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お母さんとお父さんの気持ち ~たとえ敵が魔神(まじん)だって、竜(りゅう)だって~
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電気ケトルが、かちり、と音をたてる。
わかしたお湯で、和樹があたたかいコーヒーをいれてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、和樹」
和樹の顔、元気がない。
ごめんね、そんな顔をさせて。
わたしがあせって、和樹とよるにイヤな思いをさせた。
「……よるの終わりのひとこと、キツかった。家族のなかで自分は大事な話にまじれない、そんなふうに思っていたなんて」
「……うん。もしもわたしがよるだったら、そう思っちゃうかも」
「俺もさ。何かさ、グランディアによばれたばっかの頃を思いだした」
「どうして?」
和樹がグランディアによばれて、すぐ?
「何かあったっけ? わたしもいた?」
「きみといっしょに世界をあるきはじめたころだよ。ファルル、おぼえてないかな。さいしょのうち、『会議に子どもは出なくてよろしい』って作戦会議に、呼んでもらえなかった」
「あっ」
●
そうだ。
もうすぐ中学生だった和樹にあわせた、服と見た目に変えていたわたしもだったじゃないか。
だから、月の女神って言っても、信じないひとたちはいっぱいいた。
大人をからかうなって。
そうなんだ、へええって笑うひとたちもいた。
もちろん、みんなじゃなかった。
信じてくれたひともいっぱいいたけれど、やっぱりショックだった。
●
「そんなこともわすれてた。子どもだって大人といっしょだよね。好き、キライ、大切なもの、守りたいもの、言いたいこと…………あれ? ファルル、いま何か言った?」
「和樹こそ、何か言わなかった?」
…………お願いしてた?
声がラナっぽい。
でも、ラナはいつも自信マンマンで、おしとやかだし……ちがうか。
通信の魔法道具はあるのに、あっちから連絡してくれないし、こちらから連絡しても、『みんなで頑張ってますので、ご安心ください』しか言わないしなあ。新しい月の女神として心配かけたくないんだろうけど。
” ファルルにカズキ、気づいて! ラナの声が世界を越えてきた! よるにまで届いてヤバい! ”
「え? ひぐれ……ヒースの声?! どういうことなの?!」
ラナの声が世界を?
こっちにきて十年ちょっと。
そんなの、いっかいもなかった!
何が起きてるの?!
「ファルル! よるの部屋だ!」
和樹が、ケモノのようにリビングを飛びだした。わたしも同じ動きでおいかける。グランディアを冒険しているときは毎日のようにこんな動きをしてたから、まだおぼえてる。
だけど。
階段をのぼったら和樹が必死になってよるの部屋を見回して、大きな声を出している。
「よる、どこにいるんだい?! よる!」
よる、いないの?!
さっきまで寝てたのに!」
「よるがいない! リュックサックもない! まさかほんとうに……グランディアへ?!」
「和樹、待って! 朝におろすつもりだった、よるのワークブーツがない!」
「まさか! いつ外に?!」
「いた! よるとヒースの気配、近くの公園に!」
「何だって?! ……本当だ! 今すぐ行こう!」
” よる、僕を離さないで! あ、そんなばかな! 体が! ”
” は、はい! でも待っ、て……きゃあああああっ! 落ちる! ”
” 【誰か、あの子を助けて!】 ”
何なの?
どうしたっていうの、ラナ!
はぐれ魔族でも大あばれしてるの?!
「そんな! よるとひぐれの気配が消えていく! 待ってくれ、ダメだ! ふたりとも!」
いっしょうけんめいな和樹の声がひびいた。
そして。
ふっ、と照明の光が消えるように。
よるとひぐれ、ラナの声と気配が消えた。
「ファルル、手を出して! ラナにあずけてある、勇者の剣のところに飛ぶ!」
「は、はい!」
「よるに傷をつけようとするやつは、たとえ敵が魔神だって、竜だって、絶対に守る! ファルル、俺は風の術でジャンプするから手つだって!』
ひさしぶりに、和樹が本気で怒った顔を見た。でも、わたしも似たような顔をしているかもしれない。わたしたちのいのちより大事なよる。魔神だろうと誰だろうと、守りぬいてみせる。
ぜったいに。
ぜったいに、だ!
和樹が右手のグーを体の前にのばした。勇者の術式の準備だ。わたしも上に向かって左の手のひらをのばし、ひろげる。
和樹の左手と私の右手はつないだままだ。
よる!
無事でいて!
すぐ行くから!
私は月の女神としての呪文をとなえる。和樹は呪文をひとつとなえるたびに、指を一本ずつ広げていく。たぶん、『いだてん』。
あれなら、わたしがちかづけたふたつの世界のあいだをいっしゅんだ。よし、わたしも!
” 【もと月の女神 ファルルは願う】 ”
” 【日本と グランディアの月よ】 ”
” 【わたしの声を】 ”
” 【お願いを聞いて?】 ”
” 【ふたつの世界は すぐそば】 ”
” 【手を伸ばせば】 ”
” 【ふれあえる】 ”
” 《風《かぜ》よ》 ”
” 《願《ねが》いをきけ》 ”
” 《この体を》 ”
” 《グランディアの我が剣のもとへ》 ”
” 《はこぶ力を!》 ”
” 【距離短縮魔法! 転移門! 】 ”
” 《風魔法、韋駄天っ!!!》 ”
「ファルル、俺につかまって! 行くぞおおおおおおおお!!」
「うんっ!」
よる、ひぐれ!
