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開戦

41 だいたい、さ。

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「………………喋れたんかーいっ!!!」

 念話と言葉でのやり取りに、流暢に返事をしてきた『阿』。しかもどこで仕入れたのかファンタジー風に味付けのある台詞で、である。

 京は驚きの余りに狛犬のたてがみを手放し、後方に体を持っていかれた。

 それでも何とか身体を捻って、を踏みながら地面に降り立つ。

 怒涛の勢いで『阿』に文句を言い始めた京。

「ザンザムールとグレブの軍勢を一気に抜き去って、本命の竜戦を始めたかったんですよ本当は!理解できるなら最初からコミュニケーションを取って下さいよぉ!」
(何を怒っているのだ?解せぬ)

 だが、そんな台詞は従魔でも眷属でもない、ましてや格上の存在に届く訳がなく。

「会話ができるなら、最初からそうしてくれてたら作戦会議とかできましたよ!何なんですかぁ!」
(意思の疎通など、無論出来るに決まっていよう。我は八百万の神々に仕える『阿』ぞ?全くぎゃうぎゃう!と煩わしい。これだから人間は)
「僕が悪い感じに持って行った?!」
(はあ。我はくぞ。なんちゃってポニテ女子が)
「どこでそんな言葉を?!というか、紛うことなき男子ですから!もう鳴き声に戻して下さって結構ですよ?!とっとといってらっしゃいませ!」

 ふんっ!

『阿』が鼻息ひとつ、駆け始めた。
 京は肩を落としつつ、竜に向かって跳ねる様に空を駆ける『阿』の後姿を見送る。
 程なく、竜と『阿』の雄たけびが重なり合い上空では二頭の牽制が始まった。

(全く、もう!……まあ、余裕そうだったから大丈夫だよね。さて、こちらも行きますか)

 京が前方を見やると、グレブの軍勢は竜と『阿』を見上げて騒いでいる。

(こちらが頼みの綱の竜を狙って戦闘を始めた事に驚いてるね)

 賢明にも、ザンザムールの兵達はどこ吹く風、の姿勢である。

「お、ザンザムールの皆さんは突発的な事態にも動じてませんね、素晴らしい。さて、と。赤と黒にロックオン。グレブの先頭、距離1500m。小手調べだけど、派手に吹っ飛んでもらいましょうか。『燕』、お願い。僕に力を貸してくれるかい?」

 左手で柄頭をとん、と叩くと、愛刀はぶるりと震えた。
 
 すらり。

 京は優しく愛刀を抜き放って鞘をストレージに収め、脇構えの様に身体を沈めた。





 古刀、燕。
 名付け親は京である。
 
 蓮次の傍にあるゲートを通じてイワナガビメとサクヤビメから刀を借り受けた京が、初めて魔獣と戦闘をした時、振りぬいた刀から小さな黒刃が飛び出して離れた敵を斬りつけた。

 それを見て『まるで舞う燕みたいだ』と後に京が名付けたのだった。

 反りと刃紋の見事な鍔無しの刀は、使用者の術や魔法を斬撃に取り込むと同時に、意志や気力をブーストで乗せる効果を持った。

 まるで、京の感情に共鳴するように。



「だいたい、さ」

 京の視界に映り込むマップ。
 2000強のマーカーが一斉に赤く光った。

「他国に攻め込む事のないこの国を攻め続けて、大切なものを守ろうと必死に頑張る人達を踏みにじろうとして、傷つけて。命を奪おうとした側が奪えなかったら、どうなると思っているのかな?覚悟、持って来たよね?」

 囁き続ける京の声が、その背中と同様にゆっくりと、低く沈み込んでいく。

 そして。
 






” 【跳ね燕】 ”








 逆袈裟に振り切られた燕から、一筋の漆黒の三日月が稲妻を纏いながらザンザムール軍の頭上を通過する。
 


 一が二。

 偃月えんげつ、偃月。



「どんなに泣いて傷ついたって」



 二が、四。

 偃月、偃月、偃月、偃月。
 


「大切なものを守る為なら」



 四が、八。

 偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月。
 


「叫んで、歯を食いしばって」



 八が、十六。

 偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月。
 

 
「何度だって立ち上がる、思いを紡ぐ」



 十と六が、弾ける。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 

 瞬く間に群れとなった半月の刃達が、京にマーキングされた全てのものに襲い掛かっていく。



「それが、命だ」



 弾け、弾ける。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。               
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。
 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。



「それが消える事無く世界に紡がれ続ける愛だ」


 視界を埋める三日月の暴虐が、始まった。





 万雷の轟音が鳴る。

 無数の偃月に触れた全ての者達の身体が、弾かれた様に高く高く舞い上がった。

 黒竜や魔物にも偃月が襲いかかり、留まる事なくその全身から爆発音が鳴り響く。

 ガ、アアアアアアアアアアアア!

 竜は首を振って嫌がる素振りで叫びを上げているが、間隔を置いて放たれる『跳ね兎』を喰らい続けては、どんどんと後方に押し出されていく。

 一瞬だけ耳に飛び込んできた、別の轟音に微笑む京。

「さ、まだまだ行きます。……、死ぬほど後悔させてあげますよ」

 


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