異世界花火 ～よう、楽しんでるかい～

開戦

57 閻魔様に首を垂れて、出直してきな。

　結界の中と外で、蓮次の背中を必死に見つめる人間達がいる。

　手を合わせて、胸の前で腕を組んで。
　蓮次の背に、一心不乱に祈る人間達がいる。

　それは結界の外の『祭囃子』の三人も同様だった。

（蓮次、蓮次蓮次！　頑張って！　私達の気持ちも一緒だよ！）
（ぶちかましちゃえー！）
（今日の蓮さん、気迫がヤバい。……こりゃ来るね）

　奏、エル、京は濡れるのも構わずに、蓮次の背中を見つめ続ける。


「足蹴にされていい命なんざ手前てめえ等が好き勝手に踏みにじっていいもんなんざいっこもねえ。踏みにじられる為に生まれてくる奴なんかいやしねえんだ。ましてや、手前等なんかにな」


　ふわり。
　伸ばした右手の人差しと中の二本の指が、濡れた砂浜を差す。

　その瞬間。

　ゆらゆらと無数に蓮次の周りで漂っていた言の葉が蓮次の身体に吸い込まれていった。



『建』

『御』
　
『雷』

　


　
”　建御雷ルビ　”



　

　武神、建御雷尊の分御魂を持つ男、棒手振りの蓮次の二本の指が、ふわり、と逆袈裟に振り上がる。

　その瞬間。

　砂浜からの斬撃が、海を真っ二つに割りながら滑っていった。


「閻魔様に首を垂れて、出直してきな」



●



　海戦を何度も経験しているマルイエからしても、眼前の光景は異様だった。ダノンの海辺が再度白く光った瞬間に、操船に四苦八苦していた暴風雨が収まり、夕焼けが海面を染めているのだ。

　そして、次の瞬間。
　砂浜から切り込みを入れたように割れていく海に、マルイエは悟った。

（海をも割るか。相手は……神の力を具現できる程、だったか）

　グレブ旗艦内でひたすらに笑っていたファルナスの動きが固まった。

「ひゃ、はは……？　なんだ、ありゃ……お、おい、海が！　マルイエ！　どうにかしろ！　助けろ！　おいいいいぃぃぃぃ！」
「ファルナス様、我らがお供しますゆえ」
「嫌だ、死にたくない！　誰かあれを止めろ！　誰……？！」

　衝撃音。
　傾いた艦橋。
　割れた海に、沈んでいく幾つかの艦。

　グレブ帝国は総力戦で挑んだこの戦争で敗北を喫し、時を挟まずに追撃を仕掛けたザンザムールに攻め落とされ、終焉を迎えたのだった。