待っててね!
すぐに行くから!
わかしたお湯で、和樹があたたかいコーヒーをいれてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、和樹」
和樹の顔、元気がない。
ごめんね、そんな顔をさせて。
わたしがあせって、和樹とよるにイヤな思いをさせた。
「……よるの終わりのひとこと、キツかった。家族のなかで自分は大事な話にまじれない、そんなふうに思っていたなんて」
「……うん。もしもわたしがよるだったら、そう思っちゃうかも」
「俺もさ。何かさ、グランディアによばれたばっかの頃を思いだした」
「どうして?」
和樹がグランディアによばれて、すぐ?
「何かあったっけ? わたしもいた?」
「きみといっしょに世界をあるきはじめたころだよ。ファルル、おぼえてないかな。さいしょのうち、『会議に子どもは出なくてよろしい』って作戦会議に、呼んでもらえなかった」
「あっ」
●
そうだ。
もうすぐ中学生だった和樹にあわせた、服と見た目に変えていたわたしもだったじゃないか。
だから、月の女神って言っても、信じないひとたちはいっぱいいた。
大人をからかうなって。
そうなんだ、へええって笑うひとたちもいた。
もちろん、みんなじゃなかった。
信じてくれたひともいっぱいいたけれど、やっぱりショックだった。
●
「そんなこともわすれてた。子どもだって大人といっしょだよね。好き、キライ、大切なもの、守りたいもの、言いたいこと…………あれ? ファルル、いま何か言った?」
「和樹こそ、何か言わなかった?」
…………お願いしてた?
声がラナっぽい。
でも、ラナはいつも自信マンマンで、おしとやかだし……ちがうか。
通信の魔法道具はあるのに、あっちから連絡してくれないし、こちらから連絡しても、『みんなで頑張ってますので、ご安心ください』しか言わないしなあ。新しい月の女神として心配かけたくないんだろうけど。
” ファルルにカズキ、気づいて! ラナの声が世界を越えてきた! よるにまで届いてヤバい! ”
「え? ひぐれ……ヒースの声?! どういうことなの?!」
ラナの声が世界を?
こっちにきて十年ちょっと。
そんなの、いっかいもなかった!
何が起きてるの?!
「ファルル! よるの部屋だ!」
和樹が、ケモノのようにリビングを飛びだした。わたしも同じ動きでおいかける。グランディアを冒険しているときは毎日のようにこんな動きをしてたから、まだおぼえてる。
だけど。
階段をのぼったら和樹が必死になってよるの部屋を見回して、大きな声を出している。
「よる、どこにいるんだい?! よる!」
よる、いないの?!
さっきまで寝てたのに!」
「よるがいない! リュックサックもない! まさかほんとうに……グランディアへ?!」
「和樹、待って! 朝におろすつもりだった、よるのワークブーツがない!」
「まさか! いつ外に?!」
「いた! よるとヒースの気配、近くの公園に!」
「何だって?! ……本当だ! 今すぐ行こう!」
” よる、僕を離さないで! あ、そんなばかな! 体が! ”
” は、はい! でも待っ、て……きゃあああああっ! 落ちる! ”
” 【誰か、あの子を助けて!】 ”
何なの?
どうしたっていうの、ラナ!
はぐれ魔族でも大あばれしてるの?!
「そんな! よるとひぐれの気配が消えていく! 待ってくれ、ダメだ! ふたりとも!」
いっしょうけんめいな和樹の声がひびいた。
そして。
ふっ、と照明の光が消えるように。
よるとひぐれ、ラナの声と気配が消えた。
「ファルル、手を出して! ラナにあずけてある、勇者の剣のところに飛ぶ!」
「は、はい!」
「よるに傷をつけようとするやつは、たとえ敵が魔神だって、竜だって、絶対に守る! ファルル、俺は風の術でジャンプするから手つだって!』
ひさしぶりに、和樹が本気で怒った顔を見た。でも、わたしも似たような顔をしているかもしれない。わたしたちのいのちより大事なよる。魔神だろうと誰だろうと、守りぬいてみせる。
ぜったいに。
ぜったいに、だ!
和樹が右手のグーを体の前にのばした。勇者の術式の準備だ。わたしも上に向かって左の手のひらをのばし、ひろげる。
和樹の左手と私の右手はつないだままだ。
よる!
無事でいて!
すぐ行くから!
私は月の女神としての呪文をとなえる。和樹は呪文をひとつとなえるたびに、指を一本ずつ広げていく。たぶん、『いだてん』。
あれなら、わたしがちかづけたふたつの世界のあいだをいっしゅんだ。よし、わたしも!
” 【もと月の女神 ファルルは願う】 ”
” 【日本と グランディアの月よ】 ”
” 【わたしの声を】 ”
” 【お願いを聞いて?】 ”
” 【ふたつの世界は すぐそば】 ”
” 【手を伸ばせば】 ”
” 【ふれあえる】 ”
” 《風《かぜ》よ》 ”
” 《願《ねが》いをきけ》 ”
” 《この体を》 ”
” 《グランディアの我が剣のもとへ》 ”
” 《はこぶ力を!》 ”
” 【距離短縮魔法! 転移門! 】 ”
” 《風魔法、韋駄天っ!!!》 ”
「ファルル、俺につかまって! 行くぞおおおおおおおお!!」
「うんっ!」
よる、ひぐれ!
待っててね!
すぐに行くから!
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