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【挿し絵あり】1 清川絵里という女の子

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(どうしても、パイに言葉が負けちゃう……)

 唇を尖らせて、ぴよんぴよん、と指で弾く。



 清川絵里きよかわえりは、平日の図書館で閲覧席の空き待ちをしていた。

 本棚の近くにある丸椅子に座り、膝の上に置いたノートPCでバイト先の試作品のアップルパイの画像を見つつ、むむむっ!と考えている。

 去年の事である。

 バイト先のカフェ、『プチ=フラン』でホールスタッフをしている絵里が新作のパスタのPOPを任され、その時の売れ行きが良かった為にオーナーの大橋おおはしに大層褒められた。

 そして今ではそのパスタがカフェの看板メニューになっているという経緯があり、『新しいメニューのPOP、またお願いしてもいいかな?』と新デザートである手作りアップルパイの宣伝を任される事になったのだ。





 去年の新メニューとして考案されたパスタは、たっぷりのクリームにほうれん草と厚切りのベーコンをふんだんに乗せ、大橋が考案した独自の配合の黒胡椒が更に食欲を掻き立てるような出来となった。
 
 味も彩りも申し分なく、量に合わせた細かい値段設定により、がっつり食べる派から味わいを重視する小食派までが楽しめるメニューと評判になり、瞬く間に看板メニューとなっていったのだ。

 自分が関わったとはいえ、絵里は自分の力だけで去年の新メニューだったパスタが看板メニューになったとは全く思っていない。





 宣伝を任されてからの絵里は、厨房に頼み込んでは試作のパスタを作ってもらい、他のホールスタッフにも声を掛けて何度か試食させてもらってはPOPやキャッチコピーを考えた。

 そして大橋に途中経過を報告する際はと言うと。


「香菜ちゃんのこの言葉、フラン愛が詰まってませんかっ?! さすが、ですよね!」
「達也さんが作ったお料理はホントに無敵ですよね! 試食させてもらった新メニューが美味しすぎてみんなでハマっちゃってます! ううう、体重があ……」
「みんなで頑張ってますので、期待しててくださいね! 私だって、食べてばっかりじゃないですから……あれ、食べてるだけ?」




 などと口に出しては周りを笑わせていた絵里だったが、大橋だけは予想通りの結果だった事に笑みを溢していた。

 大橋が絵里をバイトに採用してまだ数か月であったが、いつもニコニコと笑顔を浮かべては誰よりも一生懸命仕事をこなし、分け隔てなく人と接する絵里を中心に持ってくる事で、どんな相乗効果があるのかを見たかったのである。

 結果。

 スタッフ間のコミュニケーションが増しただけではなく、尊敬の目で自分達を見つめては、何かにつけて教えを請う絵里に良い所を見せようと頑張ったスタッフ達のレベルが上がった。

 そして口コミやSNSから広がった評判は、地元の人々のみならず、遠方からも客を呼び寄せていったのだった。





 そんな中、新たな集客の原動力となった絵里はと言えば。

 ニコニコふわふわと来店した客に笑いかけ、注文は『聞き逃しません!』という雰囲気で気合を入れては聞き終わってまた笑顔。





 料理を運んだ時も。

 水やドリンクのお替りの時も。

 皿やグラスを客が割ってしまった時も。

 満席で、修羅場のような雰囲気でも。

 泣き続ける赤ん坊や子供の前でも。

 お会計の時も。

 見送りの時も。

 零れそうなほどの優しい笑顔で。

 そして、時折はにかんで。





 悩んだり落ち込んだりする客も、絵里の笑顔を見て思わずつられて笑ってしまう。何故だか照れくさくなって、顔をそむけてしまう。そしてまたその笑顔を見たくなってしまう。それが清川絵里という女の子だった。







 もっとも、そんな絵里はといえば。

『プチ=フラン』の人気に自分自身が一役買っている事など全く気付かずに、自分のアルバイト先が評判のカフェとして賑わっている事を、嬉しげに家族や友達に話すばかり、という女の子なのであった。
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