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第四章 雨はお好きですか?

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委員長の仕事量3倍にしようと心に決め、僕は茫然自失している葉谷君を殴り、上から退かす。

馬乗りされていたこの体勢で殴ってもあまり効果はないと思っていたけど、委員長の登場が余程堪えたようですんなり退かせれた。
.......殺意も、憎悪も今の葉谷君からはなにも感じとれない。

暫くは行動不能だろうと思い、僕は軍服に着いた汚れを手で払い兎君の側へ。
うーん、まだ身体が痺れている。歩くのはなんとかできるけど走るのは無理そうだな。

自分の身体をそう分析し周りに痺れなんて悟らせないようにしゃがみこむ。


「大丈夫ですか?」

「.......この状況理解出来ねぇ。なに?俺達助かったのか??」

「えぇ、委員長が僕のメールを覗き見していたおかげで」

「言い方に悪意あるぞお前。覗き見じゃねぇ。ただチラッと見ただけだ。それにお前は俺様に見えるようわざと座り直しただろ」


ああバレてたか。
でもさ、念には念を入れないと。
例え僕が死体で見つかっても委員長が犯人に辿り着けるように保険をかけるのは当たり前でしょ。
ま、僕が死ぬなんてありえないけど。


「うぅ、なんか身体が上手く動かねぇ。なんで燈弥は普通に動けるんだよ」

「僕は針をくらって時間たってますからね」

「そうだっけ?たったの数分の差じゃね?」


普通に動いているように見せているだけで、僕の身体も痺れてるから。ただ自分の弱っている姿を極力他人に見せたくないだけ。


「それにしても.....大人しいな?どうした葉谷 真澄。抵抗してもいいんだぜ?」


またそんな挑発的なことを言って。それで本当に抵抗されたらどうするの?その時は委員長を盾にして逃げるよ僕は。


「抵抗.....?は、ははっ。緋賀に見つかった時点で僕は終わりだ。抵抗もクソもないよ.....」


だけど葉谷君は諦めたように笑うだけで抵抗の素振りを見せなかった。.....思ったんだけど、違反者達はなんで委員長を見ると一瞬で抵抗するのをやめるんだろう?今まで風紀室へ連行されてきた者然り、葉谷君然り。
そんなに''緋賀''は恐ろしいのだろうか?

と、そこへ僕に支えられている兎君がおずおずとした態度で委員長に話しかけた。


「緋賀 永利は殺したりしないよな?」


だから何故フルネーム.....??


「燈弥の言葉からして多分、真澄はとても悪いことをしたんだと思う。だけどたった一回の悪いことで真澄を殺すのは違う」

「.......言うがたった一回じゃねぇぞ。コイツは数十人の命を故意に奪ったんだ」

「っ、だとしても償うチャンスがあっていいはずだ!!」

「なぁちんちくりん。俺様は一度テメェに言ったよな?こういう箍が外れた奴は何度でも同じことをやるって。もう断ち切るしかねぇんだよ」

「俺がさせねぇ!!俺が、俺が監視する!真澄がもうそういうことをやらないようにっ」

「四六時中ずっと監視できるわけねぇだろ」


僕は二人の会話を聞きながら『そういえば根岸君は大丈夫だろうか?』と心配になり、さっきまで彼が転がっていた場所に目を向けた。

しかしそこには誰もいない。

慌てて根岸君を探せば、葉谷君に寄り添うように一緒に居た。その事に逃げたのではなかったんだと少し安堵する。


「根岸君――」


葉谷君の処遇についてどういう嘆願 たんがんがあるのか話を聞こうと彼らの元へ足を向け......そして僕は凍りついたように足が動かなくなった。


「湊都.....もういいんだ」

「?.......幹登、なんだよもういいって」


それは根岸君と接してきた今までの中で、見た事ない程穏やかな微笑だった。


「真澄のためにありがとうな」

「おいっ、だからなんだよ!?なんでそんな、そんなっ.....諦めた顔するんだよ!!」


あぁ.....彼は決めたんだ。そう思わせるような顔だ。


「ははっ。俺さ......一条と鉢合わせたあの夜、真澄がコソコソ部屋を出てくのに気づいて後をつけてたんだ。そんでそこで知った。真澄が1年前くらいから人を殺してる吊るす男なんだって。......真澄さ、吊るす時に『雨が降りますように』って手を合わせて祈ってんだぜ?その光景見てピーンときたね!俺の良かれと思っての行動は真澄を狂わしてただけだったんだってな!!」

「み、みきとっ.....!ごめん。僕は幹登にそばに居て欲しくてっ」

「いいんだ」

「え?」

「実は真澄と一条の話聞こえてたんだ」

「幹登聞いてたの!?」

「うん。俺さ.....すっごく嬉しかったんだ。はははっ、俺のせいで人が死んでるのにヤバイよな!真澄のっ――その俺に対する異常な独占欲が心地いいなんて!執着心が嬉しいなんて!」


涙をポロポロ零しながら根岸君はくしゃりと顔を歪めた。彼のその姿に葉谷君も瞳を潤ませる。


「ぁ、ごめん......。ご、ごめん幹登。僕が悪かった――だからそんな顔しないでっ。僕は幹登にずっと笑顔でいて欲しかっただけなのに!なんで、なんでこんな罪を犯してしまったんだろうっ。ごめん、ごめんなさいっ。ひ、緋賀!僕を懲罰棟にぶち込むなり、殺すなりしてくれ!だけどっ幹登だけは、幹登だけはなにもしないで.....!お願いだっ」


驚いた.....。さっきまで諦観していた葉谷君の雰囲気が嘘のようになくなっている。懺悔するように涙を流し根岸君にしがみつく彼は先程まで僕を殺そうとしていた彼とは別人のように見えた。


「.....はぁ。わかった。テメェのその態度とちんちくりんの言葉に免じて――」

「真澄」



ぞわり

まるで耳にこびりつくような毒々しい声音に怖気が走った。


「真澄違うだろ。真澄は人を殺しちまうほど俺が欲しかったんだよな?狂うほど俺を独占したかったんだよな?」


あれは誰だ?


「なら離れちゃダメだろ。離しちゃダメだろ。最後まで.....堕ちなきゃダメだろ」


口端を釣りあげ妖艶に嗤うあれは誰だ?
急な豹変にあの委員長ですら驚きの表情を露わにしている。


「俺はもう真澄なしじゃ一時もまともで居られないよ。そんな俺を置いてかないよな?そう壊したお前が俺を置いてくなんてないよな?」


根岸君の豹変に葉谷君は瞳をドロリと蕩けさせ嬉しそうに口元を綻ばせた。
そんな2人の様子に僕の脳内は警鐘をけたたましく鳴らす。


「嗚呼そうだ。なぁ......真澄の全部を俺にくれる?」

「あぁっ――うん!う''んっ!!あげるよ!!僕の全部は幹登のものだよっ」

「そっか。なら――」


ガチャりと根岸君は


「まさか....」


彼が何をしようとしているのか嫌でもわかり、止めようと足を踏み出すが――刹那、根岸君と目が合う。

その瞳に宿った諦観と安堵は僕の行動を鈍らせた。



「湊都、一条......ありがとう。あとごめん」



(っ、間に合わない!!!)



そして彼は葉谷君を抱きしめたまま義手から手を離した。







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