともありがちな死に方ですね」


....これで真相は闇の中。
シリアルキラーに逃げられたあの事件は不可解な点が多かった。
まず、登坂と一条さんが犬養から聞いた紫蛇のゲームによるシフト交代。後々本人に聞けば『ゲームするなんて一言も言ってませんよ?』と間抜け面で言っていた。

次に、犬養から伝えられた私の伝言。『シリアルキラーの牢移動をお願いします』と。
......そんなこと言った覚えないのに。

最後に、牢を開けるためのカードキー。私が持っていたはずが複製されたものが見つかった。


(不可解。不可解すぎます)


その不可解さを解決するためにも3つのうち、ふたつに関わっている犬養に話を聞こうと呼び出したという訳だが......


「本当に自殺なんですか?他殺ではなく」

「争った跡がない。部屋も荒らされていなかったし、身体も綺麗だった。ただ....おかしなことに首輪をしていた」

「首輪??」


思わず自身が着けている首輪を撫でる。
私がこれをつけているのはΩだからだ。どっかの猫男のようなファッションの首輪ではない。


「彼はΩではないですよね。もしかしてファッション??」

「犬養先輩と親しかった人達に聞き込みをしたが、そんな趣味はないと」

「ですよね.....どうしますか?委員長」


さっきからずっと黙りっぱなしの委員長を伺う。
私が出会った頃と同じ不機嫌顔。どうやら実家に帰って吹っ切れたようだ。

表面上は。

私としてはたとえ表面上だけだろうと、取り繕う余裕ができたようで嬉しいです。その内はさておき。


「ほっとけ。唯一の手がかりが死んだんだ。どうしようもねぇだろ。シリアルキラーに聞こうも捕まんねぇし……この件は保留だ。頭の隅に置いとけ」

「わかりました」

.....っす!了解っす!

「問題は体育祭だ。体育祭。ああクソが!なんで参加しなきゃならないんだ」


子供のような駄々にため息がこぼれる。


「かりにも風紀委員長という役職についてるんです。参加しなければ生徒に示しがつかないでしょう?」

「わーってるよ......明日だっけか?打ち合わせすんの」

「えぇ」


打ち合わせというのは体育祭で1年生をまとめる立場にある生徒会と風紀による役割決めの場。
生徒会ということは会長はもちろん、一条さんも出席する可能性がある。

.....少し心配ですね。色々と。


「1年生全員のデータは用意できてるか?」

「....ぃ.....す」


それじゃ伝わらないですよ?
世話のやける男ですね君は。


「はぁ....登坂どうです?」

「用意できてる」

「ならいい。登坂はもう行ってよし」

「....は、い!!」


登坂''は''ということは私は居残りですか。なんの話しがあるのか聞くのが怖いですね。今の委員長は破裂寸前の風船のような危うさを感じる。登坂がいる時はまだ耐えれたのですが、一人で対峙すると身体が、口が、上手く動かない。

それはΩとしての本能なのか、それとも私自身の脳が発する危険信号がそうさせるのか.....どっちにしろよくない警鐘ですね。


​───カチャン


緊張しているせいか、登坂の出ていったドアの閉まる音がやけに耳に残った。


「.....私に何か言いたいことがあるんですか?」

「そんな身構えんな。大した事じゃねぇ。ただ....湊都を俺様の補佐に置くって話だ。戦闘狂捕縛メンバーから外すことになるからテメェに言っとこうと思ってな」


大した事じゃないですか!
委員長が、あの委員長が自身専用の補佐を置くと?それに『湊都』......いつから名前で呼ぶようになったのですか。


「本気で言ってます?貴方の言う補佐というのは名ばかりの愛玩――」


途中で言葉を飲み込む。私のこの言葉は委員長の張り詰めた何かをつつく行為だ。
委員長のその顔を見れば分かる。能面のように温かみのない表情。

嗚呼、なんですかその顔。全然吹っ切れてないじゃないですか。全然取り繕えてないじゃないですか。

むしろ悪化している。


「.....罰として片腕切り落とそうとしていたくせに、彼を補佐にだなんて一体どんな心境の変化が?」

「元から考えていたことだ。それにあいつは口と顔がありゃいい。片腕くらいどうってことねぇだろ」


​──この人はどこまで行っても『緋賀』なんですね。
心に諦観と納得が広がる。


「そうですか。......まぁ私は貴方の判断に従いますよ」

「ならいい。行っていいぞ」



こうして私の業務は終わりを告げた。
風紀室を出て、やっと一息つく。なんて息が詰まる空間でしょうか。


(これも全て一条さんのせいですね。本当に大っ嫌いです。あの人が風紀に来てから委員長はどんどん不安定になっている)



​────ピピピピピ!



自室へ戻る道すがらスマホの着信で足を止める。

非通知番号.....
はて、どなたからでしょう?



「もしもし?」

『​─────』

「あぁ、貴方でしたか」

『​─────』

「!!.......そうですか。情報ありがとうございます」

『―――?』

「ご褒美の為なら我慢もやぶさかではありません。約束、ちゃんと守ってくださいね?....ではこれで」



​────ピッ



明日のこともありますし、今日は大人しく寝ましょうかね。委員長と一条さんのことは一旦忘れる。忘れるべきです。
....しかし、忘れようとしても私の頭の中では委員長と一条さんのことがぐるぐると回っていた。


委員長を惑わし、だけど風紀には新しい風をもたらした。異名持ち資料の整頓、委員とのコミュニケーション、委員長のなだめ役、望月先生の職務態度改善.....一条さんがやってきたことはどれも素晴らしいことばかり。

だが反面、風紀の要である委員長を不安定にさせたり、委員を腑抜けさせたりと悪い面もある。



(彼は....悪魔かなにかでしょうか?繁栄をもたらす代わりに人の心を奪う、壊す)



「ははっ.....私は何を考えているのでしょうか?悪魔だなんて」




自分の思ったことが恥ずかしい。








《side   end》


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